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チケットの手配が上手くいかない。とはいっても、お客様の分ではない。自腹で1枚、たった1枚購入したいだけだったのに全くなかった。僻地…じゃないわね…遠方や宿泊施設が整っていない地域ならまだ残っていると思っていたのに手に入らない。勿論、ホームであるこの地のチケットなんて早々に売り切れたし関係者枠で商工会からの招待用に取って置いた所も酷い取り合いになった。上手くとりなしたけど、厭味や恨み言をネチネチ言ってくる輩が全く居ないわけではない。そんな人は遠からずご縁が無くなるでしょうけど。
そんな時に、青雲の志から使いがやってきた。渡されたのは箱。
その中には丁寧に包装された最終公演日の招待状などが入れられていると、別に先に渡された手紙に書かれていた。
表書きには個別に名前が記されている。
その中からエリカ・ヘイデン宛の物を開封した。
そこにはこれまでの私達の思い出と感謝、そして旅立つ事が記されていた。
その時が来たんだ。気付きながらも修復出来なかった関係。見えていた私達の将来。
流れた涙を拭い、他の招待客の仲間を呼び出す。
その場で開封してもらいみんなで読み進めてもらった。
四人全員からの手紙は私だけであったが、あとはそれぞれ四人の内の一人から感謝が綴られていた。
「さて、感動しているところ悪いんだけど、青雲の志から依頼が入っています。まずは最終公演の招待客の護衛と警備員の追加です。招待客の護衛の配置についてと警備員の追加についての説明はこちらをご覧ください」
箱に同封されていた別紙を配布していく。
「あと絶対無いと思いますが、私達のチケットは他の者が持って行っても入場できない様になっていますので紛失は勿論、譲渡も売買も不可です。やったら、キラくんが怖いわよ。被害者も加害者も殺して下さいって懇願したくなるような目にあわされるかも…な~んて、ね?」
「笑えませんな」
「絶対失くさない」
その場に笑いが起きる。
「なんだかこういうの久しぶりな気がする」
どこかギクシャク感があって意思の疎通も上手くいっていなかった。何だか気まずかった日々。
心に浮かぶのは解放感じゃなくて、寂しさ。
「私の方こそ感謝すべきだったわ」
「気づいたならいいんじゃないっすか」
「そうかしら?」
「仕事への情熱を取り戻させたのは青雲の志だったでしょ?」
「…うん」
本当に楽しかった。
ちょっと面白そうな仕事をちょくちょくこなすだけの張り合いのない過去の日々。心躍らせて仕事に励み、ぎらつく程にのめり込み、熱く熱く決して冷める事無かった青雲の志担当であることを嬉しく忙しく楽しく過ごした毎日。面倒事も睡眠不足も今思えば全てが楽しい思い出。
今迄生きてきた中で最も誇れるものの一つとなった時間。
「任された事だけじゃなくて、まだ出来る事、やらなきゃいけない事もあるはず。しんみり萎れている場合じゃないわ」
「だね」
「大体彼等が何の問題もなく順調に終わらせられるはずがない!!」
「ですよね」
円陣を組む。
「最終公演まで気を抜かずに行きましょう!そして、花道を飾ってあげましょう!!」
広くない一室に大きな声が響いた。
◇◆◇
エリカさんに会いに行った。事前に手紙で連絡はしてあった。
青雲の志から公演後の諸々の雑務をお願いする為にだ。
きっと混乱を招いてしまう、その対応も含めて。
予想外に驚くほど快く引き受けてくれた。…仕事なので相応の報酬は支払うが。
そんなやり取りをしていたら出会ったばかりの頃が思い出された。
きっと泣きたいのはエリカさん達だろうに、全てを請け負い笑ってくれた。お礼を言ってくれた。
「あ、でも。フフフ…安くはないわよ」
エリカさんらしさに雰囲気が和む。言われなくても長い付き合いだからそのつもりでいましたから!もうっ!!
