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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
第六部

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212/246

16,決着

 自分は今、自分がすると決めたことを為す。立てた誓いは心の中に在り続ける。

 だけど――昔の自分も、そのときの感情も思考も、決して消え去りはしない。






 フッとクロリスが息を呑む。その音を傍にいるライネルは確かに聞き取った。


 ――ギルヴァの逆鱗に触れた。

 瞬時に理解したクロリスの視界からギルヴァが消えた。


(なんで……なんでどうでもいいって言っておきながらっ……! どうせこいつを奪い返そうとするならその前に――!)


 ライネルの首に巻きつく蔓の力が強まる。声すら出ずに呻くしかないライネルの死を予感したクロリスはしかし、目を瞠った。


「同属性の魔法は、より強いほうが主導権を持つ」


 ライネルの首に巻きつく蔓から、更なる蔓が急速に伸びた。

 ライネルも目を瞠る前で、伸び始めた蔓は最初から巻き付いていたクロリスの蔓を内側から打ち破る。


「くさっても俺なんでな」


 そう告げる不敵な笑みが、新たな蔓に守られたライネルを引き寄せる。奪い返したぜという笑みにクロリスの顔が怒りに染まった。


(こっちの精霊とギルヴァ様の力なら上書きには時間がかかるはず……。それをこんな一瞬に……! 手出しできないと見せて上書きしてたな!?)


「――…でっ、なんで! 騙して全部奪って俺たちを殺し尽くしたハーウェンの愚者の末裔なんて、助かる価値がどこにあるっ!」


「この国も、ハーウェンのクソボケも知るか」


 本気なのか冗談なのか分からない軽やかな声音に、引き寄せられたライネルは目を瞠る。「ラウノア嬢……」とこぼれた声に、今はなにも返ってこない。


 すっとライネルを離したギルヴァは蔓で籠のような守りをつくり、ライネルをその籠に入れて転がすように移動させる。

 到着する先はシャルベルとアレクのいる場所で、地面に落ちれば蔓は消え、シャルベルはライネルに駆け寄った。


「殿下!」


「あ、ああ……。シャルベル。おー…元気か?」


「なにを言っているんですか……」


「はは……。いや、俺もなにがなんだか……」


 ライネルの視線が後ろに向く。釣られるようにシャルベルも見れば、すでにそこは激突する嵐に見舞われていた。

 火が噴き、風が暴れ、雷が落ちる。現実であるはずがない、夢かと疑うような光景が目の前にある。


「あれはなんだ……?」


「……分かりません」


 僅か視線を下げるシャルベルの憂い顔を、ライネルは横目に認めた。


 執務が終わった夜。カーランとゼオと別れて自室へ戻り、休もうかとしていたときに突然バルコニーから聞こえた音。様子をうかがって、そこからあまり憶えていない。気づけばカーランが傍にいて、空を飛んでいた。

 蔓に動きを封じられても、それでも、耳はちゃんと音を拾っていた。


『おまえ――……精霊を穢して禁術を使ったな?』


『ギルヴァ様こそが正統なんだよ!? あんな暴虐な男の子孫がいつまでものさばるなんておかしい!』


『王女を治したのってギルヴァ様でしょ?』


『あなたは僕たちの王だ! 僕たちを踏み台にしても全部取り戻す責任があるはずだ! 放棄するな!』


『――俺たちが生き残るには、融和しかなかった』


『ギルヴァ・ディア・ルーチェンハイン! 仇を討とうって想いもないのか!?』


 ――知らないことばかり、話をしていた。

 ハーウェン王を愚王と謗り、クソボケと侮辱し。まるで…知っているかのように。


 今だって、軽々と宙に浮いて戦っているのはラウノアなのに、その表情も空気も、言葉も、なにもかもが知っている彼女ではない。

 隣にいる彼女の婚約者を見ればその表情はどこか苦し気で、ぐっと拳をつくっているのが分かる。

 だから、なんとなく解る。


(おまえはなにか知っているんだな。それでも、それを言えない)


 これでもシャルベルとは長い時間を心の友として過ごしてきた。少しくらいは分かっているつもりだ。

 そして、そんな心の友の婚約者は、今、得体が知れない。


 ギルヴァの攻撃を掻い潜り、憤怒の形相を浮かべたカーランがギッとライネルを睨む。穏やかながらも真面目に、気配りしながら護衛に務めるカーランの、普段とはまったく違うその様相にライネルの肩が跳ねた。

