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八度目の処刑日に、私は微笑む ~七回殺された記憶を全部抱えて、女子高生だった私は今日、断罪パーティーで殿下に「お返し」を差し上げます~  作者: 楠木 悠衣


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第1話:拝啓、八度目の卒業パーティーへようこそ

シャンデリアの光が、まぶたの裏でちらちら揺れていた。


ああ、また、この景色だ。


天井から吊るされた水晶の枝に、千の蝋燭が灯っている。広間に敷き詰められた大理石は乳白色で、ヒールが当たると小さくこつんと鳴る。窓の外には満月。バルコニーの方からは、夜風に乗って白薔薇の香り。「薔薇と銀月の誓約」 ――そのオープニングムービーで、わたしが何百回も見たのと、寸分たがわぬ夜だった。


胸元のコルセットがきつい。きついのは知っていた。八度目だから。


「――アデライド・フォン・ヴェルナール!」


ほら、来た。


声の主は、王太子セオドア・アルバート・グランフィールド殿下。プラチナブロンドに、海を凍らせたみたいな碧眼。ゲームの紹介ページにあった**「氷の貴公子」**という肩書きを、見た目だけは完璧に体現している王子様。 中身は、まあ、これから話すとして。


セオドア殿下は、わたしのすぐ正面に立っていた。さっきまでわたしと舞踏曲の途中だったのに、いつの間に位置を変えたのだろう。広間にいた百人を超える貴族たちが、ぴたりと話し声をやめている。 楽団の指揮者が困ったように指揮棒を下ろす。ヴァイオリンの最後の一音が、宙でふっと途切れた。


それから、殿下は、息を吸った。


「私はお前との婚約を、本日この場をもって、破棄する」


来た来た来た。


わたしは胸の内で、ぱちぱちと拍手をした。ちゃんと台本どおりだ。声のトーンも、間の取り方も、わずかに右の眉だけを上げる芝居がかった表情も、全部、八度目だから知っている。


殿下のうしろには、ピンク色の髪の少女がそっと身を寄せていた。ヒロインのリーゼル。 平民出身の編入生。優しくて、健気で、ヒーローたちに愛されるために生まれてきた、文字どおりの主人公。 彼女がわたしを見上げる目には、ちゃんと――怯えた小鹿の演技が浮かんでいる。


ふうん、と、わたしは思った。


四度目の人生で気づいた。あの目は演技だ。瞳のいちばん奥が、笑っている。


「お前がリーゼルにしてきた数々の蛮行は、すべて明らかになっている」 殿下の声が、わざと広間の隅まで届くように、よく通った。 「教科書を破り、ドレスにインクをこぼし、階段から突き落とそうとした。極めつけは――この夜会の最中に、毒入りのワインをリーゼルに差し向けた」


「まあ」


わたしは、首をかしげた。


「恐ろしいことを企む方が、いらっしゃるのですね」


ぴたり、と。 殿下の口の動きが、止まった。


これも、知っている。八度目で初めて見せた反応じゃない。三度目だったか、四度目だったか、わたしが「無実です」と泣いて訴えたとき、彼はもっと冷ややかな顔をした。「見苦しい」と。 でも今日のわたしは、泣いてもいないし、震えてもいない。だから、彼は戸惑っている。


戸惑った王子様、というのは、なんだか珍しい絵面だ。 わたしは、ちょっとだけ、楽しくなってきた。


――ねえ、詩織。


胸の奥で、誰かに呼ばれた気がした。 そう、わたしの名前は本当はアデライドじゃない。藤宮詩織。十七歳。あの日、期末考査の前日に、図書室の窓際の席で世界史の教科書を抱えてうたた寝した、ごく普通の高校二年生。


あれから、いったい何年経ったんだろう。


最初の人生でわたしは十六歳から十八歳まで二年間アデライドとして生き、卒業の夜に毒で殺された。 二度目は学園の階段から突き落とされ。 三度目は冤罪で絞首台。 四度目はテラスから「自殺に見せかけて」突き落とされ、 五度目は森の中で、 六度目はリーゼルの差し向けた暗殺者に、 七度目は――、


「……っ」


思い出した瞬間、喉の奥に、小さな苦みがよみがえった。


七度目は、毒だった。 婚約者として最後に出された、お茶。 震える手で、それでも「殿下のために」と微笑んで飲んだ、紅茶。 カップを置く前に、視界が傾いた。 床にこぼれた紅茶が、わたしの頬を濡らした最後の感触だった。


――ねえ、それで。 七回目までのわたしは、ずっと、ずっと、いい子だった。


抗わないようにした。ヒロインを助けてみたこともある。婚約者として尽くしたこともある。ヴェルナール家の権力を使わないように、おとなしくしていたこともある。 全部、だめだった。


殺すと決めている人間は、どんな顔をしている相手でも殺す。 七度目で、ようやく学んだ。


だから、わたしは。


「殿下」


睫毛を伏せて、わたしは静かに口を開いた。


「ひとつだけ、よろしいでしょうか」


ささやくような声だった。けれど不思議と、広間の隅まで届いた気がした。誰も、咳ひとつしていない。シャンデリアの蝋燭が、じじ、と、低く鳴った。


「次に話すのは――わたくしの番ですわよね?」


セオドア殿下の眉が、わずかに寄った。 リーゼルの肩が、ぴくりと跳ねた。 広間のどこかで、扇子を取り落とす音がした。


ねえ、殿下。 あなたはたぶん、覚えていないでしょう。


二年前のある夜、あなたが王宮の東棟、三階の踊り場で、宰相の三男・ベルナード卿に「例の件、進めておけ」と命じたこと。 そのとき足元に落ちていた、銀の薬包のこと。 そこに刻まれていた、隣国の紋章のこと。


リーゼル。 あなたも、たぶん、覚えていないでしょう。 わたしが六度目の人生の終わりに、あなたの寝室の枕の下から見つけた、あの「指示書」のこと。 誰の筆跡で書かれていたのかも、わたしは、ちゃんと知っている。


七度繰り返した人生で、わたしが集めた毒と証拠と証言は、全部、わたしのなかに残っている。


殺された記憶も、痛みも、屈辱も。 ぜんぶ、抱えたまま、ここに立っている。


「申し上げたいことが、いくつかございますの」


わたしは、ゆっくりと、扇を開いた。


そういえば、女子高生の頃のわたしは、教室の隅で本を読んでいるだけの、地味な生徒だった。クラスの中心になんていなかった。クラスメイトに「藤宮さん」と話しかけられても、うまく返せなかった。 そんなわたしが、いま、百人の貴族の視線を一身に浴びて、平気な顔をしていられるなんて。


人間って、案外、慣れるものなのだ。 七回も殺されたら、たいていのことには。


殿下の薄い唇が、何かを言いかけて、止まった。


わたしは、口の端を、ほんの少しだけ持ち上げた。 微笑むのは、簡単だった。 七回の人生のなかで、いちばん得意になった表情だ。


「では――はじめましょうか」


シャンデリアの光が、わたしの扇の縁で、きらりと跳ねた。


たぶん、世界はここから、わたしの知らない景色を見せはじめる。 八度目にして、はじめての景色を。


そして、殿下。 あなたが見るのも、はじめての景色になるはずです。 地獄、というやつを。

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