25,嫁探し
眠るように意識を失ったラウノアを支えるシャルベルはその表情を見つめた。
ラウノアがギルヴァと入れ替わる。それを直接見るのは初めてだ。
じっと見ているとその瞼が震える。そして、その銀色の瞳が見えた。
心なしかライネルも少し緊張しているようだ。無理もない。先日のあの会話の後だ。ただ唯一、マクライ王は悠然としたまま。
開かれたラウノアの瞳がシャルベルを見つける。そして――眉間に皺が寄った。
「……寝る」
「寝るな」
この身体がラウノアのものでなければ支える手を離している。やはりラウノアではない相手だ。開口一番口が悪い。そして本当に寝ようとするから余計に質が悪い。
「起きろ。陛下と殿下の御前だ王家の呪いについて詳しく吐け」
「………すぅ」
「おい」
額に青筋が浮かぶ。そしてクツクツと喉を震わせる音が聞こえる。それも目の前のギルヴァではない方から。
それが聞こえたのかラウノアの身に顕現したギルヴァは息を吐くと、シャルベルの手を離れて身体を起こして立ち上がった。
「ラウノアの婚約者。状況を簡潔に説明しろ」
「これまでのこと、おまえのこと、すでに陛下と殿下は把握されている。王家の呪いについて解決策を問いたい」
簡潔な答えに「ふむ…」と息をもらすと、その目はマクライ王を見た。
数秒の見つめ合いは睨み合いのよう。シャルベルもライネルも見つめ合う両者の素性を考え、息を潜めて成り行きを見守る。
「お初にお目にかかる。ギルヴァ・ディア・ルーチェンハイン殿。会うことなどないはずの尊き貴殿とこうして言葉を交わせることを光栄に、恐れ多く、感激いたす」
「こちらこそ、お初にお目にかかる。マクライ・ルマルドゥ・ジーヴェルダント陛下、ならび、ライネル王太子殿下。お会いする気など毛頭なかったが、縁と流れというのは困ったものだ」
「ははっ。異なものである故面白きものでもあるのでは? 今度、あなたから直接歴史を聞きたいものだ」
「……俺は基本外出はしない」
ラウノアの――ギルヴァの眉が反応するのを見ても、マクライ王は変わらぬ態度を保つ。だからギルヴァも隠すことなくため息を吐いた。
(どこまで把握してるのか知らんが……周囲を見ても、やはり最悪か。ラウノアに後で聞くか)
にしても……とギルヴァは周囲を見た。
ここを待ち合わせにしたのだろうと、場所を探しているときに直感した。だから、王がどこまで知っているのか予想もできた。
非常に困った。しかしラウノアがかの契約書を作ったことは知っているから、ひとまずは様子見としよう。
そう決めて息を吐くギルヴァはライネルを手招いた。
刹那迷うような様子を見せたライネルも、一歩一歩とギルヴァに近づく。そしてギルヴァはライネルの手を取った。
「呪いについてどこまで聞いた?」
「陛下にさして影響はなく、あるならば俺であり、解呪はできないからこそ次代へ継がせないために魔力の強い者を嫁にしろと」
ライネルに触れた手を見つめ、ギルヴァは僅かに眉根を寄せた。
「……やはり、おまえの呪いが一番強いな。おそらく王位継承順や性別によるんだろう。王女はいずれ城を出るからか、おまえほど強くない」
触れていた手を離す。少し考える様子のギルヴァをライネルもじっと見つめた。
見目はラウノアだ。さきほどまで見ていたその人。なのに、中が違うというだけでその雰囲気までがらりと変わる。
「ギルヴァ殿。その……どうすればいい?」
「王太子の嫁となると身分問わずってわけにもいかねえだろ。うるせえじじいどもがいそうだ」
「……」
「だんまりか。ははっ。いるよな、そういう奴」
なんともいえないという顔をするライネルを笑うギルヴァにも経験の苦が見える。それを見たシャルベルはそっと視線を下げた。
「身分問わず集めて竜の前に出すか? 乗り手選定って名目で」
