第2話 もののけ
どうやら俺は未来に来てしまったらしい!困ったもんだ!
「そんな訳ないでしょ!?」
時慶は立ち上がった。
囲炉裏の火が揺れ、影が壁に大きく映る。
「まあ、取り乱すのも無理はない」
住職は落ち着いた様子で湯呑みを置いた。
「明日、街へ行こう。嫌でも理解できるはずだ。それと……先ほどのもののけが残した言葉も気になる」
「……」
「今日はもう休め。考えても答えは出ん」
だが、眠れるはずもなかった。
(もののけ……向こう側……未来……)
頭の中で言葉だけが渦を巻く。
あの怪物は、本当に人だったのか。
なぜ自分だけ声が聞こえた。
どうして突然見えるようになった。
そして――なぜ、自分が未来に。
考え続けるうちに、いつの間にか意識は沈んでいった。
――翌朝
時慶たちは山を下り町におりることにした。やがて木々が開けると……
「さあ、街が見えてきた。見てみろ、ここが――」
時慶は息を呑み、目の前の光景の映りこんだ瞳を震わせた。
コンクリートの高い建物がいくつも密集してどこまでも立ち並ぶ。遠くから活気溢れる騒音が薄らと耳に囁きかけてきた。
別世界、その言葉がふさわしい。
「ここが――東京だ」
「す、すげえ。これが江戸だったのか、街がどこまでも広がってる……。本当に……俺、未来に来たのか……」
頬をつねってもそれは現実である証拠となるだけであった。
「時慶」
住職が振り返る。
「ここに来た目的を忘れるな」
「……ああ。もののけの家族を探すんですよね」
「そうだ、行くぞ」
頭上には長く続く屋根。
左右には隙間なく並ぶ店。
見知らぬ匂い。
がやがやと騒々しい声で溢れていた。
「あぶなっ!」
人とぶつかりそうになり、慌てて避ける。
「落ち着け。きょろきょろしていると田舎者丸出しだぞ」
「そ、そんなこと言ったって……」
すると近くの八百屋の老人が笑った。
「ははっ、兄ちゃん渋い格好してるねえ! 最近の若いもんは昔を軽んじるが、そういう格好を見ると安心するよ」
そう言って蜜柑をひとつ投げて寄越す。
「ほら、おまけだ」
「え、あ、ありがとうございます……」
「弟子か何かか? 頑張れよ」
老人は豪快に笑いながら店へ戻っていった。
(この時代でも人情は変わらないみたいで安心するな。それにしても最近の若いもんはって100年後にもあるんだな……)
少し肩の力が抜けた。
「時慶、次は例の家族だが、こっちで既に目星はついている。今日もいるといいが……」
そう言い駅に行くと大きな声を出して紙を配っている母子がいた。
「誰か、この人を見た方はいませんかー!私の夫なんです!」
「あ、住職さん……」
「奥さん、少し話があります。場所を変えましょう」
近くの喫茶店へと案内した。時慶は初めて飲む黒く苦い飲み物に思わず顔を歪ませた。住職はそれを見て笑ったあとシロップをいれてやり話を始める。
「まずはこちらを」
そういって差し出したのは1枚の写真だった。
「……!これは――」
その写真は家族3人が写った写真だった。子供は写真より成長していたが彼女らのようだ。
「これは貴方の探している夫の物ですよね。森で見つけました」
「よかった……。きっとどこかで生きてるのよ。あの人、方向音痴だから――」
住職は静かに言った。
「……奥さん。あなたの夫は、既に亡くなっています」
空気が凍った。
「山でもののけとなっているのが発見されました。軍からも聞かされていたはずです。戦争で――」
「ふざけないで!」
女が立ち上がる。
椅子が激しく音を立てた。
「まだ生きてる!あの人は帰ってくる!もののけなどいない!わかったような口を――!」
「最後に、伝言を預かっています」
住職が静かに時慶を見る。
「時慶君」
「……はい」
時慶はまっすぐ女を見た。
「あの人は言ってました。『俺は死んだと伝えてくれ』って」
女の肩が震える。
「そして――」
時慶は、最後の言葉を投げた。
「『愛している』って」
「ふざけるな!そもそももののけなど信じられるか!オカルト坊主め!」
次の瞬間、女は顔を覆って崩れ落ちた。
隣の息子が必死に頭を下げる。
「……ありがとうございました。本当は、母さんもわかってたんです。でも、信じたかっただけで……写真だけでもみつかってよかったです」
声は震えていた。
店を出るころには、空は赤く染まり始めていた。
烏の鳴き声が遠く響く。
「この街は、日々すさまじく変わっていく」
住職がぽつりと言った。
「だが、その速さについていけなくなる人間もいる。もののけとは、そういう想いの残骸でもあるんだ」
「……」
「私は祓える。だが、それだけだ。望みを果たしてやらなければ、奴らはまた戻ってくる」
時慶はゆっくり拳を握る。
「……だったら俺の役目は、もののけを救うことなのかもしれません」
住職が目を細めた。
「覚悟はあるか?」
「はい、あります」
紬の言葉が脳裏をよぎる。
(俺にしか……できないこと)
その瞬間、紅くなった空に悲鳴が響いた。
「きゃああああっ!!」
急いで声の方に駆けつけるとそこには一人の少女がいた。河川敷、片足を掴まれ川へと引きづりこまれている。
「そこのもののけ!俺はお前らの言葉がわかる!望みを言ってくれ!」
[……橋の下に、手紙がある]
「手紙?」
[届けてくれ……。宛名は、まだ残ってる……。中身は見るなよ。恥ずかしいからな……]
時慶は頷いた。
「破!!」
前と同じかけ声でもののけは砂のように散り、川を流れていった。
少女に怪我はないか、と話しかけるやいなや言葉を失う。
「……!――紬?」




