16.忠告
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シャルベルに飾り紐を作ろうと決めたとき、ラウノアはとくに何かを考えることはなく行動を決めた。雨の中来てくれた感謝を伝えようと思って。
今後は分からない婚約関係だが、それでも、小さな一歩を踏み出せるように。頭の中にはシャルベルが浮かんで、皆の想いを改めて感じながら作っていた。
だが、その行動はどうやら、家族とは異なる存在への意識が現れた決定的な行動だったらしい。
「失敗」
「……はい」
これで何度目になるだろうか。何度目になってもショックは隠せない。
隣に座る友が容赦なく放った言葉に項垂れると、友は小さく笑って肩を竦めた。
今日も今日とて、隣の友の綺麗な髪を太陽が照らしている。その下にある野生的で精悍な容貌は、自分を見て口角を上げている。シャルベルも整った顔立ちをしているが、隣の友も引けを取らない。違うのは、シャルベルに冷たさを感じ、友には不敵で悠然な印象を受けること。
付き合いの長い友は、ラウノアにとって側付きたちと同じくらい頼りになる人物だ。
「ラウノア。失敗の要因は解るな?」
「はい。なので、なるべく無心で作っているのですが……」
「おい、それ想いを込めることに意味があるんだろうが」
やりたいことと結果が釣り合わない。すでに痛感していることだが、ばさりと無意味だと言われてしまうと返す言葉もない。
再び項垂れるラウノアに、友は胡坐をかいた上に頬杖をついた。
「ま、調整は俺がしてやるから、ひとまずは思うままに作ってみろ。時間もないだろう」
「分かりました。……お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「おまえが俺の手を煩わせてくれなきゃ、俺はすることがないな」
そう言って喉を震わせる友に、ラウノアは少し頬を緩めた。
友はいつも自由だ。自由だが、自由ではない。
本人はさして気にした様子もなく、こうしたお喋りや、時には散歩、川遊びまで楽しんでいる。それを一緒にするのはラウノアだ。
「それが終わったら自分で調整する方法を教えてやる。それなら今後にも活かせるだろ」
「はい。ありがとうございます」
それならば、自分はまず、作ることに集中しよう。そう決めつつも、胸の内にある想いを隣の友へこぼす。
「自分でも驚いているのです。伯父様たちへ作った物は問題もなかったので、シャルベル様への物でも同様だとばかり……」
「いい傾向だ。それだけ、おまえにとってその婚約者は他とは違うってことだ。これからどうなるかはおまえたち次第だろうがな」
「これからなど……わたしにも分かりません。この婚約を続けるかを探っている途中ですから」
「今はそれでいいだろ。いつか来る。それまでじっくり考えろ」
「はい」
シャルベルに向ける想いは確かに、引き取ってくれたベルテイッド伯爵をはじめとするベルテイッド伯爵家の人たちとは違う。
しかし、ではどういうものなのか、と問われても答えは出てこない。
ラウノアには選択権があり。シャルベルとの婚約を断ろうとした理由がある。
それらを承知で受けた婚約を、果たしてどこまで続けることができるのか。どこかで危機意識が働いたら――。ボロが出たら――。
そう考えるからこそ、容易に選択ができない。まだ分からない。
シャルベルをどう想っているかなど、まだ分からない。
今はまだ――知りたくて。知られたくない。
自分のことで精一杯で、シャルベルのことを考えることができない。
そっと瞼を伏せるラウノアの隣で友は草原の上に寝ころび、頭の後ろで手を組んだ。
短い草を撫でる風が友も一緒に撫でていく。銀色の髪が、すぐ傍にある同じ色の塊が、さらりと揺れる。
僅かな沈黙の後、風を感じていた友が瞼を落としたまま静かに口を開いた。
「婚約者のことも結構だが。――ラウノア。おまえ、古竜のことも気にしてるんだろう?」
「! ……はい。少し」
「だろうと思った。騎士を傷つけたらしいな。――まあ心配するな。国は竜を神獣として扱ってる。無下には扱えない」
建国時、竜は天の使いとして現れ、建国の祖たちとともに国を造った。故に、国としても竜を無下に扱うことはできない。
同時に、竜や竜使いは国にとっても重要な戦力。ただでさえ数が少ない竜を減らすことは、国も二の足を踏む。
「それに、古竜が容易に動かないのは周知の事実だ。いまさら、だろ」
「それは――」
「ラウノア」
遮る声は決して強くはない。けれど、口を噤ませるその音に、ラウノアは口を閉ざして視線を向けた。
「古竜には近づくな。他の竜のようにはいかない。目を合わせるな姿を見せるな。いいな?」
「はい」
これは忠告だ。ラウノアのためのもの。
だからこそ、ラウノアは同じ想いで頷いた。その頷きを見て友は口角を上げる。
「んじゃ、ハンカチ頑張れ」
「はい……」
♦*♦*
建国祭。ウィンドル国建国の記念日に行われる祭り。
王都や各地の町村でその催しは異なるが、建国の祖であり王家の祖先である英雄王ハーウェンを祀る神殿に拝礼し、その功績とこれからの繁栄を願い、一日が活気づく。
今年の建国祭は、百年周期で訪れる節目の記念日だ。故に、国を挙げて盛大な祭りが催される。朝から晩まで王都は光が灯り、眠らない一日となる。
