第19話 頼み
「大丈夫か?」
「あ、ああ…」
亜人の男に肩を貸しながら、もう片方の手でヴァンから貰った物が詰まった袋を引きずり、何処へともなく道を歩んでいく。
まぁ、俺、宿の場所どころかこの町の地形すら碌に知らんしな。それに--
『何あれ?』『魔族なんか担いで…あの人どうしちゃってるのかしら?』『見ない顔だし新人さんなんじゃない?』『ああ、それであの魔族を捨ててくるよう言われたのね?』『可哀想に、魔族なんて触りたくもないでしょ普通』
--どのみち、行き場なんてなさそうだ。
この人、年は30後半から40半ば。体を見ても、とても戦う者の体ではない。
確かに筋肉はついてはいるが、部分的に集中した、重労働の末出来上がったそれだ。
そんな人をBランクの魔物なんて言う化け物の前に出したなら、普通死んで当たり前。いくら亜人は人間より丈夫と言っても、生きている方が奇跡なんだ。
一刻も早く、医者に診せないといけない。だから俺は、アテもなくとも、自然と診療所を探す。
「あ、アンタ…人間……なのか?」
「は?何言って…」
突如かけられたおかしな発言。そこで気がつく、この人の焦点が虚空を臨んでいる事に。
「…⁉︎まさか、アンタ……目が」
「は、はは…少し前にね、やらかしてしまったんだ…」
「何笑ってんだよ‼︎と、とにかく、早く医者に診てもらえ!」
「無駄だよ……この大陸で亜人を診てくれる医者なんか、よっぽどの物好きか変態くらいしかいんだろうさ…そしてそんな医者、この町にはいない」
「んなもん、行ってみねぇと分かんねぇだろうが!」
--しかし、現実は残酷なまでに非情だった--
『魔族なんぞ入れるんじゃねぇ!ここは診療所だぞ‼︎』『誰が魔族なんぞ‼︎いくら積まれたっけ助けてやるもんか‼︎』『出て行け疫病神が‼︎客が逃げるわ‼︎』
町にある全ての診療所を回ってコレだ。
なんだコレは?
「クソッたれがァッ‼︎」
思わず地面を殴り込む。
現在、俺達は町の外にいた。正確には町を囲う木壁の反対側、そこに男を寄りかからせ、俺は地面へ拳を突き入れている。
なんだコレ?ふざけてんのか⁉︎あぁ、確かに亜人は人間と戦争していたさ、恨むのも分かる、憎むのも分かる。
でも、だからってあんまりだろう‼︎
怪我人だぞ⁉︎なんの害もない‼︎なんの力もない、ただ1人の怪我人だ‼︎
確かに亜人は人間を殺しただろうさ!でも!人間だって亜人を殺してる‼︎それが戦争だろう‼︎
この人がお前等に何をした⁉︎お前等はこの人に何をしている⁉︎
なんでだ‼︎なんで……悪いのは、この人な訳じゃないのになんでッ‼︎
言っても誰の心にも響かない、それどころか哀れみの視線が俺に向けられる。『きっと誰かに強いられてこんな演技をしているのだろう』と『この人は頭の何処かがおかしくなってしまったんだろう』と…。
狂ってる…
狂ってる…
確かに俺は戦争の事をよく知りはしない。家族が死んでも、俺は奴等を何とも思っていなかったから平気だった。
家族や仲間、友を殺された者がやるなら分かるんだ。でも、
--中には魔族に殺され、家族を失っている物もおる。--
ドーランはこう言った。それはつまるところ、そうじゃないヤツも居るって事だ。なら、なんでそいつ等はこんな真似が出来る?
