第17回 束の間の平和
多賀城市付近の線路にも、警察の検問があった。複数個あり、そのたびに列車は停止し、確認を受けていた。また、常に状況調査や確認のため、停止することもありなかなか多賀城市に入れなかった。
富士は一刻も早く、多賀城市に向かいたかった。しかし、それが叶わぬ。
外から「運転手さん」と声をかけられる。迷彩服を着た男は、自分の名前を「白崎」と名乗り1つお願いをして着た。
「もう少し、近づいてからの方が...?」
「この先から検問はありません。止まっている今のうちに乗せたいのです」
「しかし、危険ですよ」
「大丈夫です。安全対策はしますし、責任はこちらでとります」
「しかし...」
「どうかお願いします」と頭を下げられれば断れなかった。どうやら俺は頭を下げられることに弱いらしい。
「分かりました、許可します」
「ありがとうございます!」と白崎という自衛官は大喜びしていた。
開け放たれた右側の窓から首をだし「おい、佐藤!すぐに準備かかれっ!!」と白崎が怒鳴る。
「了解しました!」と奥から若い男の声が聞こえた。
窓から首を出すと、「佐藤」らしき若い男が機関銃を担いで機関車の後方から上に乗り始めた。
正気じゃないと思った。機関銃を持った自衛官を運転席の真上に乗せたまま走ることになるとは。
11:15 2階非常階段
「そうですか、5年前に...」
「退官して即自には登録しているけど、まさかねぇ」
彼ら...菅原と坂崎は今、従業員控え室よりもさらに奥の非常階段付近で話していた。
「しかし、なぜ退官されたんですか」
「なんでだろうね~、なんかしちゃたんだよね。それでそのまま旅人気どって色んなとこ行ってんの」
「ちなみに職種は?」
「化学科、予備の今でも化学だよ」
「なにか、この状況における良いアイディアはありますか?」
「ないね。もう君達に任せないとなんも出来ない」と坂崎は笑う。
菅原としては、正直化学科の前に、上官がいることはありがたかった。2人の若い女性を独りで護り、安心させてきたこの男。状況を読み、いち早く感染者の行動に気づき、調査した男。階級だけの男じゃないのだと思う。
「俺はあくまで、旅しているひょうきんなおっさんだからね。ふたりには内緒だよ」
「何故ですか?」
「だって頼られたくないもん!」
菅原は「(本当に自衛官なのか?)」と疑う。確かに「陸」は豪放磊落が多いことで有名だが、それにしてもこの態度はなんだ?。上官らしくもなく、本当にそこらへんのおっさん。いや、おっさんよりも気さくに接する態度。
「菅原3尉、5年も旅してごらん。いろいろ変わるよ」と言われればなんとなく納得するような、しないような。
「そんじゃ、戻ろうか」
菅原は坂崎という男が、よく分からなかった。しかし、信頼して間違いないとも思っていたが。
部屋に戻ると大和田が「小隊長」と呼んできた。
「HQ(連隊本部)からの連絡で、救援はヘリで行われるそうです」
「うん?機関車はどうした?」
「線路はここの目の前ですが、我々はともかく避難者を乗せるのは危険と判断されました。ここのイオンと線路までは隙間がありますから」
「いっそ映画みたいに地上を走破するか」
「映画と違って、ヘリが準備できていますから、そんなことする必要ないですよ」と大和田が笑う。
これが本当に映画ならやってみたい。絶対に変な怪物が来るだろうが。そういえば、あんな「生物兵器」を全面に出した怪物とか「突然変異」とかあるのかな?。
「突然変異いますかね~?」と坂崎(予備)二佐が聞いてくる。なんだ、伝わったのか?。
「いたらいたらで厄介ですし、そもそもこの状況自体がもう突然変異のようなものですからね。これ以上は勘弁してほしいです」と大和田。確かに、ばかでかい怪物でもこられたらアウトだろう。
「坂崎さん、あとで我々は1階も捜索してきます。そのため1個分隊(8名)は駆り出したいのですが」
「え?、全員連れていったら?」と言ってくるもんだから驚いた。
「いや、しかし、ここの警備は」
「大丈夫だよ。音さえたてなければ来ないし、あなた方が見てきた後なら、そんな数もいないでしょう。それにこんな狭いと頃じゃ跳弾や発砲音で逆に危なくなるだろうし」
「なるほど...」というしか他はなかった。そう言われれば、そうするまでだ。
