危ない石橋は、安全な橋に交換してから渡る人間
今回の話は人によっては気分を悪くするような、過激な内容が少し含まれているのでご注意下さい。
「このラーメン、インスタントラーメンより美味しいな」
「比べる対象は釈然としないが、まあ、俺が作ったから当たり前だろ」
「この、チャーシューなんかヤバい、舌の上で溶けるぞ。このスープもヤバい。手が止まらない」
「フフン。味もそうだが、このラーメンはどうしても食べて欲しかったんだ」
異世界でラーメンを開発し、流布した事はどうかと思ったが、食べてみたら普通に美味しかった。
食べていて思ったが、やはり慣れ親しんだ食べ物の方が良いと思う。
異世界に来て初めて口にする食べ物より、味も品質も保証されている元の世界の食べ物の方が安心感があり食べやすい。
「うーむ、不思議だ。何で魔王が作ったのに美味しいんだろうか」
「……それって褒めてるのか? それとも貶してるのか?」
「褒めてるよ、魔王のくせによく作れたなって。それに、この味だったらたぶん三杯はいけると思う」
「おぉマジか、苦労した甲斐があったぜ。似た味の食材で、その上似た見た目の食材を集めるのは……いや、ちょっと待て前半なんて言った?」
「――――」
ピタっと僕の動きが止まった。
そして、背中に嫌な汗が流れている気がする。
魔王の言っている事を聞いて、今食っている物の危険性に気付いた気がする。
魔王はさっき『似た味の食材で、その上似た見た目の食材』と言っていた。
考えてみれば僕は、食材の事を全く考えていなかった。
比較的安全な環境で育ってきた僕は、自然に食材は安全な物……豚や牛・綺麗にされた水等と勝手に結論づけていた。
だけど、ここは異世界だ、きっとこのラーメンの食材には、カオスな見た目の魔物とかが使われているだろう。
異世界特有の動物や植物……例えば、ゴブリン等のモンスターの肉、ダンジョンに生えていた蔦みたいな植物も使われているのかもしれない。
まあそれだったら、このラーメンの見た目からはモンスターの姿を連想させられない上に、味も良いから、僕の中ではギリギリ許容出来る範囲内だ。
だが、この食べ物はやはり安全面が保証出来ていない。
モンスターの肉を食べて何とも無いという事は常識的に考えてありえないだろう。
幸い、今は何の症状も出ていないが、時間経過で症状が出て来るかもしれない。
何らかの症状が出るという可能性を否定出来ない。
何しろ、魔王が作った食べ物だ。
危ない食材を使っている可能性が否《いな》めない。
これは食べて大丈夫な物なのか?
食欲をそそる湯気を放ち、綺麗に盛り付けされ、味も申し分無い。
だがこのラーメンは危険だ。
食あたりを軽く超える症状に見舞われる可能性がある。
最悪死ぬかもしれない。
僕は隣でラーメンを美味しそうに食べている魔王をチラッと見た。
とりあえず、今の所爆発はしないようだ。
しかし、時間経過で爆発するかもしれない。
「……何だよ」
魔王がこちらの視線に気づいたのか、僕をジッと見ながら、尋ねて来た。
正直に『食材は何使っているの?』と聞くべきか聞かぬべきか、とても悩む。
だが、食材を聞いたら失礼だろう。
「いや、何でもないよ」
「そうか」
…………嗚呼、つい何でもないって言っちゃったけど、やっぱり気になる。
爆発するのか、しないのか。体の内側から爆発したらトラウマものだろうし、絶対死ぬ。
例え爆発しなくても、食中毒になるかもしれない……。
この運命を左右する状況になって気付いたが、物語に出て来る異世界転移ものの主人公で、モンスターとかを食う奴は皆勇者だ。勇敢過ぎる。
僕は異世界転移ものの主人公じゃないどころか、物語の登場人物ですらない。
だから、危ない石橋は叩いて叩いて叩きまくって壊して、安全な橋に交換してから渡る現実的な人間だ。
だから、ここも安全を確認してからじゃないと通れない。少し食べちゃったけど。
「……食べたら危険な物って入ってないよな?」
「そんなの当たり前だろ。危険な物は食いたくないし、もし危険だったらそれは食べ物じゃない」
「じゃあ、危ない物は入っていないのか……よかった。魔王の事を疑っていたよ。で、具体的にはどんな食材が?」
「現在進行形で疑ってるじゃん……まあ、良いか。何を使ってるか教えてやろう。俺は食材には凝っているつもりだから自信があるし、絶対驚くだろう」
魔王はゴホンと咳払いしてから喋り出し始めた。
「聞いて驚け! まずこのメンマ! ……のような物。これはな、小さな国一つぐらいだったら軽く滅ぼせるレベルのドラゴンの一部だ! ワンパンだった!」
「食中毒等の配慮は?」
ドラゴンの一部だと? そんなヤバそうなモンスターをワンパンだと? という野暮なツッコミはしない。
今、求められるのは安全性だ。
「――熱した!」
なっ! 熱したってつまり温めただけだろ?