精々耳の形状と場所が違うだけで見た目は人間と同じなんだぞ⁉︎
なんで誰も助けようとしないんだッ‼︎なんで誰もこの姿を見て心動かされないんだ‼︎なんでせせら笑っていられる‼︎
クソッ‼︎
クソッ‼︎
「あ、あんた…い、いい人間だなぁ……」
「は?」
亜人の男からかけられた言葉は、意味が分からなかった。
「何言ってんだアンタ?ここまでされてんだぞ⁉︎俺は人間だ‼︎何かもっと他に言う言葉は無いのか⁉︎あるだろう⁉︎ムカつくだろう⁉︎ 恨めしいだろう⁉︎許せないだろう⁉︎」
そうだ。こんな理不尽な目にあって、人間を許せる筈が、ある訳がない‼︎絶対に怒っている筈だ、恨んでいる筈だ、呪っている筈なんだ。
詰れよ‼︎
俺がそう言う前に、男は口を開く。
「あ、りがとう…」
「な…」
「あ、ありがとう……生まれてこの方、人間にここまでよくして貰ったのは、は、初めてだ」
「何言って…」
「た、確かに人間は俺を足蹴にした…で、でも、それは他人であって、あ、アンタじゃ、ねぇ…。だ、だから、ありがとう。俺はそう、アンタ”個人”に、言ってるんだ」
それは、俺が町を巡って訴え掛けても、終ぞ聞くことの出来なかった言葉。亜人とか人間とかじゃない、”個人”を見た言葉だった。
なんでだよ…
ピンピンしてる大した恨みもない人間から出なかった言葉が、散々に扱われて、満身創痍になったアンタから出てくるんだよ…
「そうじゃないだろう⁉︎その傷口から菌が生えれば腕が腐るかもしれない‼︎放っておけば足が動かなくなるかも知れない‼︎最悪、死んじまうかも知れねぇんだぞ…なのになんで礼なんか…」
詰れよ!責めろよ!そんで楽になれよ!俺は何を言われても怒らない、反論しない、全部受け入れる。それだけの恩を、親しみを、俺は亜人から貰ったんだ。
だから--
「アンタ…本当にいい人だ」
男の口角が上がったのが良く見えた。
「名前、教えちゃくれねぇか?」
「……ブルー・アルトリオ」
「そうかい。その名前、俺ァ死んでも絶対に忘れんよ…ありがとうブルー」
そう言われて後悔する。この人の意思は固い、恐らく本気で忘れるつもりはないんだろう。俺を罵倒する気も。
こんなにも確固とした意思を持つ、尊敬に値する人に、俺は偽名を名乗ったんだ。
「コレぁなぁ…報いなんだ」
「報い?」
「あ、あぁ…あれは、何年前のことだったかな?と、とにかく俺は、ラシュフォンドの新兵だったんだ」
「アンタ、兵隊だったのか…」
「まあ、な……お、お前は、今いくつだ?」
「年か?16だよ」
「…思ったより若いな……俺は18の時王国軍に入ったんだが、その年は、衝突が激しくてな…新兵だった俺たちも駆り出された。知ってるとは思うが…亜人と人間じゃ、その膂力が、ハナっから違う。エルフでもなければ、殆どが人間よりも単純に力がある…当然、俺もそう…新兵とは言え、キツイ訓練を凌いできた。しかも送られた戦場は、勝利が確定している、規模の小さな物。千にも満たない兵同士でぶつかる小競り合い……数はこちらが上、負ける要素は何処にもなかった…」
多分…その頃だろう、人間側の勢力が落ち始めたのは。亜人がそこまでの兵を投入しているって事は、人間も同じかそれ以上の兵を用意していた筈だ。畳み掛けるつもりだったんだろうな。
んでもって失敗した。
現状を見れば分かる。長きに及ん戦争は、友好条約を結ぶ事によって終わりを迎えたが、その実態は人間の敗北に等しい。
でも、そんな事ここら辺のヤツは知らないんだろう。亜人が生きてるのに何故終戦したか、理解し難い様子だった。
もし、少しでもそれが分かっていたら、恐怖の上から取り繕った笑みでも、助けてくれたかも知れない。
でも、それすら叶わなかった…
「だけど…人間もそれを理解していたんだろうな。戦況が変わったのは、向こうの兵が100前後になった時だった…人間は、死兵と化したんだ。嘘の様な光景だったのを、今でも鮮明に覚えている…俺たちの間を、まるで石の隙間を通る水の様に駆け抜け、仲間を斬り、気がつけば指揮官が殺されていた…ワケが分からなかった。縦横無尽に暴れ回る人間、腹を突こうが、喉を斬ろうが、彼等は息絶えるまで戦った…そして最後に残ったのは、30前後の立つ人間と、10数人の重傷を負った亜人のみ…」
「……嘘だろ、そんな事が…」
「現に起こった。そして俺は捕虜になったんだ…それからは酷かったぜ?毎日、死なない程度にサンドバックにされて、奴隷の様にコキ使われ…今でもこんなもんだ…」
「それの、それのどこが報いだってんだ⁉︎」
「5人」
「え?」
「その戦場で…俺は5人、殺した」
その言葉を聞いた瞬間、全てを理解した。この人が何を思い、何故耐えて来たか。
「忘れられはしない。彼等も若かった…1人、彫りの深い顔の男を、喉を斬り、殺した…1人、背の低い男を、頭をかち割り殺した…1人、恐怖に歪んだ顔の男を、一突きで殺した…1人、甲冑で顔の隠れた大男を、脇の下から入れた剣で殺した……1人、死兵となった男を、目玉を突く事で殺した…」
「それで、負い目感じてるってか…」
「まぁ、そんなところだ」
でも…おかしいだろそんなの……アンタを散々に扱ったのは、ソイツ等の家族でもなんでもないじゃないか!
