第39話、激戦の果て、解ける緊張。
その後も、スクリムは白熱を極めた。
全五試合におよぶ激闘。
結果は——1位、1位、2位、1位、1位。
圧倒的な成績で、俺たち『Team D』はスクリムの総合首位をかっさらった。
「ふぅ……皆さん、本当にお疲れ様でした。今日の練習はこれで終了にしましょう」
PCのファンが高速で回転する音の中、俺は椅子に深く背をもたれかけた。 時計の針は深夜23時を回っている。
「お疲れ様でしたーっ! あ〜、すっごく緊張したけど、楽しかった〜!」
「お疲れ様でしたわ。椎崎様のご指導のおかげで、わたくしも自身の成長を実感できました」
「……おつ。……疲れたけど、気持ちいい」
通話越しに聞こえる三人の声には、達成感と心地よい疲労感が混ざり合っていた。
「大会本番まであと数日ですが、この連携が維持できれば、優勝も決して夢ではありませんね」
俺が言うと、鈴香が嬉しそうに声を弾ませた。
「はいっ! 私、椎崎さんと一緒に一番高いところに行きたいです!」
「ええ、わたくしたちの力を世界に見せつけてやりましょう」
「……絶対、勝つ」
三人の強い意気込みに、俺の胸も熱くなる。
と、そこで鈴香が思い出したように「あ」と声を上げた。
「そういえばぁ〜! 試合前のパンケーキの話だけど!」
「……ん? パンケーキですか?」
俺が聞き返すと、遥も楽しそうに相槌を打った。
「ええ、最初の待機時間にお話ししていた件ですわね」
「うん! 今日のスクリムでめっちゃ頭使ったから、昨日のパンケーキのカロリー、絶対全部消費できちゃった気がするの!」
「ふふ、確かにそうですわね。あのような甘くて美味しいエネルギー補給があったからこそ、今夜の激戦を乗り切れたのかもしれませんわ」
「……ん。……パンケーキパワー。……凄まじい」
美桜のボソッとした言葉に、全員がクスリと笑った。
「はは、パンケーキ効果ですか。確かに、美味しいものを食べてリフレッシュするのは大事ですよね」
俺が笑いながら言うと、美桜が不意に、少しだけ甘えるような声音で呟いた。
「……椎崎。大会が終わったら……また、パンケーキの話、しようね。……ううん、いつか……椎崎とも、一緒に食べたいな」
「えっ!?」
鈴香が速攻で反応した。
「ちょっと美桜ちゃん! ずるいよ! 私だって椎崎さんとパンケーキ食べたいもん!」
「あらあら、お二人とも落ち着きなさ me……いえ、落ち着きなさい。椎崎様が困っていらっしゃいますわ。(……くっ、わたくしも椎崎様と二人きりでカフェデートなど……想像しただけでクラクラしてしまいますわ!)」
遥の素が出かけた言葉を強引に修正する声が響く。
俺はヘッドセットを握り締めながら、冷や汗を流していた。
(いやいやいや! トップVTuberの三大女神と俺がリアルでパンケーキ食べるなんて、ネット記事になったら炎上どころの騒ぎじゃないだろ!?)
「は、はは……機会があれば、ですね。ネット越しに『お疲れ様パンケーキ会』でも配信でやりましょうか」
俺は必死に大人の対応で交わした。
「むぅ〜! 椎崎さんのいじわる〜!」 「ふふ、焦らさなくてもよろしくてよ。では、今夜はこれでお暇いたしますわ」 「……ん。……おやすみ、椎崎さん」 「おやすみなさいっ! 椎崎さん、大好きですっ!」
「あ、はい。おやすみなさい、皆さん」
プツン。
Discordの通話が切断され、部屋に再び静寂が戻ってきた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ…………っ」
俺はマスクとサングラスを外し、デスクの上に放り投げた。
ドッと一気に押し寄せる疲労感。だが、その心地よさは半端ではない。
「……『大好きです』って、鈴香さん、営業トークだとしても破壊力高すぎるだろ……」
顔が熱くなるのを手で隠しながら、俺はベッドに倒れ込んだ。
神志名鈴香、神楽坂遥、雲雀川美桜。
画面の向こうの彼女たちは、本当に魅力的で、そして恐ろしいほどに強かった。
(でも……不思議だな)
天井を見つめながら、俺はぽつりと呟いた。
彼女たちと話していると、なぜか心が安らぐのだ。初対面の相手に対する緊張感ではなく、長年一緒にいる幼馴染と話しているような、温かい安心感。
その時だった。
『ドタドタドタッ!』
左側の壁から、勢いよく何かが倒れるような大きな音が聞こえてきた。
隣の家——七瀬の部屋だ。
「うわっ、びっくりした……七瀬のやつ、また部屋でコケたのか?」
続いて、右側の窓の外から、優雅だが少し慌てたような足音が聞こえ、向かいの家からは小さな「きゃっ」という悲鳴のような声が聞こえた気がした。
俺は苦笑して首を振る。
「あいつらも、夜遅くまで何やってんだか……。明日はまた学校だってのに」
壁一枚、窓一枚隔てたすぐ近くにいる幼馴染たち。
学校では「ツンデレ」で俺を振り回す七瀬。
「優等生」の仮面の下で重すぎる愛を向けてくる椎名。
「妹系」として甘えてくるヤンデレな美波。
そして、画面の向こうで俺をリーダーと仰ぎ、背中を預けてくれる三大VTuber。
まさか、その二つの存在が「同一人物」だとは、俺はまだ気づいていない。
そして彼女たちもまた、自分たちが恋焦がれ、尊敬する「椎崎」が、毎日一緒に過ごし、昨日パンケーキを奢ってくれた「目黒碧」だとは気づいていないのだ。
(まあいいか。今は……大会のことだけ考えよう)
俺は目を閉じ、ゆっくりと意識を沈めていった。
明日もまた、学校で騒がしい朝が始まる。
そして夜になれば、俺たちは再び仮面を被り、最強のチームとして戦場へ繰り出すのだ。
運命の歯車は、互いの秘密を抱えたまま、ゆっくりと、しかし確実に頂点へと向かって回り続けていた。




