3.庭と竜舎
「ラウノア嬢。母がすまない」
「いえ。控えていただいておりましたし、喜んでいただけたなら、わたしも嬉しいです」
ギ―ヴァント公爵夫人が提案し、シャルベルが贈る品が決まった。
それを終えたラウノアとシャルベルは屋敷の廊下を歩いている。
装身具を決めている最中、夫人同士があっという間に意気投合。公爵夫人からはあれもこれもとテーブルにいっぱいの品を出され困惑するラウノアの隣で、シャルベルがきっぱりと母を止めた。
シャルベルに止められた公爵夫人が身を小さく申し訳なさそうにしていたのが少々気がかりだが、ラウノアはほっとしながら品を選ぶことができた。傍ではシャルベルが何やらメイドたちに言われているようであったが、シャルベルは終始不機嫌そうに眉根を寄せていた。
メイドたちはどうやらシャルベルに意見を出すように求めているように思えたので、ラウノアも隣のシャルベルにさりげなく聞いてみたりもした。
『似合うと思うが……』
が、大半の答えだった。
結果、ラウノアは自分で品を決めた。決めた瞬間、公爵夫人は項垂れメイド一同ががばりとシャルベルを見たが、一層にシャルベルの眉間の皺が深くなっただけであった。
そうして選び終えたあと、
『せっかくだもの。二人で庭を散策してきてはどうかしら?』
と、ベルテイッド伯爵夫人に勧められ、シャルベルの案内で庭へ向け歩いている。夫人同士は夫たちが居る応接室に戻るらしい。
提案した伯爵夫人の隣で公爵夫人も何度も頷いていたので、ラウノアも公爵夫人の胸の内が読めた。だからまた、少し困ってしまった。
歩くラウノアの隣で、シャルベルは背後からちらちらと感じる視線を気にしないよう努めながら、隣へ意識を向けた。
「母は、俺が長く婚約者を探さなかったから、少し、すぎるところがあるんだ。迷惑だろうが、大目に見てほしい」
「迷惑など、とんでもありません。喜んでいただけるというのは、嬉しいことです」
「そうか」
ベルテイッド伯爵家でもそうだった。少し前を思い出してラウノアは頬を緩めた。
生家から伯父一家に引き取られることになり、引き取られた直後から優しい伯爵夫人はとくに装身具やドレスとなると気合が入り、侍女と一緒になってあれこれと迷って選んでくれる。
迷惑になど、思ったことは一度もない。産みの母とは過ごせなかったそういう時間は、今の母が与えてくれる家族の時間だ。そして、そういう時間を、伯父も従兄弟も祖父も惜しみなく与えてくれる。
少し会話が途切れてしまってもラウノアは気にしない。けれど、シャルベルは後ろからの視線が気になって仕方がない。
普段はこんなことはしない者たちだ。事前準備といい、気合が入りすぎている気がして仕方ない。加えて、ラウノアが装身具を選ぶために応接室を出てからずっと、ラウノアの護衛官が距離を開けてついてくるのも居心地が悪い。
「……ラウノア嬢」
「はい」
「後ろの護衛官は、生家からずっとともに?」
ラウノアにちらりと視線を向ければ、ラウノアもまた、こそりと後ろを見た。
距離をあけてアレクがついてきている。シャルベルが隣にいるので、いつもならすぐ後ろである距離は今日は離れている。
(そういえば、ガナフがアレクに何か言っていたけれど、こういうことだったのかしら……)
誰がいようともアレクはその役目を、まあ大丈夫か、の判断では離れない。ラウノアが部屋にいれば扉の前で、外出すればすぐ傍で、その役目に徹する。唯一離れるのは社交の場だけ。
婚約者が傍にいようともそれは変わらないらしい。けれど、普段よりも距離を開けているのは、優秀な執事のおかげだろう。
「はい。彼はアレクといい、生家からずっと私の護衛を務めてくれています」
「……そうか。そういう者は他にも?」
「はい。執事が一人と、侍女が二人おります」
「それは……忠に厚い者たちだな」
養子として家を出る令嬢に同行した使用人。ただの同情でそこまではできないだろう。
そう思うと、ラウノアへの忠を感じ、シャルベルは背後へ一瞥を向けた。
(……にしては、強力すぎる護衛のようだが)
護衛騎士と言われまず頭に浮かぶのは、王族の身辺を守る近衛隊の騎士だ。
彼らも身を賭して王族を守る気高い剣であり盾である。周囲に意識を向け危険から守る彼らは、しかし、護衛対象が緊張しないように適度な親しみや柔らかさも持っている。
しかし、後ろのアレクからはそれは感じられない。どちらかというと、戦場を走る騎士のような鋭さと、心動かされない静かさ。それが感じられる。
シャルベルとて騎士団の副団長を務める腕の持ち主だ。アレクの空気に気圧されることも恐れることもない。
しかし……と隣のラウノアを見たとき、庭への扉に着き、シャルベルは思考を振り払って扉を開けた。
扉を開けたシャルベルに礼を告げ、ラウノアは庭へ降りる。
公爵邸の庭は広大だ。しかし、どれだけ離れていても手入れが行き届いているのが分かる。
石畳と芝生。背を越えるほどの花の壁。腰元までの高さで揃えられたの樹の通路。主張が激しくならないよう花の色と緑の葉を均等にさせたあちこちの季節の花。遠くに見える樹でさえ、光が零れるように整えられている。
目の前の美しい庭に、思わず感嘆の吐息がこぼれた。