「でも…ちょっと違うな……俺はよぉ…人を殺すって事、単なる生き死にとは、思っちゃいねぇんだ…だってそうだろう?死んでいった奴には未来があった筈なんだ……アイツは学者になったかも知れない。アイツは聖人になれたかも知れない。アイツは、英雄になれたのかも知れない……俺は、殺したヤツの、そういった未来を、”可能性”を、根こそぎ奪ったんだ…だから俺は…この現状を甘んじて受け入れる。5人分の”可能性”、俺1人の人生で返済出来るなら、儲け物だ……そうは思わねぇか?」
「……」
言っている意味が分からなかった。
いや、分かってる。分かってるけど…分かってない…何となく、概要だけが伝わって来て、それをすんなりと受け入れてはいるが、どこかが全貌を拒否してる。
理解してるが、理解したくない。
分からなくはないが、認めたくはない。
だから俺は、何も答えられなかった。
フッと、男が鼻で笑った。なんだかそれが、妙に耳に残る。まるで心境を見透かされた様な、そんな気分になった。
「分かったよ…とにかく、俺は薬を買ってくる。応急処置くらいなら出来る筈だから、悪いけどここで待っててくれ」
バツの悪くなった俺は、咄嗟に話を変えてしまう。だけど、この人の為ってのは嘘じゃない。
町の外とは言え、町との距離は壁一枚。魔物もこんなところには出やしない筈だ。『一刻も早く薬を買ってきてやろう』そう思って踵を返した時だった。
「ま、待ってくれ!」
呼び止められる。
「どうした?どっか痛むのか?それとも欲しい薬でも…」
「ち、違う…アンタを信じて頼みがあるんだ……いや、違う。アンタを信じてるからこそ、頼みたい事があるんだ」
この人と知り合ったのはほんの数十分前だ。急に何を言い出したのか、よく分からなかったが、何か急を要するその表情に、俺は黙って話を聞く。
「ま、町の…南の方に、大きな館がある…元は貴族の屋敷だったらしいが、今は売りもんだ。その館の向こうに…何軒か廃屋がある……そこに、エインドの亜人の殆どが、集まっている」
「本当なのかそれ?」
「あ、あぁ…でも、アイツ等は俺みてぇな考えじゃねぇんだ。中には生まれた時から奴隷だった奴だっている…家族を殺された奴もいる…当然人間を恨んでんだよ…だ、だから、止めてやってくれ……アイツ等がバカな事する前に、止めてくれ。この終戦、ヴァリエンテ王の事だ、何か考えがあるに違いない…その考えはきっと人間も亜人もよくなる考えだ。アイツ等があのお方の邪魔しねぇように…どうか止めてやっちゃくれねぇか?頼む、一生の頼みだ!もう、お前しか頼れるやつぁいねえんだよブルー!どうか、どうか頼む!」
それは異様な光景だった。十分に育ちきり、これから衰えていくだろう歳の男が、まだ幼さを感じさせる少年に縋り付く。もし通行人でも居ようものなら、軽蔑の眼差しをくれられてもおかしくはない。
だけど、この人にとっちゃぁ、プライドもクソもないんたろう。
変わらない。この人はずっと、本気だ。
「分かった、必ず止める!」
断れる筈がなかった。この人は全てを捨てて、それを受け入れてここにいる。この人と接して、為人を見て、どうしてその願いを蹴れる?
