表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/52

14.ゴート村調査

 サルジアとプラリアの騒動についての噂は一気に広がった。

 サルジアは何も話していないので、プラリアが騒ぎ立てているのだろう。しかし噂話は膨らんでいくのが世の常で、悪魔に憑依されたサルジアがプラリアを食おうとした、というとんでもない話まで聞こえて来た。

 だが、プラリアもサルジアによほど恐怖を抱いたのか、以前のようにサルジアに話しかけに来ることははなくなった。ある意味絡まれなくなって、サルジアが動きやすくなったとも言える。

 サルジア、アマリア、ロメリアの三人は、前回の予定が狂ってしまったので、週末を利用して、ゴート村を訪れることにした。


「サルジア、良かったの?今週は大地の館に帰るって聞いていたけど」

「大丈夫。今日戻るから。カシモアにも連絡した」

「そう、なら良いのだけど」

「サルジア様、ゴート村付近まで行く方がいらっしゃって、馬車に乗せてくださるとのことです」


 定期便ではなく、近くまで行く荷馬車がないか探していたロメリアが二人の元に向かってくる。

 サルジアは転移魔法を使いたかったが、三人はだめだとアマリアに止められた。もし調査が長引いて遅くなった場合に、サルジア一人が大地の館に帰る分には問題ない(アマリアに止める権利はない)と言われている。


「荷馬車ではなく、馬車?」

「はい。どうやら中央で人を降ろして、そのまま南の方に向かう方がいらっしゃるらしく。荷馬車を探していたら、私の様子を見ていた方が親切に教えてくださいました」


 ロメリアに着いて行くと、乗り場からは少し離れた開けた場所に立派な馬車が停まっていた。


「ロメリアさん、私には見覚えのある紋章に見えるのですが、まさかこの馬車ではないですよね?」

「アマリア様、私もそうでないと思いたいのですが」


 二人に遅れてサルジアも気づく。


「杖の館の紋章だ」


 館にはそれぞれの紋章がある。馬車には杖と魔法陣の入った紋章が刻まれていた。


「こんにちは、お嬢様方。ゴート村に行きたいのは君たちだろうか?」


 馬車の後ろから一人の青年が現れる。金の髪はさらりとしていて、優し気に垂れた青い瞳が印象的だ。


「ああ、今日は僕は御者だから、ご挨拶は要らないよ」


 青年は挨拶をしようとしたアマリアを止めた。彼女の方から挨拶をしようとしたということは、青年は杖の館のただの関係者ではなく、主の息子なのだとサルジアは判断した。

 杖の館は預言の館と同じく、光の神によって与えられた館である。その中でも東にある賢者の館、杖の館、剣の館、光の館は聖なる館と呼ばれ、上級貴族の中でも特別な存在となっている。


「さ、早く中へどうぞ。ゴート村は遠いからね」


 青年は御者席へと向かう。本当に御者に徹するらしい。

 三人は驚きつつも、お言葉に甘えて馬車に乗り込んだ。

 いつかアマリアの言っていた、人の乗るところが立派なつくりをしている杖の館の馬車は、荷馬車とは違い、完全に外から遮蔽された作りになっていた。二人が座れる椅子が二つあり、四人が定員の狭い空間ではあるが、その椅子は座面が柔らかいクッションでできており、内装も華美で一つの部屋のようでもある。何よりサルジアが驚いたのは、揺れないということである。


「本当に動いているの?」

「私も体験するのは初めてですが、揺れを止めるような魔法がかかっているのだと思いますよ。窓の外をご覧いただければわかると思います」


 進行方向側の椅子に座ったロメリアに言われた通りにカーテンを開いて外を見ると、確かに景色は変わって行っている。


「あのお方がお一人で御者席に座られた時点でそうではないかと思っていましたが、従者を連れていないのですね」

「そうですね。かなり自由なお方ですから」


 アマリアは微笑ましそうにしているが、彼女も従者を連れていない。


「普通は従者がいるものなの?」

「館を賜った家なら普通はそうですね。私の家は西では大きな家ですが、国全体で見れば良くて中級貴族、悪くて下級貴族といったところですから、式典でもなければ従者はつけていません。お父様やお母様が外出されるなら行先に関わらず一人はつくと思いますけど」

