第1話 100年後の君
「もう、そんな悲しまないでよ。まだ泣き足りないの?」
「紬、なんで、なんでいつもお前なんだよ!俺が何かしてやれれば……すまない」
涙を流しながら掠れるような声で唸った。
「謝らないで私は自分が不幸せなんて思ったことはない。あなたがいたおかげよ」
「でも、俺は――」
「聞いて、時慶。私はあなたがどこにいても必ず会いに行く。たとえ時空を超えても。だから、前に進んで。あなたにしかできないことがあるんだから、やり切ったらこっちに来ること。わかった?」
朝、目が覚めた。いつも通り家は静かだった。変わったことといえば、もう訪ねてくる幼なじみがいないことくらいだろう。
疲れた。森へ行こう。
知らぬ道の方を目指すと、そこには祠が建っていた。
手を合わせ、叶うはずのない願いごとでもしてみた。
しかし、世界は応えた。
「な、なんだ!?」
突如として地面が崩れ始め、空間が歪み出す。その荒波に呑まれやがて意識を失った。
目を覚ますと、森の小道にいた。先程の祠はなく、周りの景色も違って見えた。状況も整理できぬまま道を進むと出会ってしまった。
木の間にいる「それ」はゆらゆらと近づいてくる。人の形になって影になって、不確定なその姿はいつのまにか無視できないほど間近に迫っていた。
「破!」
男の鋭いかけ声とともに、影の腕が弾け飛ぶ。
その怪物が悶えている間に法衣をまとった男が駆け寄る。
「少年、怪我は無いか?君も運悪く見える側のようだが、もののけに会ってしまうとはな。だが安心しろ、私がすぐに祓う」
再び男が謎の呪文を唱えようとしたその瞬間だった。
[助……けて……]
「待ってください!!」
男はいきなり声をだす時慶に驚く。
「な、なんだいきなり!」
「そいつ、今助けてって――」
「何を言っている、死にたいのか!」
(聞こえてないのか…!?)
[そうか、俺の言葉が聞こえるのか。いきなりですまないが今からひとつ頼み事をする。大事なことだお前にしかできない]
驚く時慶につづける。
[俺は坊主にここで祓われる。それでいい。下の街に俺の家族が居る。俺を探してるから伝えてくれ。俺は死んだと]
「破!!」
[そして、愛していると]
その怪物は粉微塵になり風にまって消えた。
時慶は唖然と立ち尽くした。
地面にはひとつの写真が落ちていた。
男は近くの寺の住職だった。
山を下りながら、時慶は矢継ぎ早に問いかけられる。
「そもそも、なぜこんなところに。道は封鎖されていたはずだぞ」
気づいたらいた、と言っても信じてもらえそうにない。
だが、住職はそれ以上に気になることがあるらしかった。
「……先ほど、本当に聞こえたのか」
頷くと、住職の顔色が変わった。
「そうか。今日は日も暮れてきた。危険だから、私の寺に泊まっていきなさい」
久しぶりのまともな食事だった。
質素ではあったが、時慶は何度もおかわりをした。
「はは、そんなに食ってもらえるとこっちも作りがいがあるな」
食事が落ち着いたころ、住職は小さく息を吐いた。
「それにしても、最近はもののけも増えたなあ」
「もののけ?」
「さっきの怪物のことだ。普通の人間には見えない。やり残したことがある人間が死んだときに変わってしまう成れの果ての姿で、それが果たされるか実現不可能になるまで意思なく暴れ続ける、と代々続く書物には記されている。祓うだけではその場しのぎにしかならず何度でも復活するから厄介なものだ」
住職はしばらくの沈黙あと口を開いた。
「……単刀直入に言おう。このままだと君は死ぬ。何があったかは知らんが生と死の境界が曖昧になっているのだ。いつ向こう側に引き込まれてもおかしくない」
「……え?」
囲炉裏の火が揺れる。
「奴らの姿は本来見えては行けない。向こう側に近づきすぎる。私も姿は薄らと影でしか見えないが君にははっきりと見えているのだろう。まあ私は意図的にコントロールしているんだがな」
「ちょ、ちょっと、訳がわからないですよ。いきなり何を――」
「君も災難だな。幼なじみを亡くして自らも悪運とは。これも先の戦争の影響だろうか。急激にもののけも凶悪性を増したそうだし……」
「だから、さっきから何を言ってるんですか!戦争とか、もののけとか!」
住職はその言葉を聞いて驚き湯呑みを落とした。そしてゆっくりと口を開く。
「お前、……あの戦争を知らないのか?」
「え?まあ、大昔にあったというのは」
「ど、どこからきた?まさか――」
「?江戸の外れから……」
「そうか、ついにか、ついに来たか!今思えば服装も……」
「な、なんですか……」
「―――時慶、ここは東京だ」
「君は100年後の世界に来たんだ」




