35 仁応(にんおう)
少年は「仁応」と名乗った。
聞けば、どうやら代々神霊の加護を得るものを多く輩出する家系らしい。らしいとしか言えないのは、彼の両親から彼が伝え聞く前に亡くなってしまって詳しい事は彼自身も分からないからである。
さて、光の道を開いてしまったわけだが。
「おそらく、ですが。あなたのご両親、またはどちらかも仁応さんと同様の能力があったはずです」
「うん、多分、母さん。今ならわかる。母さんが同じだった。瞑想したあとの母さんいろんな表情していたもん。あれって守護様と話していたんだと思う。あ、守護様ってもしかしたらうちだけの呼び方かもしれないけど」
それにしても、あんなに憑けていたのに何故普通に生活する事ができていたのだろう。
あのとき感じた、アレらは?う~ん。彼にも関係あるんだとは思うんだけど。彼から直接感じたものとも違う?悪霊になりかけとも違う。
《お答え致します》
「あ、この声が守護様です」
私達は頷く。やっぱりただの守護霊ではなく高位の守護霊である。
《残念なことに、仁応が天上と通じる前に仁応の両親は亡くなってしまいました。仁阿には何度も早く理を教え力の使い方を練習させるように進言していたのですが、まだ早いと受け入れてもらう事ができませんでした。仁阿の力は強力だった。だからこそ、かかる負担が大きかった》
ここまで話してくれたところでノックがある。
「ちょっといいかしら。っていうか、曲珠の販売がすごいんだけど。お礼に顔出しなさい。四人ともよ」
エリカさんの言う事聞きなさいという意志が伝わってくる。
「はい。すぐ行きます。仁応くん、帰らないで休んで待っていて。すいません、エリカさん。間違って彼を帰さないようにスタッフに伝えて下さい」
「わかったわ。さ、早く」
「行こうっ、ウララ」
「ええ!」
「俺達も行きましょう」
「うん。仁応くん後で!」
コンサート会場はチケットを持っている人しか入れないようになっていたが販売スペースはそれ以外の人も購入できるようになっている。
「あ、見て!キラ様よ」
「「「「「ウーララー!!!!」」」」」
「ニコくん、カッコイイ!」
「うぉ~、女神降臨だ~」
様々な声援に手を振って応える。
本来なら売り場に立つのはまだ無名の私達であるべきだ。だが、エリカさんがもう追加公演を勧めるくらいの熱気と人気に出るのは危険であると判断された。
私から握手会の提案もしてみたが、よく考えると、自分の好きな異性が見ず知らずの複数の異性に触れられるというのが非常に不快であり、即否決となった。
私のマリエルに触れていいのは私だけです!
なんて、売り場のお客さん達に「ありがとうございます」と声をかけていると、またあの感じが私を襲った。
『マリエルっ、やばいかも』
見渡すが集中力を欠きすぎていて良く視ることが出来ない。背中を嫌な汗が伝う。
ジルとリコルも笑顔を絶やさないが緊張感が伝わる。
『すいません。俺じゃ視えない。カミーユ、無理の無い程度に…』
《仁応、どこに居るのですか。体が辛いでしょう。楽にしてあげます。早く帰りましょう。……チィッ、結界が張られているのか。悪霊を集めるのに便利だったが。この辺りに浄化できるやつなんていないはず…旅人か?余計な事をしやがる》
さすがにコンサートをして力も使った私の気力体力はかなり消耗していた。でも、マリエルに言われるまでもなく今を逃すわけにはいかない。
結界に気付いた。
このタイミングでやっと気付く程度のモノならやれる。まだまだ弱い状態だ。
マリエルにこっそり治癒してもらう。
リコルが「特別にもう1曲!」と言ってジルと準備をする。
『急いで!』
ばれる前に始末する。気付くな。間に合うか。
《精度の高い結界だな。もう一度呼んでみるか。結界から出てくれば届くはず。わたしのお人形》
「本当に最後です。皆さんに感謝を込めて。曲は、武士の魂!」
歌いながら人差し指を伸ばして手を組む。踊りながら神気を指先に集める。外に漏らさないように小さく凝縮させる。
歌詞に合わせて見つけたソイツに狙いを定める。
「♪~~~heart『発射!』~~~♪♪~」
歌いながらも目は離さない。当たれ!