「ウェルギーも、本来なら学院に侍従を連れていくのだけど、私は断ったから供がいないの。

 でも学院内では家によって違うわね。ある程度守られた場所だから、侍従は寮に留まる場合もあるし、学生として入学している場合でも常に一緒にいるわけではないと思うよ」

「そうなんだね。師匠もずっと一人でいたから、わからなかった」

「大地の館の主ともなれば、そうでしょうね。

 さて、せっかく三人だけの空間だから、今までの情報を整理しましょうか」


 アマリアの提案に二人も同意する。


「まず、西と中央と南の境の調査。西と南の方も確認したけれど、ゴート村のように異形の魔物が現れたという話はなかったわね」

「うん。魔物がどこから現れたのかは不明なことも多かったけど、同じ魔物で複数地点で確認された場合は、どれも中央の方向から現れていた。

 やっぱり中央、ゴート村付近にシンリー様の言う抜け道があるのかも」

「それでゴート村付近の調査をすることになったわけだけれど、今のところ異常のある場所は確認できていない。あの喋る魔物が通った後は地面が崩れていたけれど、そういった痕跡もない」

「西でもそういった場所はないから、普通の魔物じゃなくて喋る魔物に限定される。そういう意味では他で喋る魔物が出現しているわけではなさそうだけど……」

「手がかりとしてはまったくない形になるわね。

 ただ、退治した日には他に土地が荒れている場所はなかった。私が回復したのはあそこだけだから、あの付近にあるのだとは思うけれど」

「喋る魔物がその前に目撃された時は土地は荒れていなかった。ただ通っただけでは土地が荒れないとするなら、そうとも限らない」


 情報を集めていく中で、そこで一度調査は停滞した。そのため、三人は魔物の目撃情報ではなく、なぜ西ではなく中央で魔物が現れるかについて考えることにした。


「魔物は基本的には西から現れる。正確には防魔の壁のその向こうと言われている。壁から抜け出した魔物、あるいは防魔の壁付近から現れた魔物がいる。

 西で目撃される魔物は七十年くらい前から急激に減っていて、今ではそれほど多くない」

「サルジアは図書館でも調べてくれたのよね。

 それこそ百年ほど前は、防魔の壁のある森は死の森と呼ばれいてた。それが死を待つ場所と呼ばれるようになったのは、魔物が減って人が立ち入れるようになったから。居場所をなくした人たちが、誰も近寄りたがらない森に逃げることによってそう呼ばれるようになった。

 魔物の激減については、ルドン・ベキアのおかげね。彼が当時長く人々を脅かしていた魔物を打ち倒し、大地の館を賜った。それからも魔物を退治してくれたから、今の状態に落ち着いている」


 サルジアの知らなかった師匠の話が次々と明らかになる。これほどまでに名が知れている魔法使いなのだから、功績を知ることは簡単だ。そのことに気がついたサルジアは今回の件以外にも、こっそりと師匠について調べものをしていたが、ロメリアが話してくれたような師匠の人柄を知ることができるような情報はほとんどなかった。


「西の魔物が激減したのは、大地の館が設けられたからというのも大きいと思うわ。西には今まで館がなかった。この国はどの地も聖力を有してはいるけれど、西には導きの杯による聖力がなかった。それがルドン・ベキアによってもたらされたから、魔物の出現自体が少なくなった。

 今まで、魔物はただ西から来るものだと思っていたから考えが及ばなかったけれど、それなら防魔の壁の向こう側、つまり更に西から魔物がやってくるのも理解できる。あの場所にある聖力は極めて少ないんだわ」


 防魔の壁に関する情報は少なかった。遥か昔に建てられたあの壁は、西から来る魔物をせきとめるために建てられた。それ以外の情報は出てこなかった。壁のできた時期に、”魔王”が現れた、王族に”光の神のベール”が与えられたという文献はあったものの、詳細は不明だった。学校の図書館では限度があるのだろうとアマリアは言っていた。