「ラウノア嬢のおかげで騎士と問わぬということは分かったが、納得して送り出す家は少ないと思うぞ……」
「なにも戦場に出ろとは言わねえんだがな。いいじゃねえか。王子の趣味ってことにするか?」
「どんな趣味だ! 妃に竜使いたることは求めないが!?」
ケラケラと笑うギルヴァの気安さにライネルまで言葉が荒くなる。シャルベルは少し驚きながらそれを見つめ、マクライ王は喉を震わせた。
不満げなライネルに「我儘だな」と言うと、ライネルが愕然とした顔をする。仕方ないので考えてやるとしよう。王子の大変さは理解している身だ。
「問題なく進めるなら、周囲が納得する身分と教養、為人が要るだろ。その名簿をひとまず作れ。んで、その名簿の奴と、それ以外の貴族令嬢も集めて社交会を開け」
「それなら明日、社交期始まりの夜会がある。家格がある貴族ならまず出てくる。……どの家も、そろそろ俺が婚約者を選ぶだろうと読んでいる」
「なら好都合だ。――探してやるよ。魔力の強い、おまえに相応しそうな女」
「本当か!」
「おまえらじゃ魔力の強さは分かんねえだろ。俺以外なら竜にしか分かんねえしな」
にやりと口端を上げたギルヴァ、ラウノアの表情にライネルは目を瞠る。
彼女はこんな表情をしないからこそ驚いてしまう。しかしどうにも、この相手だからこそか、頭はすぐに冷静になった。
「……条件は?」
「この場所とこの石棺に眠る者を丁重に扱え。短くとも、王太子、おまえが死ぬまで」
軽くやりとりをしていた声とは違う、真剣で他者を圧するような声音、光る眼差し。ライネルもまた背筋を正し、胸に手をあてた。
知ってしまったのだ。この場所も、目の前のこの人も。歴史の上に重ねられ、潰されたものも。
全てを秘するは互いに同じ。その上に為してくれることがあるのならば、しかと報いなければならない。
「承知した。我が生涯をかけ、この場所を保全し、石棺に眠る方々の眠りを妨げることなく安寧を捧げよう」
ライネルの視線が傍に立つ現王に向けられる。それを受け、マクライ王も頷いた。
だからギルヴァも満足そうに口角を上げて腕を組む。
「とはいえ、正直かなり難しい。王子の相手となると少なくとも赤の竜に選ばれる魔力がいるところだが、今の奴らは魔力なしがほとんどだからな」
「いなかった場合は? 次代へ持ち越しか?」
「代を重ねるほど魔力も薄まって消える。だから次代よりも当代だ。魔力を優先に相手をしぼる。足りない分の魔力は王子自身の魔力を強めるしかねえな」
ぱちりぱちりと瞬いた。
今の人間が持つ魔力は、なし、もしくは弱いであることは分かった。しかし強められるとなるとかなり候補が広がるのでは?
頭を動かすライネルからそれを感じたのか、ギルヴァは半眼を向けた。
「今の奴は魔力を知らん」
「ああ」
「持っていても行使することがない。つまり、持ってるだけだ。となると、腐っていくし錆びていく」
「……なるほど」
「それを使えるものにする。当然並大抵の技じゃねえ。千回くらい死んでやっとちょっと魔力が動くだろうな。それをするするできるようになって、さらに千回くらい死ねばまあ……麦一粒くらい魔力も強まるかな」
「……つまり、二千回以上は死ねと」
「おう。頑張れ」
「軽い! 死んでる間に本当に死ぬぞ!」
悲痛な叫びが木霊する。が、到着した折にギルヴァが防音魔法を張り巡らせているので外に漏れることはない。
ライネルが頭を抱える傍でさすがにマクライ王も表情を引き攣らせている。
「限界を越えねえと成長はねえよ。あたりまえだろ」
「成長と言うより一気に老化させる気だろ!」
「だっておまえら魔力の使い方も知らねえんだもん」
「くっ……!」
歴史から抹消された代物である。そして抹消させたのは先祖である。呪いを受けたのも先祖である。解決策は過去に消えた。
崩れ落ちるライネルを見てギルヴァは軽く笑っていた。