「最後のライブの時間だけは青雲の志の一番目のファンとして楽しませてもらうわ」
私達があのまま歌手としてだけ生きていくならすれ違いはもっと少なく、その訪れももっと遅かったかもしれない。
でも、ずっとここで生きていく事はとても難しい。
この地で出来た縁も、これから暫くは遠くなるかもしれないけど切れはしない。
私とウララは耐え切れずに涙を流してしまったが、赤く腫れる事を窘められた。
エリカ・ヘイデンはやっぱり青雲の志の専属だ。
そして、最終公演日が来る。
◇◆◇
いつもの様に盛り上がる。
こんなにも多くの観客にが来てくれた。
最終公演は本当は初めて行った場所でしたかったけど、動員できる人数を少しでも増やしたくて、この街で最も多く収容できる会場を押さえてもらった。
後半に入る所で私達はみんなに告げる。
驚きと悲しみと動揺で楽しめなくなるかもしれない。
でも、私達を愛してくれて忘れたくないって思ってくれるなら、後半は更に集中して盛り上がってくれるんじゃないかって、そんな風に考えた。
ステージに上がろうとする人もでるかもしれない。私達の身から記念に何か奪い取ろうとするかもしれない。そんな人なんて少ないって分かっているけど、突然の発表に何が起こるかを完全に予想し対策を練っておくのは難しい。
その時が来た。
やっぱり、分かっていたけど。
言葉にする前にぶわっと込み上げてくる。抑える事が難しい。
流れ的には私が話すのが自然だけど、こういう時はグループリーダーであるキラが話すのが相応しいという結論になった。
私じゃなくて良かった。今話したら言葉がつっかえつっかえになってしまい上手く伝える事が出来ないだろうから。ニコが話したら冗談だと思われそう。ウララも泣いちゃって可愛い顔を晒してニコをヤキモキさせるだけになっちゃうかもしれない。
やっぱり、いざという時に頼りになるのはキラなんだなって。
…あれ?…あ。…うわぁ。
自分の世界に入り過ぎた。
うん、なんかさぁ、音が遠くなんだけどいやに近いっていうか。そして。
シン。
音が消えていた。
私が自分の世界に入り過ぎていた時間に、キラから伝えられていた。
シンとしたこの時間。時の流れが止まってしまったかの様。
見渡した観客席の顔、顔、顔。誰一人として笑顔はない。
事前に伝えてあったエリカさん達でさえだ。
受け入れられない?そうだよね。でも、聴こえたよね?伝わったから固まっているんだよね?
悲鳴も泣き声も聴こえない。
納得できるかどうかまでは責任を持てない。
ああ、日本ならまるで悪人かのように追及されるんだろうなぁ。
『えっと、私が進めていいのかな?』
『ミュウは復活していたのですね』
『ああ、うん。ちょっとだけ自分の世界に入っちゃったけど、一人で酔いしれたら悲しいほどスッキリ醒めたの。薄情だなって思うくらいそりゃもうスッキリサッパリよ』
『…では、お任せしても?』
『うん、任せて』
マイクを握り直し一歩進み出る。私が動いた事で注目され、お客さんの目に光が戻り始めた。
止まった空気の流れが再び動き出す。
合図を送り、低い音量で次の曲を流し始めて貰う。
三人も準備に入る。
それを見て会場がざわつき始めた。
「私達青雲の志は外国に旅立ちます」
今度は悲鳴と驚きの声で会場が騒がしくなった。そうなるのは予定の範囲内。
ステージ上をゆっくり歩きながら少し静まるのを待つ。
警備員に取り押さえられてしまった人が目に入った。残念と思いながらもそのまま退場願う。
そういう姿を見たことで段々静まっていく。
「またいつか戻って来ます。もしかしたらこんな事を言っておきながら、たった一年後に戻ってくるかもしれません」
エリカさんが苦笑している。オジサマ達は呆れているのかもしれない。
その様子を見てクスリと笑う。
「戻った頃にはもうすっかり過去の人になっていて……皆さんが私達を忘れちゃっているんじゃないですか?
何より、今多くの歌手が育ってきています。漫画もそうです。それに係わる人が増え、漫画家だけでなく、学校・編集・印刷・製本・道具制作・流通関係・販売・宣伝、まだまだありますが私達の活動がこの街を活性化させる足掛かりなったと、貢献できたと自信を持って言えます。ここにはこれから文化として根付いて欲しい」
固くなっっちゃった。
「戻ってきた時に今度は私達を楽しませて下さい」
目に力が戻っていく。
「そうなっても、それでも!私達青雲の志が素晴らしいって言わせてみせます!みんなに負けない様に私達も頑張るから!!」
前奏の音量が上がっていく。
「だからみんなも私達の期待に応えて!」
仁応と礼梦が肩をくんでいる、信心と智胡利は何故か二人で拳を合わせている、そして盛義は小さくガッツポーズを決めていた。
「後半も楽しんでいこう!!!」
大きな歓声で会場が揺れる。
ゾクゾクする。
胸が熱くなる。
血が沸く。
調子に乗り過ぎました。
目が合った子達にウィンクを大判振る舞いしたら…腰抜かして立てなくなったり失神者続出。
よく来場してくれた子には投げキッスをポイポ~イ…ゴメン、鼻血出ちゃったね。
ヤバって思って神気も聖気もキラキラ放出しまくったら…言えないような有様に。絶対キラに怒られる!
でも、とりあえずここでの最後の公演はとても楽しかった。
皆ありがとう。
五家のみんな、後、頼んだよ。
尻ぬぐいしないからね!




