65 分かれ目
重苦しい。そう感じるのは私だけなのだろう。
自分でも気づかぬ間に息を止めていたか浅い呼吸だったのか胸の下着に締め付け感がある。それを和らげようとこっそり鼻から息を出したら…思い掛けず「フッふ~」と大きな音…荒い鼻息の音がその場に落ちた。ほんの僅かな時間の沈黙。それを破ったのはマリエルだ。
「猛牛か、はたまた猪でしょうか」
「身近に感じられるって意味では好感度も魅力も上昇ですけど、女性としては少々どうかと思いますわ」
「ま、そういう時もあるって事で。別にいいんじゃね?」
どうして三人とも私を責めないのだろう。
思わず…じゃない、ついも違うような気がするが出てしまった「してやった」という恩着せがましい言葉。
私が泣きそうな困ったような表情でもしているのであろう。見かねたのかマリエルが言う。
「だって、カミーユは解っているじゃないですか。何が駄目だったのか気付いているでしょう?自分で気づいて反省もしている。俺達から何を言えと?」
「でも」
私が勝手に任務以上の事をしようとしているだけ。なのに。頼まれもしないのに偉ぶって勝手にしておいて、押し付けて文句言って。いい様に使ったのに。してくれたってって私が感謝しなきゃいけなかった。
力を持つ者の傲慢さ。振るった力は正しい。だけど使い方は正しかった?
マリエル達はなんだかんだで私に甘いから間違いを犯しても許してくれる。多分。
私達が知っている神様は公正で公平で平等で計り知れない深い愛を持つ。それを見本に手本に目指す姿だから。
今は人の事じゃない。私が改めるべき時だ。
黙考している私を引き戻す声が届く。
「カミーユはあれらが俺達に言われたからやっているだけだと?」
「そうだったらさすがに…僕でもあいつらを下の下のくずとか思っちゃうかも~?」
「あれはあれでこれを機に前に進もうとしているのですから気にする必要はありませんわ」
「でも」
私があんな言葉を吐いたせいで私だけじゃなくマリエルとリコルとジル、特務課の評価も下がったかもしれない。
「絶対、超が付くほどくだらない事を考えている顔だよね」
「ですわね」
でも、そんな事言ったって。
「カミーユ。その考えははあまりにもあれらを過小評価しすぎています。今現在のそのカミーユが最もあれらを貶めていると自覚はありますか?」
え?
「私はそんな事微塵も思っていない…!私のせいで皆と特務課が馬鹿にされたらヤダって。そう思っていただけで、彼等を貶めるだなんて」
言わないなら分からない。わざとじゃないから悪ではない。
そんな事はないのは解っているのにすぐに同じ事を繰り返している自分が居る。
「なんか、違くね?」
「ですわね」
三人が頷き合っている。私だけがその意味を理解できていない。
「これはこれは。やっぱり使えない守護サマですねぇ。一体どれだけ俺達を利用しようとするのでしょう?」
「誰だと思う?」
「仁応の、と言わせたいのでしょうかねぇ?でも、これは盛義の守護サマの仕業ですね」
「…そうですわね。使い勝手がいいのはあれですもの。盛義は考える事を半ば放棄していますものね」
「一番絡みが少ないから油断していた」
「カミーユ」
「何?」
手渡されたのは聖水。迷わず飲む。
ぶわっと外れるのが分かる。全身に鳥肌が立つ。
思考の大部分が自分の物でなかったと瞬時に認めた。傲慢さに隠された嫉妬と羨望、自己顕示欲、そして劣等感。私が持っていたもの、それは傲慢。それが引き寄せてしまった感情。…また、傲慢。
マリエルが外れたモノを纏めて還す。
「もう大丈夫ですよカミーユ」
「うん、ありがとう」
「ライブの後だったのもあったせいね。視ればすぐわかったのに。怠ったせいですわね。わたし達も反省しなくちゃですわ」
外してくれたから今なら分かる。
そして自分の奥底に燻っていたものを自覚出来ていなかった故の失敗。忙しさや楽しさにかまけて顧みる事をしていなかった。
「ありがとう。ごめんなさい。不用心だったわ」
「それは俺達もです」
だから、何が燻っていたか先に言っておこう。余分なものが消えて見えた新たな心の燻りを。
「ちょっと聞いてほしいの」
ぐるりと三人を見渡す。
「今後ももし今回の様に未熟な出来であってもそのまま終わらせて出発します。彼等が出来るはずの浄化までしてあげません。後で何か起きても彼等が対処するべき事だからです。漫画は…文化として根付くには時間が掛かるし、種を蒔いて水もあげて芽が出る所まで見守ったのだから、あとは時間に任せます」
そして。
「次の地へ急いだ方がいいかもしれない。そんな気がします」
まだ「勘」ていうより「感」っていう感じ。
「地図を見た時に目が行く地域があるの。だから次はそこを目指す。どうかな?」
肯定の頷きが返る。
「それにしても未浄化の負の感情の塊に付け込まれるなんて我ながら情けないやら恥ずかしいやら」
「わたしからは何も言えませんわ。人の事言えませんもの」
「でもさ、やっぱりね原因は私にもある事も否定できないのが悔しい」
「だねぇ~」
「うっ。味方は居ないの?マリエル、慰めて~~」
「では、これから早速、朝まで慰めましょう。喜んでシテさしあげますよ?」
「エロいですわ」
「ジルもシテ欲しいの?」
結局私のせい。
三人は在ったものが弱体化された。上から下へ。
私は無かったものを手に入れた。下から上へ。
だから私の隙は三人に比べ出来易い。
慣れた事で馴れてしまったってことか。同じ「なれ」なら「熟れ」にしてみせる!