「素晴らしいお庭ですね……」
「そう言ってもらえてなによりだ。俺はあまり庭や花を愛でる習慣は――」
「……ギ―ヴァント公爵子息様?」
「……いや。なんでもない」
アレクの後ろから刺さってくる視線が、急に「余計!」と訴えてきたように感じたのはなぜだろうか。
思わず口を閉ざしたシャルベルを怪訝と見るラウノアだが、渋面顔のシャルベルにそれ以上を問わないことにした。
とにかく、これ以上屋敷内にいれば視線が何を言ってくるか……。危機感と疲弊を感じながら、シャルベルは一歩前へ出た。
「ラウノア嬢。案内しよう」
「ありがとうございます」
その誘いを受けたラウノアは、足を踏み出す前にアレクを振り向き、呼んだ。
「アレク。ここでいいわ。待ってて」
シャルベルをちらりと見やり、ラウノアを見て、アレクは少々不服そうな様子を見せながらも頷いた。
そんなアレクを見てから、ラウノアは庭へ足を踏み出す。
心地よい風が吹き抜ける。陽射しのぬくもりが緑を包み、蝶や鳥も居心地よさそうに寛いでいる。それを見つめながら、ラウノアは庭を鑑賞する。
静かな時間にシャルベルもさして喋らず、ラウノアの傍で足を進めるだけ。
自然と流れる空気が沈黙など気にさせず、ラウノアは風に揺れる髪をそっと押さえた。
庭を散策する中、ラウノアはふと足を止めた。
「ギ―ヴァント公爵子息様。あれは、ヴァフォルの舎ですか?」
「ああ。そうだ」
庭の向こうに竜舎がある。舎の入り口でもある大扉は開かれており、舎の外観は本館のような威風はなくとも公爵邸にある建物としては十分なものだ。人が暮らす建物のような窓はなく、屋根の下に開閉できる窓がある。竜に合わせて造られているそれは、窓も扉も開閉作業が大変そうだ。
ラウノアの視線の先を確認していたシャルベルは、ラウノアたちが訪れたときのことを思い出しつつ、その視線をラウノアに戻した。
「……見てみるか? 以前もそうだったが、ヴァフォルもラウノア嬢をやけに気にしていたようだ」
問われたラウノアは僅かに視線を伏せた。握り合わせた両の手を、少しだけ強く握る。
(竜には、近づかない。……だけど、ヴァフォルの言動をシャルベル様はすでにご存知のはず。このまま離れ続けるのはきっと、難しい)
これから公爵邸に顔を出す日は幾度とあるだろう。その度にシャルベルがヴァフォルを連れ帰ってきていたら同じことの繰り返しになるかもしれない。それは勘弁したいものだ。
しかし、近づくことは、避けなければならない。
(やっぱり、竜使いは……)
そう思い、それでも喜んでくれた友の顔が浮かんで、考えを振り払う。
(近づくなとは言われたけれど、気にするだけだろうとも言っていただけた。それなら、今近づいておけば、もう同じことにはならないかもしれない。……逆も、あるかもしれないけれど)
思考するラウノアの傍でシャルベルも同じように思案していた様子から、ラウノアへ視線を向けた。
「……ラウノア嬢は、竜に懐かれるのかもしれない」
「懐く、ですか……?」
「ああ。竜は孤高で、人に懐かないことばかりだが、稀に、懐く仕草を見せる竜もいる。……本当に稀だが」
シャルベルが溢した言葉には驚きを感じて、ラウノアは視線を向けた。言いながら、自分でも信じがたいというようにその青い瞳はラウノアを見返す。
二人の視線が合わさり、ラウノアは驚きつつも問い返した。
「そういう方が、いらっしゃるのですか……?」
「俺が知る限り、現在の騎士団に一人、いる。そいつの竜は乗り手と認めたその騎士には、他の竜に見ないような、懐く仕草を見せている。二度も自分から動いたヴァフォルの様子を見ると、どうにも、そうなんじゃないかと思えた」
「ですが、わたしは騎士では……」
「騎士が、竜に接する機会が多いというだけで、仕事上の関わりだ。竜舎には殿下方もよくいらっしゃるし、騎士団内での試合などでは王宮で侍女を務める令嬢方も来ることがある。竜がどういう基準で乗り手を選ぶのかすら分かっていないのだから、令嬢に懐くこともあるかもしれない。それもまた、竜の気ままだ」
騎士にならなければ竜と多く関わることはない。騎士団にある竜舎に行かなければ竜を見ることもない。だから、令嬢に懐く竜など、見たことも聞いたこともない。
それが多くの騎士の認識で、人々の認識だ。
そこを容易く、例外もあると言ってのけるシャルベルに驚かされ、シャルベルは舎へ一歩、踏み出した。
「ラウノア嬢さえよければ、会ってやってほしい」
「で、すが……その……仮にそうだとして、それでは竜使いになりたくてもなれない騎士の方々になんと……」
「これはただの俺の推測だ。ラウノア嬢が竜舎にでも行かない限り、そうかどうか証明などできない。……気になるなら、この推測は俺の胸の内に留めておく。会いたくないなら、無理強いはしない」
そう言って、シャルベルは進めた足を戻した。
そんな行動にラウノアは僅か目を瞠り、視線を下げた。
(優しい人……)
以前も彼はそうだった。
言葉に惑わされることなく、自分の目と耳で確かめにきた。気遣ってくれて、決して強制はしない。視野が広く、囚われることもない。
その為人を好ましく、嬉しく思う。
だから、近づいてしまいそうで、少し怖くなる。