そんなんで大丈夫な分け…………熱しただと?
……僕は食品に熱を加えたり、冷やしたりして菌を殺すというのを聞いた事がある。
確か熱処理というものだ。
だとしたらこれは、このメンマは、安全だ!
「OKだ。じゃあ、この麺は?」
「小麦粉みたいな植物から作った! 冷やした!」
「よし。じゃあ、このノリは?」
「どっかの湖のヌシの一部! 釣った! 焼いた!」
という事を繰り返して食材の安全性を確認していった。
そして到頭。
「よっし、残るはスープだな。そして、この確認が終われば何の心配も無く食える」
「フフフ、ハハハハ! それには本当に自信があるぞ。何せ痛い目にあって手に入れた食材だからな」
「へぇー、本当に自信ありそだな。今まで聞いたモンスターも凄そうなやつばかりだったのに、そんなに凄いのなのか?」
「ああ! 凄い物なんて比じゃない。今から言うのと比べたら今まで言ったのなんてゴミみたいな物だ! 月と鼈、五十歩百歩ぐらいの違いがあるぞ!」
『五十歩百歩じゃ、変わらないって意味だぞ』という言葉が一瞬出そうになったが我慢した。
ここでツッコミを入れたら何か可哀想に思えたから。
しかし、魔族の頂点に君臨する魔王がここまで興奮するとは……。
興味が湧いてくる。
「どんぐらい強いモンスターなんだ?」
そう聞き、興奮のせいか口の中にいつの間にかあった生唾をゴクッと飲み込んだ。
「フフフ、強さで言ったら、そのモンスター一体でこの世界を征服出来るぐらいの強さだ」
「で、結局どんなモンスターなんだよ?」
「……不死の王だ」
「不死の王……。なあ、野暮を承知で言うけど、名前を聞いている限りとても倒せそうに思えないんだが、どうやって?」
だって、不死だろ。死なないんだろ。
そんなモンスター倒せないと思うんだけどな。
「体の一部を切り取った。そして、粉末にしてスープを作った。これに関しては安全性は保障されているから、安心して飲んでいいぞ」
「成る程、それでスープを……。でも何で安全性が保障されているって断定出来るんだ?」
「……そりゃあ、その不死の王っていうのが俺だからな」
そう呟いた魔王の表情はとても清々しいものだった。だけど同時に、悲しそうにも見えた。
「…………え?」
今こいつ何て言った?
不死の王が魔王……それじゃあ、魔王は一人で世界を征服出来るぐらい強いのか? ハハ……自分の事を持ち上げるためにさっきあんな事言ったのか…………で、僕はそれを食べていたのか?
は? じゃあ、僕は人間を食べていたのか? ……もしかしたらスープ以外にも人間が? いやいや、でもモンスターだからセーフ…………なんて都合よく思える分け無いだろ!
僕は静かに立ち上がり、隣に座っている魔王の襟首を持ち、無理やり立ち上がらせた。
僕の身長が魔王に劣るため、魔王は中途半端に立っている感じになった。
そして、思いっきり睨み付け、叫んだ。
「お前は僕に、何て物を食わせるんだ!」
食堂で談笑していた人達、食事をしていた人達の視線が集まったけど、気にしない。
さっきまで盛り上がっていた、食堂の空気も僕の一言で静かになった。
「……ま、普通の反応だよな。……やっぱり、言わなきゃ良かったか」
相変わらず魔王は悲しさの入り混じった清々しそうな表情をしていた。
こっちが被害者なのにそんな表情をされたらこっちが加害者に思えてくる。
これじゃあ、周りからも僕が加害者に見えるだろう。
僕は居た堪れなくなり、魔王の襟首を放し、椅子に座った。
魔王もズルズルと椅子に腰を落とした。
僕は気持ちを整理するために、「フー」と長い息を吐きテーブルに肘を着け、頭を抱え下を向いた。
――どうしよう! 全く気にしていないよ、実はドッキリでした! って言うタイミング完全に逃した! やべー、気まずい! マジどうしよう――
「なあ、魔王。人の考えている事を理解出来るスキルや魔法って無いのか?」
僕は顔を上げ、魔王を見据えてそう言った。
「……あるけど、それでどうしろと? もしかして、どれ程までに俺を憎んだのか分からせたいのか?」
「良いから一回使って、僕の考えている事を読んでみろって」
「分かった、それに今の俺には、お前の言う事に背く権利なんかないしな」
――冗談でした! 全然気にしてないよ! ドッキリ大成功みたいな……? テヘッ?――
僕は魔王を極力真面目な顔で見ながら、そう考えた。
魔王の整えられた美貌は、初め驚いた様な表情になり、だんだん怖くなっていき、『テヘッ?』の部分では、原型が最早崩れカオスになった。人はそんな表情が出来るのかと驚いた。
ここは何か、気の紛れる可愛い事を考えなきゃ殴られるだろう。
――ゆ、許してニャン?――
魔王は暴れ出した。
――――――――――