「あら、カミーユが復活しましたわ」
「うん。気合入ったよ。勝ちに行くから」
「何々?報復でもしちゃったりするわけ?」
「まさか。するわけないじゃない。何もしないだけだよ。ただ、何もしない。それだけ」
「陰険ですわ」
「そんな事ありません。ここまで手を貸した後なので今更なのですが、ただ見守り努力を望み促す。神様を見習う。そういうことです」
マリエルの言う通り!ジルが言うように陰険なんかじゃないもん。
◇◆◇
上から聞かされた。上手くやっていたではないか。褒められ評価されこそすれ小言を言われるなど。
我の盛義は一人でもやってきた。悔しいが確かにあ奴らに教えられて幾分かの向上がみられた。
…基礎からのやり直しもあって我が引き出せなかった力を引き出した。
いい様に使われてやったのだ。盛義の手助け、我の補助をすればよい。
口ばかりで気づかない。やはりこちらが上ではないか。元々の魂が格上であろうとも今は体がある人間に過ぎない。ならば、我が鍛えた盛義の方が勝る。
立っている場所は集めて置いた所だ。光が強すぎるからこそ微弱な個々など目に留まらないのだろう。
一つ一つは弱くとも繋いでしまえばどうだ?
森の中の木よりも見つけにくいだろう。その先をそこに繋ぐ。最も光が強い者に。
天に還りたくて助けを乞うように光と温かさを求め吸い寄せられていく。
盛義がどう思っているかは知らないが、盛義の浄化はあまり上手くない。だから我の力を多く使う。
だから。ならば。
その力、有り余っているのだろう?我々を格下だというのだからお前達がその力で全てやればいい。
下々を愛で抱擁するのが上の者だろう?
盛義との会話の通りが悪くなってきている。
ふとした時にガクンと下の界へ落ちる。簡単に上がれるが面倒だ。
《その役目、我が引き継ぐ》
何故?
《それすら分らぬか》
何故、何故、何故?
◇◆◇
いつからだろう。守護様を信じる事ができなくなっているのを感じる。
表面上は何も変わらない。そして、悲しい事にその事に気付かない。
だが、役目を果たすのに守護様の力を頼るのもまた事実。
子供を可愛がる様に育てて貰った。愛情を与えられている実感もある。
大人になった自分に「義家」を名乗り役目を継承した誇りだって多少なりとも存在する。
正直、そう頭が良い方ではないのだって自覚がある。
それでも、意思も意見も考えもあるのだ。
諭すふりをして否定をする。
そう、頭が良くないのだから仕方ない。
伸びしろはもう無いのだと、考えても無駄なのだと、大事なはずなのに置いてみたり仕舞ってみたりした。
やることはきちんと出来ている。
教えられた様に、言われるままにやればいい。
頭が悪い脳筋なのだから。
元気と朗らかさ、明るさ。それが持ち味。
馬鹿だから笑って済ます。
笑顔が絶えないのが良い。
心に巣食い始めていた闇が掃われた。
もう伸びしろは無い思っていたのに、上昇した。
「うん、理解も早いし実践経験があるから呑み込みも早い。器用さでいったら、義盛と礼梦が頭一つ抜きんでている」
「変態と堅物に負けない位、お子ちゃま達も頑張っているけどね」
「うかうかしていると抜かされますわよ」
褒められた。それが自信に変換される…前に踏みつけられるのだろうか。
「もっと伸びます。それから、考える事を辞める事は勧めません」
「頭は悪いが、言われた事だけはキッチリやる」
「それでいいのですか?」
頷く事が出来なかった。
そこに守護様が居るのに声が通らない。
その場の状況から言われたことを推測する。
その頻度が増える。
「さぁ、守護様先行しよう」
進んだ先で準備しよう。遅くならない様に、でも焦らず適度な休憩を挟んで。
《盛義。守護担当を変わることになりました。今から宜しくお願いしますね》
前の守護様には悪いが、交代を喜ぶ自分が居る。
「はい、宜しくお願い致します」
《よく頑張っていました。ずっと見ていましたよ》
詰まっていたものが流れ飛ばされた。
繋がる光の道から温かいものが流れ込んでくる。
守護様が居たのに孤独だった。
初めて守護様に会った時の感動が甦る。
たくさん守護様と話をした。
多くを知らされた。
新しい一歩を踏み出した。




