第4話「自殺未遂と無慈悲な反応」
第4話「自殺未遂と無慈悲な反応」
■山本 佳奈 視点
「あれ……翔太……?」
日曜日の朝、いつものように寝室のドアを開けた私は、瞬間的に心臓を掴まれたような感覚に襲われた。
ベッドの上には、ぐったりと横たわる翔太。腕には包帯のようなものが乱雑に巻かれ、床には散乱した薬のシートと、水の入ったペットボトル。
「翔太っ!!」
私は絶叫した。駆け寄り、揺さぶる。
「翔太!翔太!お願い、目を開けて!!」
そのとき、私の頭の中をかすめたのは、昨夜彼がぽつりと呟いた言葉だった。
「ママって……人殺しの家族なの?」
あれはただの嘆きではなかったのかもしれない。
■山本 誠司 視点
「なんでこんなことに……!くそっ……!」
病院のベンチで、山本誠司は髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。
処置室のドアはまだ閉ざされたまま。医師は「命に別状はない」と言ったが、それだけでは到底安心できなかった。
「ただの報道だった……あのときは、まさかここまで……」
横にいた妻の佳奈が、静かに震えながら言った。
「……蒼木蒼、また投稿してる」
スマホを見せられ、彼は絶句した。
■蒼木 蒼 視点
《【速報】記者Aの息子、自殺未遂。まだ呼吸してるんですね。母は棺桶で静かです》
投稿には、白黒のサムネイル。
病院前と思われる建物の外観に、血のような赤文字でこう書かれていた。
「沈黙はまだ許さない」
「……ひどいな」
佐藤が呟く。
私はカメラを見据えたまま、平然と答える。
「どこが?」
「子どもだぞ。あいつは記者じゃない。罪もないじゃん……」
「“家族を巻き込まれる痛み”を知らなかった人たちに、それを教えているだけよ」
「でも、命がかかってる……」
「だったら、なぜ母の命は百万円だったの?」
静寂が訪れる。
私は少しだけ笑って、追加でこう言った。
「死が金になるなら、命もまた、計算対象に過ぎないわ」
■病院内 山本家
「この女……人間じゃない……!」
病室で、息子の顔を見つめながら誠司は呻いた。
意識は戻ったが、言葉はまだ出てこない。眼球だけが微かに動き、彼を見ている。
「ごめんな……全部、俺のせいだ……」
そのとき、佳奈が震える声で言った。
「誠司……あなた、言ったこと覚えてる?」
「……何を」
「“家族を守るためにも、記事は絶対に嘘じゃない”って……」
「……ああ……」
「でも、結果的に、あなたの報道は“誰かの命を奪った”んだよね?」
誠司は、答えられなかった。
■SNS実況ログ
《蒼木蒼、またも毒舌》
《自殺未遂の少年に「まだ呼吸してるんですね」》
《正義の名を借りた復讐は、ここまで堕ちたか?》
コメント欄:
「これはやりすぎ」
「でも報道ってそういうもんだろ?蒼木がやってるのも同じ」
「本当に“記者”が家族を壊したなら、今さら被害者面すんな」
■橘 美咲 視点(報道被害者の会)
「蒼さん、あれはちょっと……」
蒼と連絡を取った私は、言葉を選びながら話す。
「翔太くん、まだ十五歳よ。たとえ親が何をしたとしても、彼には何の責任もない」
「橘さん。私たちにその“例外”が適用されたことが、ありましたか?」
「……え?」
「私も母も、記者会見で“娘はどう思ってるのか”って問われた。父は今、病院のベッド。家族は例外じゃない。“報道された側”には、常に波及してくる」
「でも……でも!」
「怒りに境界線なんてないのよ。区切ろうとするあなたたちの方が、残酷」
私は言葉を切って、画面越しに言った。
「もう一度、問いましょう。“正義”とは何か。“報道”とは何か。“家族”とは、どこまで含まれるのか」
■佐藤 俊 視点
俺はもう、分からなくなっていた。
動画はバズる。金になる。蒼木蒼は数字を操作し、感情を冷静に利用している。
けど、それで得た収益の裏側には、確かに誰かの命や家庭があった。
「俺は何をやってるんだ……」
収益レポートを見ながら、呟く。
【広告収益:¥25,693,040】
「……魂、売ったか……」
■蒼木 蒼 視点
数字は、正直だ。
人間は、欺瞞に満ちている。だが数字だけは、嘘をつかない。
私は、動画の最後にこう書いた。
「母が殺された価格:100万円。あなたの苦しみ:2500万円」
そして、その下に一言。
「交換、成立ですね」
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