暴れ出した魔王は、食堂に居た何人もの人に取り押さえられ、最後は食堂の主であろう体格の良いおばちゃんにお玉で殴られ、地面に頭をめり込ませた。僕も、魔王と同じ様に考えを読んでた人がいたらしくてその人の告げ口により、頭を地面にめり込ませた。
そして、僕達はそのおばちゃんにより廊下に放り投げだされた。素人目の僕から見ても分かる見事な手腕だった。あの腕だったらきっと、世界を狙う事も容易いだろう。
「なあ、魔王。結局何で僕にあれを食わせたんだ?」
「ああ、それはな、モンスターがモンスターを食べると力を吸収する事が出来るんだよ」
「成る程ね、だから食堂に来る前に僕にモンスターになれって言ってたんだ……って吸収? って事は僕って不死になったの? 身長が伸びなくなるって事はないよね?」
「いや、そう上手くはいかないんだよな、そのモンスターの力を完全にモノにするには、一部だけじゃなくて、全部食べなきゃいけないんだ。だから、今のナオは簡単に言うと、残機をいくつか持っているって状況だと思うぜ、ってか、ステータスプレート見てみろよ。それで解決するだろ」
今、一瞬、僕の頭の中をあの有名な配管工のおっさんが「イヤッフー」て言いながら走り抜けて行った。
じゃなくて、ステータスだステータス。ひげのおっさんは別にどうでも良いんだよ。
僕はステータスを見た。
「えっ、嘘だろ!?」
ステータスは別人かよと思いたくなるぐらいに、変化していた。
全部の能力が一万以上上がっていて、スキルもかなり増えていた。
地道にダンジョンでLv上げをしていたのが馬鹿らしく思えるくらいに。
「あれを食っただけでステータスってこんなにも上がるもんなのか?」
「そりゃあ、あのラーメンの食材は今のナオじゃ相手にならないどころか、見つめ合っただけで死ぬようなやつらで作ったからな」
「……その理論だったら、お前と何回も目が合った僕は何回死んでんだよ」
魔王は可笑しそうに笑みを浮かべた。
ちょっと前まで暴れていたとは思えない笑みだった。
「冗談だ。まあ、なんて言うか、勇者って言うのはチート種族だから、こうなんだよ。そうだなあ、今のナオのステータスだったら、他の勇者と戦って勝つには、相当な戦略を組んで、運も良くないと勝てないだろう」
「このステータスで? じゃあ、聞くけど魔王は僕の何倍ぐらいのステータスなんだよ?」
「少なくても、百倍は違うぞ」
「マジか……」
「まあ、頑張るんだな」
魔王と対等に殴り合うには、このステータスを百倍以上も上げなきゃいけないのか……。
まあ、そりゃそうだよな。暴れていた魔王を、ラーメンを食べながら見ていたが、とても敵いそうでは無いと感じた。あれは、本当に化け物だ。
あんな化け物と殴り合うのは、まだまだ道は長そうだ。
「あ、魔王。そう言えばさ、ミリナさんと人形とテルってさ食堂に行くって言ってたよね? でも、さっき投げ捨てられる前に食堂内を見回していたんだけどいなかったんだよ」
「ああ、そうだったな。まあ、多分だけど、ミリナとテルは危険察知能力が高いから、食堂で何か起きると感じ取って巻き込まれないように避難したんじゃないか。で、お前の人形はミリナについて行った。というか連れて行かれたかと思う」
「マジか……何処に行ったと思う?」
「多分、風呂だろ。この時間帯は皆食堂で飯を食べるから、人があまりいないんだよ」
成る程、確かに僕も日本では何処かに旅行しに行った時、このタイミングで風呂に入っていたな。
あれ? でも確か、部屋に風呂付いていなかったけ? ……という事は。
「もしかして、この城って大浴場があったりするのか?」
「あるぞ、しかも露天風呂だ」
「こだわるなあ……」
「別に良いだろ。ここ俺の城だし」
ここの城の主は、食堂のあばちゃんに負けるのか。
「おい、今失礼な事考えただろ」
「よく分かったな」
「潔いな……」
なんか、結構長時間一緒にいたし、トラブルも二人で体験した事もあるから、通じるものがあるのかもしれない。
じゃないと、急に鋭くなった理由が分からない。
「まあ、良いや。俺たちも露天風呂に入りに行こうぜ。結構こだわったから景色とか湯とか自信あるぞ」
「やっぱ、これにも魔王が関わったのか、創作意欲高いなあ。ま、うん。行くか」
「フフフ、実はな、この城の風呂で一番こだわったのがあってな……気になるか?」
「いや、全く気になら無いけど? そんなことより早く行こうぜ、爆発に巻き込まれ過ぎて煤だらけで汚いから、早く行きたいんだけど」
なんだこの野郎? 勿体ぶりやがって気持ち悪いな。
僕は早く体の汚れを落としたいのに。
「まあ、そう焦るなって。マジでお得な話だから」
「なんだよ、言いたいんだったら、早く言えよ」
「実は、混浴もあるんだ」
魔王は声のボリュームを下げて言った。
それに僕は、
「ほほう、詳しく」
即答した。
次回は多分温泉会です。




