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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
第三部

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10.異変

 ヴァフォルとの時間を過ごし、シャルベルはヴァフォルに屋敷へ戻るよう指示を出し、先にヴァフォルを帰らせた。

 若干不満そうだった相棒竜の懐きっぷりには肩を竦めつつもなんとか説得して屋敷へ帰し、ラウノアをベルテイッド伯爵邸へ送り届けるため馬車に乗る。


 陽が沈む頃、二人はベルテイッド伯爵邸に到着。屋敷の前で馬車を降りた二人は改めて向かい合う。


「今日は付き合ってくれてありがとう」


「わたしこそ。とても楽しかったです」


「それはよかった」


 ラウノアの帰宅に気づき、執事のガナフ、侍女のマイヤとイザナが外へ出てくる。マイヤはすぐにラウノアの手荷物に気づくとそっとそれを受け取った。


「ありがとう、マイヤ」


 そっと目礼を返し、再びラウノアの後ろに控える。アレクを含めたそんな四人を見て、シャルベルも四人がラウノアの側付きであるのだと察した。

 そんな面々から向けられる空気に悪意や敵意はない。少なくとも、よい方向で思ってもらえているらしい。


 そう判断し、視線をラウノアに戻した。


「また今度、誘ってもいいだろうか?」


「楽しみです。それまではお手紙を書いてもよろしいですか?」


「ああ。楽しみにしている」


 シャルベルが買ってくれた便箋の出番は早いだろう。そう思うと心が弾むラウノアは自然と笑みが浮かんだ。


「護衛の皆さま。本日はありがとうございました」


「いえ。お二人が楽しく過ごされたことがなによりです」


 騎士たちに感謝を伝え、ラウノアはシャルベルに礼をすると身を翻す。それを見送り、シャルベルも屋敷へ帰宅するため馬車に乗りこんだ。


 帰宅してすぐラウノアはベルテイッド伯爵夫妻にも帰宅を報告した。

 ラウノアの婚約がこのまま続くことを願うのは、ベルテイッド伯爵夫妻にとっても同じ。相手は公爵家の跡取り息子。嫁げば生活に困る心配はないし、なにより、シャルベルの実直な一面には好感が持てる。

 だからこそ、ラウノアが楽しかったと笑顔で帰ってきたことが夫妻にとっても嬉しい。


「お嬢様。お出かけはいかがでしたか?」


「とても楽しかったわ。あのね――……」


 自室へ戻ったラウノアは、外出着から着替えながら今日のことをマイヤとイザナに話した。

 市場へ行ったこと。演劇を見たこと。露店で食べ物を買って。シャルベルから文箱と便箋を贈られたこと。今日のことを楽しそうに話すラウノアに、マイヤとイザナも笑みを浮かべてラウノアの話を聞く。


 この数日どこか曇りがちだった表情が今日という一日ですっかり変わった。それは好ましくて、安堵できること。


「ヴァフォルはずっとわたしを気にしていたみたい。きっと、他の目がないところでならと、思い切り甘えてみようと思ったのね」


「大丈夫でしたか……? その……ギ―ヴァント公爵子息様には……?」


「大丈夫。シャルベル様は――……」


 言いかけて、言葉が切れた。

 そんなラウノアを少し不安げに見つめた二人だが、困ったように、悲し気に、瞳を揺らしたラウノアに口を閉ざした。

 そんな顔をする理由が何かあるのだ。大丈夫だと言い切る理由と同じように。


 ただ、それがラウノアにとって嬉しいものなのかは分からないけれど。


 だからマイヤは心得た様子で表情を笑みに変えた。


「ではお嬢様。これからはギ―ヴァント公爵子息様ともお手紙をされるのですね。ふふっ。お手紙相手が増えましたね」


「ふふっ。そうね。早速今日のお礼を書こうかな」


 机に向き合って大事そうに便箋を取り出すラウノアを見て、マイヤとイザナは笑みを浮かべた。






 ♦*♦*




 ラウノアとの外出から六日が経った。


 ラウノアからは早速外出に誘った礼と、楽しかったという手紙が送られてきた。見覚えのある便箋はラウノアが迷いながら選んでいたもので、自然と口許が綻んだ。

 買ったばかりの文箱にそれを収め、きちんと返事を出した。これからもこうして手紙をやりとりすれば、おそらく自分はすんなりとすぐに返事を書くことができないこともあるだろう。それに女性との手紙のやりとりなど初めてで、内容にはどうしても気を遣ってしまう。

 けれど、これもまた相手がラウノアだからだ。そう思うと嫌には思わず、少し楽しみにも感じてしまう。


 ――しかし、現実は楽しいことばかりではない。


「……五日目ですか」


「ああ」


 騎士団棟、騎士団長執務室。

 呼び出されたシャルベルとレリエラは、ロベルトの言葉に深刻な眼差しを見せた。目の前のロベルトもどうしたものかと悩みの息を吐く。


「他の竜たちも異変を感じているみたいです。古竜の舎の周りをうろうろしたりして……」


 息を吐きながら告げるレリエラの言葉にシャルベルも思い出す。


 この問題が最初に出たとき、自分も竜の区域にすぐに足を向けた。

 普段の竜たちは竜の広場でのんびりと過ごしているが、その日から少しずつ様相が変わっている。日が経つにつれだんだんと事態は悪くなるばかり。


「解決策はありそうか?」


「眠らせて竜医が診察しましたが異常はなし。実力行使で挑んでもこちらが負傷者を出すばかり。竜たちも声をかけているようですが、いつもなら聞き入れるそれさえ今は聞き入れる様子がありません」