 瞬時に動くギルヴァの炎と、クロリスが放った水がぶつかり、周囲に熱気を帯びた湯気が立ち込めた。


 ライネルの傍でその身を守るシャルベルは、見えづらくなった視界の中で目を凝らす。

 ――きらりと光る、何かが見えた。


 瞬時に剣を抜いてライネルの前に出る。同時にアレクがその前に立ち、ギルヴァの風が湯気を払った。

 そのときにはすでに、氷の刃がアレクの前に迫り、アレクは剣を構えた。


 風を切る。血が飛ぶ。目を瞠る。

 軌道のそれた氷の刃が、ライネルを越えて森の樹に突き刺さる。


 シャルベル、アレク、その前に微かに見えた、見慣れた形。


「ぁ………!」


 ぱたりと地面に落ちたそれに、クロリスが舌打ちをした。


「ほんっと、邪魔な奴」


 瞬時に迫るギルヴァに意識を向け、再び戦闘が始まる。

 その下で、ライネルは慌てて前に出ようとしたがシャルベルに止められていた。


「シャルベル……!」


「落ち着いてください。前に出るのは危険です」


「っ、分かって……いる」


 ぐっと奥歯を噛む姿を見て、シャルベルは「アレク。それをこっちへ」と呼びかける。

 アレクの視線は上空へ向き、視線を向けないままギルヴァはアレクへ指示を飛ばす。


「アレク! それは回収だ! 手当てしとけ!」


 防音魔法がかけられている故音は聞こえない。しかしアレクはラウノアの口の動きを瞬時に読み解いた。

 主の指示には即座に従う。アレクは地面に落ちたそれを手に抱えシャルベルとライネルのもとへ下がると、手の中のそれをライネルに渡した。

 受け取るライネルの手が震えているのをシャルベルは見た。


 その腕に大事に抱えられた、一羽の鳥。

 ライネルの傍を飛んで、執務室にも入り込むこともあった、いつの間にかライネルに懐いていた、竜よりも小さなライネルの空飛ぶ友。


 氷の刃が掠めたのは翼だ。アレクが布を裂いてすぐに止血の手当をする。

 それを見ながら、ライネルはそっと鳥に触れた。あたたかい。まだちゃんと脈はある。


「頼む……。死ぬな…」


 どうして飛び込んできたのかなんて分からないけれど。守られて、守ってくれたものが死んでしまうのは苦しくて辛い。

 庭にいると飛んできて降り立って、自分を見て首を傾げて。自室のバルコニーの手すりに止まっていたり、時折花を持ってきたり。癒してくれた、小さな友。


 微かに目を開けてライネルを見つけた鳥は、まるでほっとしたように息を吐いた。


「もう少し頑張れ……! すぐに医者のもとへ連れていくからな!」


 優しくて、泣きそうな、そんな声が聞こえる。頑張らないとなと思って、けれど――守れたから満足で。重たい瞼を閉じてしまいそうになる。

 ――瞬間、はっきりと声が届いた。


「ここで死のうとはいい度胸だ。てめえに死に場所を選ぶ権利はねえんだよ」


 この身体に鞭打つ声が。

 だけれど解る。解ってしまう。――全くそのとおりだと。だから、死ねない。


 力を振り絞るような鳥の様子にほっとしつつライネルとシャルベルは視線を戦闘へ向けた。

 地に降り立った両者は向き合い目を逸らすことはない。ギルヴァは雷をまとう氷の剣を。クロリスは後ろに複数の氷の刃と水の槍を。


「クロリス。昔のおまえは魔法に熱心だったな。おまえに捕まると長々と有意義な魔法談義をすることになって、あいつらに何度も怒られた。好きだったよ、その時間。おまえの視点は面白いし、突き詰める意欲もあった。おまえのそういうところ、伸びれば国家有数の魔法使いになると思ってた」


「っ! 僕だってっ……僕だって思ってた! あなたほどの地の王はいないって! 誰よりも強い魔力も誰よりも毅然とした王たる姿も! 全部が僕の憧れだった! あなた以上の魔法使いはいなかった! ――僕は! あなたの傍で、あなたのために尽くす魔法使いだ!」


 ――もう、戻ることのないあの日々よ。どうかこの胸に、ぬくもりを宿したままで――……。


 ギルヴァの足が地を蹴る。クロリスの放つ氷の刃を雷が打ち砕き、水の槍は氷の剣の冷気にあてられ固まりだす。

 空に逃げようとするならば蔓が足を絡め。魔法の連打はことごとく砕く。


 迫るギルヴァに対抗する術は接近戦。

 クロリスが炎で剣をつくり、ギルヴァの氷の剣と擦れる。


 炎があふれて、熱気が立ち込める。白くなる視界に、冷気が混じる。


 肌感覚を麻痺させるような状況に、震える口で息を吐いて、ライネルはその先をじっと見つめた。

 晴れていく視界。月明かりと炎のゆらめきに照らされる光景。


「……ぁ」


 氷の刃に貫かれたカーランがいた。






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