何より、俺がそうしたいって思ってる。
だから俺はその願いを聞き入れた。安請け合いなんかじゃない、俺はやると言う気概を持ってだ。
「は、ははっ…アンタ、本当に良い人間だ…なぁ?もしかしてヴァリエンテ王の事とか、知ってたりするのか?」
「あぁ、よく知ってるぜ。ヴァリエンテ王は元気だ、レインネル妃との間にも子が出来た、名はディアナ、ディアナ姫だ」
「ディ…ディアナ姫。出来ることなら、一目この目で見たかったもんだなぁ…」
そうか、この人目が……
「見れるさきっと。霞んで見えねぇってんなら、俺が目の前まで連れて行ってやるよ」
「そりゃぁ、いいや…ありがとうブルー」
「もういいっての、その為にも早く傷治せ。今薬買ってくっかんな」
「あぁ、ありがとう。アンタみたいな人間に会えて、本当に良かった…ありがとうブルー。本当に、ありがとう」
「だからもういいって。大人しく待ってるんだぞ」
こんな風にお礼を言われた事がなかったからか、俺はどこか照れくさくなってその場を後にした。
薬は案外簡単に買えた。さっきあの人を連れ回したから二、三言いわれたものの、自分で使うと言い張れば、向こうにはソレが嘘だと証明する証拠がない。
余計な事はしない、急いで戻る。本気を出して走った、多分数分もかかってない筈だ。
現場に戻れば、なんの変化もなく男はそこに座っていた。ただ、何故か目を瞑って笑いながら上を向いている。
「何やってんだアンタ?」
少し距離があるところから声をかけても返事がない。
大分疲労してたからな、寝てるのか?
更に近付く。
顔色が青い。
大丈夫だろうか?
声をかける。
返事はない。
どうした?
触れる。
気付く。
冷たい--
「……え?」
風はない、気温も普通だ、なんでこの人体はこんなにも冷たい?いや、まだ温もりは残っている、だが、人の体温じゃぁない。相当弱ってるの、このままだと……
「お、おい?」
俺の耳は異常にいい。
「嘘……だろ?」
だけど、どれだけ集中しても、彼の呼吸も、鼓動も、聞こえはしなかった。その顔は笑っているのに。
死んでいる。
「……」
なんでそんな満足気な顔してんだよ?アンタ、自分がどんな死に方したのか分かってんのか?ああそうかい、だから『死んでも忘れねぇ』てか。だから『一生の頼み』ってか!
「ふざけんなよ‼︎俺はまだ、アンタの名前すら聞いちゃいねぇんだぞッ‼︎」
頭の中で様々なものが交差する。もう、情報量が多すぎて何が何だか自分でも分かりゃしない。
腹の下から沸々と湧き上がるこのドス黒い感情はなんだ?
頭の中から発せられるこの衝動はなんだ?
この人を蹴っていた冒険者の顔は、今でも鮮明に覚えている。
荷物の中から刀をひったくって町へと入る。
悲しみ?憎しみ?怒り?喜び?あぁそうか、コレが--
殺意か--
「待ってください」
煩い。誰だ?肩を掴むな。
「何処へ、行くつもりですか?」
誰だよ、何処だっていいだろ、お前には、関係ねぇ。
「いや…”何をするつもりですか?”と聞いた方が正解ですかね?」
何をするつもり?
--なんだ?
俺は、何をしようとしていた?
気がついた瞬間、ドロドロとしたドス黒い感情は散開して行く。そして、ふと、我に返る。
気がつけば町の中に居た。どの辺なのかは分からないが、ギルドに向かっていると言う事だけは分かる。
あの人は死んだ。覚えている。だから、俺は何をしようとしていた?
--あの冒険者を殺す。
途端自分が恐ろしくなった。体が竦む。なんで、俺は、そんな簡単に…
「ん?よく分かりませんが、どうやら落ち着いた様子ですね」
ああ、そうか、この人が止めてくれたのか。お礼を言わないと。
そう思って振り返った時。俺は固まった。
身長170後半、白を基調に黄のラインが入った服の上から、深緑の外套を被っており、鎧の臑当のみが足に装備されている。肩にかかりそうな程長い金髪をもった、緑の瞳の優男がそこにいた。
そして、その人から放たれる”圧”としか言いようのない物が尋常じゃなかった。魔獣の森でも、こんな物を浴びた事はない。
そりゃそうか、殺気を浴びせるしか脳のない魔物は先ずやらないだろうな。コレは牽制だ!気迫による警告!
ここまでされたら嫌でも分かる、この人は俺が町に来てから会ったどの人よりも強い。冷静さを欠いて町に突っ込んだ結果がコレか!クソッ!やらかした!
「私の名前はラギアン・ラギレス。一応、Aランク冒険者をやらせて貰っています。貴方は?」
目をつけられた‼︎




