もう一つの扉
「あら、マウラ、ここにいたのね」
大きな古めかしい木製の扉が開き、褐色の髪の少女が顔を出した。
「どうしたの?ミリアム姉さま」
マウラと呼ばれた少女は金色の髪をしている。
二人とも長いドレスを纏っていた。
姉であるミリアムは瞳と同じ色である薄緑色の長衣。
白磁のような肌に濃い褐色の長い髪を一つに結っている。
そして、妹のマウラは彼女の濃い金髪によく合う橙色の長衣だ。
「来週の町への買い物のことだけれど、あなたは先ずどこへ行きたいのかしらと思って」
ミリアムがそう言うと、マウラは嬉しそうに手をパチンと叩き、
「マーフィーのお店が一番ね。帽子を新調しなければならないから。
それから化粧品をオライリー店で。姉さまは何をお買いになるの?」
「いつものことだけど本よ。あとは、多分、便箋とインクかしら。ペン先も要るかもしれないわね」
「まぁ、ミリアム姉さまったら。もうちょっと女性らしいものをお買いになったら?」
マウラは明らかにそういった「女性らしいもの」を好むようだが、非難めいた目を姉に向けた。
「だって長衣はもうたくさんあるじゃないの。帽子だってそう。
たかがダブリン行きの旅のためにわざわざ新調するまでもないわ」
「いつもそれね。でもね、姉さま、今回は特別よ。
だって従兄のクリストルがロンドンから帰国なさって、わたしたちを音楽会に連れて行って下さるんですもの」
「わたしだってそれはとても楽しみにしているわ、マウラ。
音楽会だってそうよ。だって、ヘンデル卿が新しい楽曲を披露する機会なのだもの。しない人がいて?
でも、旅はまだあと四ヵ月後のことなのよ。準備に費やす時間はたくさんあるわ」
そう、ミリアムは言って、マウラの側に腰掛けた。
月に一度か二度ほどの頻度で、この地域では最大の町であるコークに買い物に出るのがこの姉妹の習慣であった。
この習慣は、森への散歩、乗馬、草原でのピクニックと同じく姉妹を楽しませる余暇でもあった。
二人はまだ十代半ばの年齢だ。
いつの時代でも少女達は買い物を好むものだ。
二人だけで行く時もあれば、従者を連れて出かけたり、姉妹の母が付き添ったりすることもあった。
四ヵ月後に控えている王都ダブリンへの旅は、マウラが言ったように特別なものなのである。
姉妹の従兄に当たるクリストルは、生まれも育ちもこの国最大の都であるダブリンなのだが、
二年前から英国の都ロンドンに遊学中であり、復活祭のため帰国する傍ら、彼の地の社交界にて聞き及んだダブリンでの慈善音楽会に従姉妹二人を招待し、付き添うことにしたのだ。
ミリアム・マウラ姉妹にとっては二年振りに会う従兄から、お隣とはいえ姉妹がいまだかつて訪れたことのない国である英国の話や、ロンドンの社交界のことなどを、
頻繁に交わしている書状の上ではなく、実際に彼の口から聞くことはもちろんのこと、この二人にとっては子供の頃から憧れの対象である知的で凛々しい従兄に会うのが何よりも楽しみであった。
「父さまはいつもより多くお小遣いを下さるのよ。
もっと素敵になられたクリストルに野暮ったいドレスや履き古したで靴で会うつもりなの?
姉さまみたいな美人がもったいないわ。
わたしは断固反対よ。無理にでも新しいドレスを作らせますからね」
マウラは少々語調を強めて言った。
これではどちらが姉なのかわからないが、ミリアムは苦笑しながら頷いた。
「解ったわ、マウラ。何か女性らしいものを一緒に探しましょう」
マウラは満足そうに微笑んだ。
「ああ、本当に楽しみ。クリストルはどんなに素敵になられているでしょうね」
夢見るような面持ちの妹の姿を見て、ミリアムはくすり、と笑った。