「分かりました。ただ、坂崎さん、無線機を1つ、私のを置いていきます。何かあればすぐに呼んでください」
「菅原さんは命令出すとき大丈夫なの?」
「私の側には基本、副長の大和田二曹がおりますから」と、俺は大和田を見た。
「分かりました。それじゃお言葉に甘えます」
そして、俺は自分の無線機と頭につけていたインカムを渡した。
「菅原3尉」と坂崎さん。
「1階は今までと違って、ゾンビ、もとい感染者が多くいると思う。外と簡単に行き来できるし、襲われて逃げ遅れた人もたくさんいただろうからね。細心の注意を払ってくださいね」
そう言われ、俺は「はい」と一言だけ言った。そして敬礼する。
「すぐに戻ります」
そうすると、坂崎さんも敬礼した。
「武運を」
「ねぇ、坂崎さんと菅原さんって知り合いなんですかね」
「さぁ~、堀さんはどう思いますか」
「だって普通敬礼お互い返したりしませんもんね」
「もしかしたら元自衛隊だったりして」
私達はこっそり耳打ちして予想していた。
「柏木さん!」と坂崎さんに呼ばれる。
「警察官なんですよね?」
「はい」と返事をする。
「僕とふたりでここを守りましょう。自衛隊の皆さんは1階を見てくるそうなので」
「分かりました!」
そして、菅原さんに向き直る。
「菅原さん、警官であるのに、戦力になれなくてすみません。しかし、私はここで皆さんの帰りを待っています。自衛隊のみなさん、よろしくお願いします」
と言った。
「か、かわいい」と思ったのは大泉だった。堀さんは美人、柏木さんはかわいい。
さっき、警官なのに髪が長いねー、と言ったら「明日切ろうと思っていたんです!」と返されたときから可愛いとおもっていた。
しかし、今、それは「可愛いと思う」から「確実に可愛い」となっていた。
このとき、大泉は知らなかった。妻帯者の菅原はともかく、大和田を始めとした彼女がいる隊員までもが「可愛い」「結婚して」と彼女と堀に思っていたことに。
「三宅二曹、本部から撤退命令です」
「よっしゃ」
三宅は73式小型トラックから降り立った。門を見ると、最初の頃はあんなに少なかった感染者がかなり増えていた。まぁ、これくらいで門は壊れないだろうが。
本来はもっと早くに脱出するはずであった。が、機密書類の処分に手間取った。そのため、一部の部隊を残して、主力部隊のコンボイは既に駐屯地を離れていた。残念ながら、その「一部」に俺達は含まれていた。正門警備は直接感染者を長時間見ることになるから嫌だった。
迎えのUH-1Jがプロペラを回しながらグラウンドで待機していた。
部下とは一言も交わさずにヘリに乗り込む。機密書類処分の担当自衛官もいたため、操縦者2名を除いた11人乗りのヘリは以外と一杯である。
ふわりと浮き上がると、仙台港方面に向かい始めた。
「おい、パイロット!逆じゃないの!?」と操縦席にしがみつきながら叫ぶと
「ひsa...をみtjmdm....mjだ」とうるさくて何言っているか聞こえなかった。
「は?!」とまた叫ぶと、パイロットはベッドセットを差しだしてきた。
「状況確認してこい、と言われたので、一度イオン辺りを飛んでから七ヶ浜に向かいます」
と操縦桿を握っているパイロットに言われれば、従うしかなかった。
正直、空を飛んでいることに慣れない。高所恐怖症というわけではないが、なんか苦手だ。
ふと、何気なく下を見る。いたるところで発生している交通事故により、火災が発生しているところもある。コンビナートは...無事みたいだ。
と、何かがいるのが見えた...。感染者かな?、と思う。畜生共、街をこんなにしやがって、何手を振っているんだ馬鹿野郎。
...手を降っている?
「おい、パイロット!下をみろ!!生存者だ!!!」
と手を降っている人がいる方に向かって指を指す。すると機内が少し騒ぎ始めた。やがて、パイロットも発見したのだろう。高度を落とし始めた。
よくみると、男が一人に...子供か?、人影が5人ほど見える。きっと小学校高学年か中学生くらいか。
しかし、高度を落としてみて驚愕した。いや、三宅だけでなく、搭乗する全員が。
「あ、あんなところに...」
そこは、民家らしき屋根の上であった。そして、その周りには数えきれないほどの感染者で埋め尽くされていた。