人混みの隙間を一直線に猛スピードで神気の弾丸が飛んでいく。
少しの威力も落としたくない。人体を通り抜けてしまうと威力が低下してしまう。
奇跡的にできた直線の隙間。猛スピードで進む弾丸を追えているのは私だけだろう。
『当たれ!当たれ!!」』
何かがはじけた。
凝縮されていた神気がソレに命中した。
瞬時にソレは消滅した。凝縮しすぎた弾丸は浄化して還すではなく消滅という結果を残した。
溢れた神気はソレを消滅させた後、幸いなことに上空に方向を変え空にオーロラを作った。
お客さんは何事かと少しだけ驚いていたが、観客だった人達が「こういう演出」であると説明してくれたおかげで恐慌状態にならずに済んだ。
ソレは他の人のも認識できる人間の姿をとっていたはずだった。
だが、人ひとりがそこから消えたのに、そのことについて周りから声が上がる事はない。
たまたま知人が誰も居なかったのだろうか。
人々はそれほど無関心なのだろうか。
『それ違う。僕達に関心が向いているんだよ。だから一緒に来ている友人とかで無い限り、見ず知らずの他人のことなんて気にしない。それだけだよ』
「そう」
零れた一言は歓声に消された。
私達はお客さんに手を振りながら退場した。
◇◆◇
「また、か。王国の件といい、今回の事といい。新しい仲間が出来上がる前に潰されてしまう。…どこかの国の神子の陣が書き換えられたか?いや、そんなこと出来る者がいるわけはない。
まさか、天界から降りてきた誰かが開眼したか。聖国に封じ損ねた者が居たか。
…面白くない。
フッ、まぁ、よい。時間が足りないなんてことはないのだから。
楽しみは長く永く……」
◇◆◇
《仁応、感じましたか?》
「うん」
感じただけじゃなかった。師匠の声もしっかり聴こえていた。
その上で、返事をしなかった。
守ってくれた師匠は、心を寄せ尊敬していたあの師匠の姿は偽者だった。
守護様が居てくれなければ、やっぱりあの声は嘘であり、誰かが自分に悪意をもってそんな幻聴を聞かせたと思っただろう。そして、変わらず師匠に疑問を持つことなく過ごし、師匠の言う『お人形』になっていたのだろう。
何も教えて置いてくれなかった母、頑張ってくれていたんだろうが今日まで現れてくれなかった守護様、そして、もっと早くに気付いてくれなかったミュウさんとキラさん。何より、辛い自分に酔いしれて周りを責めてばかりの自分。
信じていた師匠の本当の顔。師匠の裏切り。いや、師匠が裏切ったわけじゃない。自分の人や世間を見る目が無かっただけだ。
怨みつらみ、自己嫌悪、反省、感謝…想いが渦を巻く。
《抑えなさい、仁応!仁応!仁応!》
ああ、ごめんなさい、守護様。
守護様が居たって、存在を感じるだけでそこに本当に居るっていう感触や温もりが無いんだもん。
やっぱり寂しいよ。
これからどうしたらいいかわかんないよ。
ナニカが寄って来ようとするのは感じる。でもそれは遠くで弾かれている。
でも、想いに引っ張られてここを目掛けて飛んでこようとしている。
「もう、一人じゃ嫌だよ」
涙が頬を伝う。
「お母さん、連れて行ってよ。お母さん、お父さん…」
ばしゃあっ!!
「っあっぷっ!」
何が起きたの?…みず?水?っていうか、息できない!どこから湧いてきたんだよっ。
苦しい。何なんだよっ。
「えっ?何。幻?…濡れてない」
でも、息は荒いままだし、さっきの苦しさも残っている。
何が起きた?




