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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
番外編6

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後日談 グレイシアの婚約者 その1

 社交期が始まった。貴族の邸宅では社交会が開かれ、王宮の庭でもガーデンパーティーや茶会が開かれる。

 同じ年頃の令嬢たちとの会話を楽しんで、時には情報を仕入れて目を光らせつつ楽しむ。


 社交期が始まると、貴族家同士の婚約話や婚姻話も聞こえてくる。自分と同じ歳の貴族令嬢はすでに婚約している者が多いと、グレイシアは内心で息を吐いた。なんなら婚姻話も聞こえてくる。


 現王家の子は兄であるライネルと自分だけ。父王陛下に兄弟はおらず、余計な揉め事は起こりにくい反面、ライネルにかかる期待は大きい。

 王家は呪われていると、いつかの歴史の中で誰かが囁いた。まるでそうあるかのように王家は薄氷の上でなんとか血を繋いでいる。


(兄様にもしもがあったら、そのときは私にお鉢が回ってくるのよね……)


 ライネル自身がそうして今の立場にいる。


 そうなると歴史上初の女王か、それとも伴侶が仮の玉座に座り、なす子までの繋ぎとなるか。どのみち混乱となるだろう。

 これまで考えなかったわけではない。ライネルはすでに立派に成長している。心配はない。


(私も王家の一員として、兄様を支える役目がある)


 それは婚姻という形になるだろう。求められるのは政治的なもので、決して、自分の望みではない。

 そんなことは分かりきっているし、承知の上だ。――幼い夢は、いつかに消えた。


 ――だから、口にはしない。

 心の中でだけ想って、生きる。


 自分の年齢からしても、なかなか好きにさせてもらえていると思う。本当なら幼少期から婚約者を決められ、すでに婚家に入っていてもおかしくない年齢だ。

 両親がどういうつもりなのかは分からないが、伸び伸びと好きにさせてくれていることは充分すぎるほどに理解している。


「姫様。陛下がお呼びにございます」


「分かった。すぐ行くわ」


 すでに夕食も終わった夜。そんな時間の呼び出しに疑問を覚えながらも、グレイシアは腰を上げた。






 案内されたのは両親の私室。入ればそこには兄であるライネルもいて少し驚く。

 ついさっきまで家族そろって夕食を食べていたのに。その場ではなにも言われなかったから、少しだけ緊張を覚えた。

 室内には家族だけ。他は誰もいない。


 やってきたグレイシアを見つめて、父であるマクライ王は目を細めた。


「いきなり呼び出して悪かったな」


「いえ。……兄様もお呼びになられて、どうかされたのですか?」


「おまえたちの婚約と婚姻について話をしておきたい」


 どくりと心臓が鳴った。

 いつされてもおかしくないと思っていたが、突然となるとやはり緊張する。


 自分で選ぶことはできない。解っている。どんな相手でもそれが国のためならば甘んじて受けよう。……隣の兄が遠い目をしているのが気になるが。

 そんな兄に父マクライ王は喉を震わせ、隣に座る母アリエッタは困った顔をしている。


「アリエッタとも話をして決めた。おまえたちの意思を尊重できぬことは申し訳ないと思う、だが、おまえたちにとって、国にとって、最良の相手を選んだ」


「大丈夫です、お父様。私も王家の一員。覚悟はできています」


 手が震えないようにぎゅっと握りしめた。

 解っていたことだ。覚悟したことだ。


 ――好きを、好きとは言えないのだから。


(っ、ぁ……)


 声に出さないように奥歯を噛む。心が上げる悲鳴も聞こえないふりをする。

 父が決めたその人。……頑張って、頑張って、好きにならなければ。


「……ライネル」


「腹は括りました。やりきってみせますよ」


 なぜだろうか。隣の兄から並々ならぬ覚悟を感じる。少々足を引いてしまうほどの圧を感じる。


(兄様にとって、あんまり気の進まない相手なのかしら?)


 もともとふらふらしていて遊ぶ部分もある兄だ。身を固めることは相当に気が進まないのかもしれない。

 以前は公爵令嬢と話が出ていたが相手が亡くなり、それからはまだ話は進んでいなかったはず。どこかの公爵家から新たに候補を出したのか……?


「ではまずライネル。おまえの婚約者にはクロンベリア侯爵三女、レリエラ・クロンベリアを。侯爵には内々に話を通し、レリエラ嬢にも話は届いてある」


「承知しました」


 ……意外だった。年頃の令嬢ならば公爵家やその筋にいるというのに。

 しかも騎士団副団長であり竜使い、相当の実力者。竜の区域へ行くときにも社交の場でも話をしている仲なので、為人は知っているし問題もないだろうと思うが……。


「お父様。レリエラ様は承知なされたのですか?」


「侯爵を通して「考える」という返事をもらっているが、侯爵が是が非でも説得するとのことだ。それに、ライネルも口説き落とす」


「侯爵が断る理由はないでしょうが、説得は難航しそうですね……。クロンベリア家のご令嬢たちは、あまり説得というのは向いていないやもしれませんし……」


 アリエッタ妃が眉を下げて困った様子を見せ、グレイシアも心底それに同意した。


 なにせ、あのクロンベリアの三姉妹だ。

 長女は下級貴族の子息を婿に徹底的に教育させて社交界に激震を走らせ、二女は劇団俳優を口説き落として婚姻、現在も大陸中を回っている。己の好きにどこまでも忠実な姉たちを見て……むしろ教育されたレリエラもまた、好きな道である騎士団に進んだ。

