第3話「最初の犠牲者」
第3話「最初の犠牲者」
■蒼木 蒼 視点
「次に“真実”の名を語って母を殺した者──山本誠司、あなたよ」
PCの画面に映る顔を睨みつけながら、私は静かにそう呟いた。
母を貶めた記事の筆者。その署名が、何度も何度も、あの紙面に踊っていた。
“業界騒然”“独自スクープ”“証拠写真入手”
嘘ばかり。編集された音声、歪曲された資料、そして匿名の“証言者”。
あれがどれほど多くの社員の生活を破壊したか。どれほど母を追い詰めたか。
──だが、私の怒りはそこでは終わらない。
今度は、あなたの「家族」にも、報道の業を体感してもらう番よ。
「なんで今さら……もう終わったはずの話だろ……。なぜ、俺たちだけが責められる?」
山本誠司は自宅のダイニングで、顔をこわばらせていた。
傍らには妻の佳奈が座り、スマホを握りしめたまま固まっていた。
「誠司……これ、どういうこと?」
「何がだよ」
佳奈の手には、蒼木蒼の投稿が表示されていた。
《【報道記者の家庭事情】飲酒運転歴のある妻を持ちながら“正義”を語る男》
「私……大学のときのあれ、なんで知ってるの?あのときも警察で厳重注意されただけで、記事にもならなかったのに……」
「そんなの……こいつがどこから情報持ってきたか知らんけど……くそっ!」
山本は立ち上がり、スマホをテーブルに叩きつけた。
「俺が何したって言うんだよ!玲子の件だって、取材した上で書いた記事だっただろ!?何が冤罪だ、証拠はあった!会計書類のコピーも、銀行口座の記録も!」
「でも、あれって最終的に“疑いは否定できないが明確な不正はなかった”って……」
「それは後出しだろ!最初のインパクトがすべてだ!」
「……それってつまり、あんたは“事実よりもインパクトを優先した”って自白してるのと同じよ……」
佳奈の言葉に、山本は凍りついた。
■佐藤 俊 視点(ユーチューバーB)
「今回の編集、だいぶギリギリ攻めてるけど……大丈夫か?」
俺は蒼さんにそう尋ねた。
「プライバシーとか、肖像権とか、言ってくる奴いそうだけど……」
蒼さんは無言で編集画面を見つめていたが、やがて口を開いた。
「私たちは“報道”と同じことをしているだけ。公共性の名のもとに、家族ごと晒す。……あの人たちが、いつもやってきたことを逆にやってるだけよ」
「……復讐じゃなくて、模倣……?」
「模倣じゃない。“構造の転覆”。資本主義の中で、怒りが金になるなら、それを極限まで最適化する。それが私の義務」
画面には、山本佳奈の過去の運転記録を示す文書のスキャン、警察の厳重注意通知書、さらに当時の友人とされる人物の証言が並べられていた。
俺は息を呑んだ。
──蒼さん、本気で潰しにかかってる。
■山本 佳奈 視点
「……なんで私まで……」
佳奈は、自分の名前がトレンド入りしているのを見つめながら震えていた。
SNSには、過去の飲酒運転について憶測と誹謗中傷が殺到していた。
「#報道記者の妻が飲酒運転」
「#子供の安全を奪う家庭」
「#報道倫理ゼロ家族」
「翔太が……学校でなんて言われるか……」
隣のリビングでは、息子の翔太がスマホを握りしめたまま泣いていた。
「ママ……僕、もう学校行きたくない」
佳奈は必死に抱きしめたが、内心、すでに自分も破綻しかけていた。
これはただの炎上じゃない。明確な“破壊”だった。
■蒼木 蒼 視点
私は動画の投稿ボタンを押す直前、呟いた。
「公共性の名のもとに家族を壊したあなたに、同じ痛みを」
動画タイトル:《正義の記者の家庭内の“過去”とは?》
映像の冒頭、ナレーションが流れる。
「報道は正義か? それとも、利益のための見世物か?」
「これは、母を殺した“報道加害”に対する、最初の返答です」
映像の再生数は3時間で200万を突破。コメント欄は再び、憎悪と支持の渦と化す。
■山本 誠司 視点
「もういい加減にしてくれ!」
山本は週刊新報の編集部で怒鳴った。
「俺の家族まで晒す必要があるのか!?こいつ、完全に報道じゃねえ、私怨だろ!」
編集部長・井上祐一は渋い顔で言った。
「だが、事実を否定できないなら、“報道”とやってることは同じだ」
「ふざけるなよ……俺たちは記者だ。情報の裏を取って、公共性のあるものだけを報道してる」
「蒼木蒼も、そう主張してる。“あなたたちがやってきた手法を、正確にトレースしている”ってな」
「じゃあ何だよ!?今度は、俺の息子でも晒すってのか!?」
井上は沈黙した。
──その予感は、すぐに現実になる。
■SNSライブ配信 実況ログ
《記者A・山本誠司の家庭崩壊》
《妻の飲酒運転歴に続いて、今度は息子の通学先と顔写真がネット上に拡散》
コメント:
「家族も含めて責任とれよ」
「報道は家庭にも影響を与えるって、お前が一番分かってるはず」
「正義は報いを受ける」
「蒼木蒼、よくやった」
再生数:260万
広告収入:1800万円
■蒼木 蒼 視点
動画編集画面の右下、収益表示が更新された。
【広告収益:¥18,273,120】
私は無表情でモニターを見つめ、独り言のように呟いた。
「公共性は“破壊”にもある」
「それが……あなたたちの作った社会でしょう?」
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