「打つ手なし……か」


「となると、眠らせている間に無理やりにでも喉の奥に入れてみるとか?」


「眠らせるのも一苦労な上、詰まらせたら終わりだぞ」


 レリエラの力技にロベルトも注意喚起。

 古竜は現存最古の竜であり神獣だ。強引な手段は面倒な批判を買いかねない。


「竜医の見立てじゃ寿命ってわけじゃねえらしい。何か原因があるはずだと。他の竜使いとも協力して、早急にこの原因を洗い出してくれ」


「「分かりました」」


 騎士団長は当然、騎士たちの統率や指導、組織の長として忙しい。ウィンドル国の騎士団長はそこに竜の案件までのしかかる。


 ロベルトは竜使いではない。だが、団長として責任問題がある。もし、竜が事故や事件を起こす、巻き込まれる、などということがあれば当然追及される身だ。

 とくに竜は、ウィンドル国において天の使いとして扱われている。その竜に何事かがあれば、それが対処不足などということがあれば、進退に関わる問題だ。

 しかし相手は神獣。どんな手段でも打てるわけではない。


「竜は下僕じゃねえんだ。できる限りはしてやんねえと、おまえらも寝覚めが悪いだろ」


「結果次第では面倒にもなりますし……。あ。団長がやめさせられそうになったら私は猛抗議しますからね?」


「同様に」


「そりゃ頼もしいこった。んじゃ、しっかり結果を出してくれ。俺は竜のことはさっぱりだからな」


 笑顔のレリエラと表情を変えないシャルベル。そんな二人を見てロベルトは喉を震わせた。


 騎士団長室を退室したシャルベルとレリエラはその足で竜の区域へ向かう。門をくぐり、広場の中を進み、古竜の竜舎へ向かう。

 そこにはすでに数人の竜使いがおりあれこれと対策を練っている様子が見えた。しかし誰一人として舎内には入っておらず、開いてある大扉から中を覗いている。


「あ。副団長!」


 二人に気づいた竜使いが声を上げたことで全員の視線が向く。その視線を受けながらシャルベルとレリエラは大扉に近づき、舎内を覗いた。


 檻で区切られた竜の空間。そこに身を伏せる黒い鱗の大きな竜。

 瞼は閉じられ、その体はゆっくりと上下している。今は舎外に関心を向けていないが、一歩でも舎に入れば威嚇してくるだろう。大扉はいわば境界線だ。竜使いはその外から様子をうかがうしかなく、現在異変があるようには見えない。


 しかし、古竜の舎の外には数頭の竜がいる。時に鳴いて、時に中を覗いて。

 様子をうかがっている同族にも古竜は視線を向けることはない。


 そして、古竜の傍に置かれている餌箱は一切手がつけられていない。


「変わりなしか?」


 先に中を見ていた竜使いたちにシャルベルが問えば、一同は視線を下げ「はい」と力なく頷いた。

 その答えにシャルベルは改めて古竜へ視線を戻す。


 古竜が餌を食べなくなって五日が経つ。

 当初は調子を崩したのかと思われ竜医に診察させた。しかし異常は見られず、食欲がない以外の変化は見られていない。竜の広場にはいつものように出てきて寝転んだり、昼寝をしたり、他の竜の様子を見たり。


 ただ、餌を食べない。

 水は飲んでおりすぐに命が危ないという危険はないが、それでも食べ物を口にしない状態が続くのはよくはない。

 あれこれと手を打ったが、どれもこれも効果がない。


「水は飲んでくれるってことは、命を絶つようなつもりはないってことかしら……。どういう意味があると思う?」


「古竜がこうした訴えを向けてきた前例がない。ヴァフォルならもっと分かりやすくて助かるんだが……」


「そうねえ……。私の子も気に入らないことがあれば教えてくれるし……」


 優れた竜使いである二人の会話に、他の竜使いたちも「俺のほうもなあ……」「こっちも……」と自分の相棒を思い浮かべる。

 が、乗り手には嫌を嫌だとはっきり示す竜たちとは違い、古竜は分かりにくい。


「古竜も乗り手がいれば分かりやすくなってくれるのかなあ」


 何気なく竜使いがこぼした言葉にシャルベルは殴られたような衝撃を受けた。


(乗り手……。五日より前にあった出来事……。古竜の訴え……)


 古竜が餌を食べなくなったその日はラウノアと町へ出かけた翌日で、だから出勤はヴァフォルに乗ってきた。そういえば、竜の区域へ直接降り立ったとき、自分を下ろしたヴァフォルは少し軽い足取りでどこかへ向かっていた。思い出せ。あのとき、ヴァフォルの向かう先にいたのは――……。


 頭の中に浮かんだ可能性がだんだんと高まっていく。

 まさか……。だがそうならば、あの行動をとったほどの古竜の訴えに推測がつく。しかしこれは――……。


(この事態を解決させられるのは――……)


 そんなことをすれば、望まぬそれを証明するようなもの。騎士団でもそれが周知され、そうなれば貴族社会でも。

 そんなことを彼女はきっと望まない。


(どうにかしてこの事態を収めなくては)


 そうだ。まだそうだと決まったわけではない。他の原因があるはずだ。

 だから、それを探せ。


 どうしてか逸る心臓を宥めつつ、シャルベルは他の竜使いたちと会議を始めた。






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