王都は各地から訪れる人々で賑わい、露店や商業街が繁忙となるがその日を厭う者はいない。町の全体が色とりどりに飾られ、花が飾られる。朝の早くから王都にある大神殿には拝礼者が訪れ、その列は長く夜まで絶えることがない。
平民でも熱が生まれるこの日は、貴族でも同様だ。
どんちゃん騒ぎとはならないが、王城で行われる式典に出席し、夜には王城で夜会が開かれる。
この忙しさに国で最も疲労を味わうことになるのは、王族だろう。
朝の拝礼、建国祭開催の宣言、国家発展に寄与した人々への褒賞や勲章の授章式、式典の観覧、などなど。一日中多忙となる。最後の夜会で疲労など見せられない大変な立場だ。
そんな特別な一日を迎え、ラウノアも朝から忙しくしていた。
朝一番の予定は、国王の建国祭開催宣言。それを聞くために王城まで出向く。
王城の前には宣言を聞くため、許される位置まで詰めかけた平民が大勢いる。貴族たちは宣言をする国王を平民とはまた違う場所から見つめる。
ベルテイッド伯爵家の中に交ざり、ラウノアはなるべく下がった位置で王族を見つめた。
民の前に立つ、マクライ王。アリエッタ王妃。ライネル第二王子、グレイシア第一王女。
民を前に、貴族を前に。それぞれを導くその姿に揺るぎはない。堂々たる存在感が一層、英雄王のようにその存在を鮮烈に見せる。
「今日という日を迎えることができ。嬉しく思う。ハーウェン王がこの地一帯を平定し興したこのウィンドル国。節目となる建国の日を迎えられたこと、祖に感謝し、今後ますますの発展と平穏に、私も歴代王のように全身全霊をもって尽くそう! 皆もともに、未来へゆこう!」
わっと、民から歓声が上がる。貴族たちも惜しみない拍手を国王に、王族に贈る。
ラウノアもそれに倣い、拍手を贈った。
大神殿への拝礼。王城での授章式。それらにベルテイッド伯爵家の面々とともに参加したラウノアは、昼時になってやっとほっと息を吐くことができた。
そんなラウノアに寄りそうベルテイッド伯爵夫人は、心配そうにラウノアを見た。
「ラウノア。疲れたでしょう」
「……少し」
「午後の式典には時間があるから休みましょう。お昼はどうしましょう? 城で用意してくださっているものを頂く?」
「……いえ。まだ食欲はありませんので、今はご遠慮いたします」
控えめにそっと告げると、伯爵夫人も心配そうながらも頷いた。
そんな娘にはベルテイッド伯爵も無理もないと眉を下げ、クラウは周囲を一瞥して隠すことなくばさりと告げた。
「疲れて当然だ。婚約発表以降初めての大規模な催しだからな。周囲の視線がまとわりついてきて嫌になるな」
「申し訳ありません……」
「おまえのせいじゃない」
ラウノアが注目を集めれば、必然、ベルテイッド伯爵も同じように視線を向けられる。つまり、ラウノアとシャルベルの婚約に関する噂の一説、ベルテイッド伯爵側がギ―ヴァント公爵側に頼み込んだのではと見られることがあるからだ。
建国祭が始まる前、自分たちが向けられる視線をベルテイッド伯爵家も覚悟していた。ラウノアも、迷惑をかけると胸を痛めていた。
しかし、現在向けられる視線にその類のものはない。別のものに変化させられているのである。
なぜならば、ベルテイッド伯爵側がギ―ヴァント公爵側に頼み込んだ説は、建国祭開始早々に消されたからだ。
時を遡り、それは建国祭が始まって早々のこと。
『ベルテイッド伯爵。久しぶりだな』
『これは、ギ―ヴァント公爵閣下。こちらからご挨拶に伺わねばならぬところを――』
『いやいや結構。私もついつい、息子が選んだ、私の義娘になるかもしれない方のご家族への挨拶となると。はっはっ』
『ラウノアさん。先日ぶりね』
そう言って軽やかに笑ったギ―ヴァント公爵と満面の笑顔でラウノアに挨拶をした公爵夫人に、周囲の視線が一瞬で両家に向いたのは当然の流れであった。
公爵の動きと言葉のおかげで、ベルテイッド伯爵家側への非難や嘲笑めいた視線は消え失せた。が……。
『公爵のご子息がご自分で選んだそうだぞ』
『まあまあ、一度もお相手の影も見えなかったあの方が?』
『ではどの話が本当なのかしら?』
『私、母同士が友人なので、ラウノア様とは以前屋敷でお茶をしましたが、とても悪女だなんて言われる方ではありませんわ。私はシャルベル様の噂を推しますわ! だってとっても素敵ではありませんの!』
『きゃあ! 私もそう思っていましたの!』
こそこそ聞こえた会話にラウノアは内心で困り果てた。
ギ―ヴァント公爵の言葉は、ベルテイッド伯爵家のためでもある。これは非常にありがたい。……ありがたい、が、素直に喜べない。
(ギ―ヴァント公爵様はわたしが解消という選択を取らないことを願っていらっしゃる。というのは解るのだけれど、シャルベル様一目惚れ説が……)
とうの本人が知ればどう思うだろうか。今夜の夜会ではエスコートを受けることになっているし、ダンスを踊ることにもなるだろう。
……なぜだろう。無性に欠席したくなってきた。
(これは……目立ちすぎてしまうわ)
自分が避けたい状況ができあがっていく。ギ―ヴァント公爵に悪気はない。悪くもない。親心というものであり、公爵家の当主として当然の行動だ。
だが、シャルベルを通して、目立たずにいたい意思を伝えるべきだろうか……。
建国祭開始早々、ラウノアは思わぬ事態に真剣に考えることになった。