 王太子との婚姻となると、当然、その仕事にも支障が出る。レリエラの「考える」もおそらく断る理由を練っているのだとグレイシアはすぐに察した。


「……兄様。落とせるの? あのレリエラ様よ?」


「心配してくれるか? ならば妹よ、兄を助けてくれ。いっそ家族総出で立ち向かいません?」


「まずはあなたが頑張りなさい」


 母の窘める言葉にライネルも呻った。難しいのは承知なようだが、どうにもレリエラ以外にしようという考えはないらしい。

 難しい顔でうんうん唸っているライネルを見て困りつつ、マクライ王の視線がグレイシアに向く。


「さて、グレイシア」


「っ、はい」


「おまえの相手は、ハウンド公爵家次男、ガドナン・ハウンドだ」


「ガド……え……」


 思考が飛んだ。出てきた名前はあまりにも衝撃的だった。

 愕然とした顔をするグレイシアに、アリエッタも眉を下げた。


「私も最初はどうかと思ったのよ。だけど陛下も譲らなくって。ガドナンはあなたの護衛としてあなたが幼い頃からずっと務めてくれているし、私たちも信頼しているわ」


「そ、れは……私とてガドナンのことは信頼しています、けれど……」


 ガドナンとは十五歳の年齢差があるが、貴族の婚姻に歳の差など些末なこと。ガドナンは近衛騎士としての務めも歳の差分程ある。本当に、幼い頃から当たり前のように傍にいた護衛騎士だ。

 それが、自分とガドナンの関係だ。姫と護衛騎士。……ただ、それだけだ。


「ハ、ハウンド家はなんと……?」


「光栄に思うとのことだ。公爵の長男は妻子もあり、爵位を継ぐのもそう遠くはないだろう。おまえを迎え入れることになってもその点において順序を変えるつもりはないと言っている。ガドナンがこれからも騎士として勤めるか、王都で暮らすか、おまえを娶って領地に戻るかはガドナンに任せるとのことだ。どうするにしても苦労させるつもりはないと」


「ガ、ガドナンには……?」


「公爵を通して伝わっているはずだ」


 ガドナンは今日もいつも通りに護衛してくれていた。一切なにも見せずに。

 もしやまだ聞いていないのだろうか? だとしても、今は公爵も王都にいる。話は必ず聞く。


(も、もしかしてもう話を聞いているけれど断るつもりだから護衛のままでいる……とか?)


 ガドナンにとって自分はあくまで護衛対象でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。

 なのに、いきなり彼が護衛ではなくなるというのは、さすがに驚いてしまう。


(でも――……)


 じわりと胸に広がるのは、どうしようもない歓喜だ。


 ずっとずっと彼を見ていた。いつだって守ってくれた。竜が好きで区域にだって行く自分に呆れず、いつもついてきてくれて、なんなら相棒竜を呼んでくれる。

 そういう、優しい人だ。


「ガドナンならばおまえを託すことができる。それに、竜の好きなおまえだからな。竜使いは喜ばしいだろう?」


「はいっ! ……あ、失礼しました」


 思わず頷いてしまった。しかしそんな娘にマクライ王は小さく笑う。


「ライネル。グレイシア。異存があるならば聞くが、どうだ?」


「「ございません」」


「ならばよい。――では、もう一つ」


 鷹揚に頷いたマクライ王がローテ―ブルに置いていた小さな箱を四つ、それぞれの前に置いた。

 ライネルはすぐにマクライ王に一瞥を向け、グレイシアは怪訝とする。それを見つめ、マクライ王は「開けてみよ」と示した。


 グレイシアがそっと箱を開ける。その中には一つの指輪が入っていた。

 シンプルな銀の輪、中央に光る青のような緑のような不思議な色合いの石。手に取って見てみると、石は輪の内側でも剥き出しの状態になっており、肌に直接触れる作りになっている。


「綺麗……。お父様、これは?」


「おまえたちの婚約が決まりそうだからな。祝いも兼ねて、家族が同じものを身に着けているというのも悪くないだろう?」


「ふふっ。はい。素敵です」


「まあまあ陛下。私も初めて知りましたわ。こんなサプライズをご用意なさっているなんて」


「贈り物がバレては味気なかろう?」


 そう言って笑い合う両親はいつも仲がいい。それを見て思う。


(ガドナンはこの話、どう思っているのかしら……。彼と、家族になれるといいな……)


 そっと指に嵌めてみたそれは、触れた石が妙に心地よさを与えてくるようだった。






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