「聖力の少ないところに、抜け道ができやすいというのなら、ゴート村付近で特に聖力の少ない場所を探せばいい、という話ね。

 ロメリアさん、ここまでは大丈夫かしら?」

「はい。申し訳ありません。自分から手伝いを志願しておきながら、中々調査に参加できず」

「いえ、気にしないでください。三年生のお兄様がいらっしゃるのですよね?今が大事な時期ですから、そちらを優先していただいた方がいいと思いますよ」

「三年生はこの月で将来が決まるんだっけ?」

「はい。今までここまで手こずった家族はおらず、みな心配していたのです。学院には関係者以外入れませんから、家族から兄を手伝うよう言われてしまいまして……。

 もう今月で終わりますので、これから挽回させてください。きっと役に立ってみせます!」


 馬車の中ということを忘れ、意気込んで立ち上がったロメリアは天上に頭をぶつけてしまい、サルジアは思わず笑ってしまった。


「よろしくね、ロメリア」


 しばらくして馬車が停まる。


「お嬢様方、到着したよ」


 杖の館の息子である御者がドアを開けて知らせてくれて、三人は馬車を降りた。


「遠い所までありがとうございました」

「とんでもない。ここではないが、付近の村に用があったんだ。ついでだから気にしないで。

 それでは、よい休日を」


 青年はまた御者席に戻ると、来た道を引き返していった。


「揺れがなかったから気づかなかったけど、かなりの速度で進んでたんだね」

「優秀な方だからね。二年生に上がったら、魔獣の騎乗について実技も含めた授業があるのよ」

「え!いったん、聞かなかったことにする……」


 サルジアは魔獣に乗ったことはない。一生懸命記憶を消そうとするサルジアを、ラナンは批難するだろうが、アマリアとロメリアは微笑んで見守ってくれた。

 調査は前に魔物が現れた場所から行うことにした。最初は貴族の登場に緊張していた村の住人も、今ではもうすっかりサルジア達に慣れてしまって、各々の仕事に集中している。


「ロメリアさん、お祈りの言葉はご存じですか?」

「はい、いくつかは」

「では、光の導のお祈りを唱えながら、調査をお願いします」

「光の導ですか」


 ロメリアが驚くのも無理はない。光の導とは、不安な時や、遠くにいる人、既にこの世にいない人を想って祈る、個人的なお祈りの言葉だからだ。


「はい。祈りに周囲の聖力が反応して光ります。その偏りを見て、聖力の少ない場所を探そうというお話です」


 聖力を調べるためのお祈りではないので、光の比較には人の力がいる。


「サルジアが探してくれますから、私達はできるだけ広い範囲が反応するように祈りましょう」


 その役はサルジアが担っていた。


「サルジア様が?それなら、私が代わります」

「ううん、ロメリア。私が代われないんだよ」

「どういうことでしょうか」


 サルジアはローブが汚れないように裾をまとめながら話す。


「私、お祈りができないの。どうやら、本当に聖力がなかったみたい」


 聖力の測定時、壺の色がまったく変わらず、水も一滴も現れなかった。その後の魔力測定でも不思議現象が起こったため、サルジア自身もそのことを忘れていた。


「そんな。この国のものなら、誰しも聖力魔力ともに少しは宿しているはずですが……」

「アマリアもそう言ってくれて、何度か試したんだけど、ダメだった」

「そうなのですね」


 ロメリアは自分ごとのように悲しんで言った。


「だから、私は探す方に回る。私の分まで、お祈りお願いするね」

「はい!サルジア様」


 そうこうして三人で調査を進めたが、大した成果は得られなかった。日もすっかり暮れてしまった今、調査を続けると、周囲の人びとに無用な光を届けてしまう。


「魔物が抜けられるほどであれば、かなりわかりやすく聖力が少ないと思ったのだけど……」

「どうやらそう簡単ではないみたいだね」

「見立てが間違っているのかしら?」

「シンリー様の推測からすれば、遠い所には行っていないと思うけど」

「私、もう一度だけ挑戦してみます!」


 サルジアが止める前に、ロメリアは胸の前で指を組む。


「天におわします光の神よ、進むべき道をお示しください」


 祈りの言葉に反応し、付近の地面がふわりと光を放つ。一面同じように光っていたが、急に、ある一部だけふっと光が消える。


「サルジア様!」


 サルジアもアマリアも気づいて場所に印をつけるが、その後すぐにまた光が広がっていく。祈りの効果が切れると、地面は元通りになる。


「見間違い、でしょうか?」

「そんなはずないよ。ね、アマリア?」

「ええ。流石に三人とも同じ見間違いはしないでしょう。しかし、これはどう理解すればいいのかしら」


 先程光が消えた場所は、それまでに何度も対象となっている場所だった。


「抜け道といっても、常にあるわけじゃないのかも」

「そうかもしれないわね。今日はもう遅いから、一度戻りましょう。安定していない抜け道なら、今すぐにどうこうなるわけでもないかもしれないし」

「そうですね。次のお休みに、シンリー様にご相談に行きましょう」

「うん、それがいいね」


 アマリアとロメリアは最終の定期便で中央に、サルジアは転移魔法で大地の館に戻ることになった。

 三人がいなくなったあと、まるで見計らったかのように。印をつけられた付近の地面がぐにゃりと歪んだ。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