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13.昔話

 アマリアに自身について打ち明けようと考えていたサルジアだが、上手くいっていなかった。

 調査の際はそちらに集中する上に、学院では常に誰かが周りにいる。最近ではお茶をする時間もないので、二人きりになる時間もなかった。


(話すとしても、今じゃないかな?終わったら話そう)


 サルジアは諦めた。

 答えの出ないことで悩む時間は彼女にはない。貴族からすれば基礎の知識を頭に叩き込む必要がある。最近は二週に一度しか館に帰っていないが、カシモアからの今までの指導もあり、神殿関係以外の作法の勉強は一人でもできる。

 授業後に教師に呼ばれたアマリアを待つ間、教本の内容を繰り返し読むことにした。本当ならロメリアが話し相手になってくれるはずだったのだが、学院にいる兄に呼び出されてしまい、サルジアは暇になってしまっていた。

 しかし、それに邪魔が入る。


「あら、今日はアマリアさんにつき纏っていないのね?」


 声の主はプラリア。緑の髪に、薄緑の瞳。豊穣の館の子だ。サルジアが教本から顔を上げると、プラリアは満足そうに口角を上げる。ここ最近はアマリアもサルジアも忙しく、声をかけられそうな気がしていても無理やりその場を離れていた。


「そういば、アマリアさんと話題のゴート村に行ってるんですって?こそこそと動き回って、何を企んでいるのかしら?」


 そう言ったのは後ろに控えていた、金髪に黒い瞳のベイリーだ。


「プラリア様、ベイリー様、ごきげんよう」

「あら?何を見ているのかと思えば、基礎作法の教本じゃない」

「あっ」


 プラリアはサルジアの机から教本を取り上げる。


「季節のご挨拶、礼の種類……これってもう終わった範囲ですわよね?それに、日々を過ごしていれば季節のご挨拶も礼の仕方も、自然と覚えられますわ」


 それは貴族である、それも館を持つ高位の貴族であるプラリアだから言えることだ。


「返していただけますか」

「まあ仕方ありませんわよね、だってあなた庶民なんですもの」


 意地悪く笑ってサルジアの様子を伺うプラリアだが、サルジアは動じない。


「返して、いただけますか」


 強く繰り返され、プラリアは予想外の反応に戸惑いながら教本を戻す。


「聞こえておりますの?私は、あなたが庶民であると知っていると言っているのですよ」

「だから何でしょうか?事実は事実です。プラリア様がご存じなことに驚きはしません。一度ベイリー様が私に庶民と言ってらっしゃるのを聞かれてるじゃないですか」


 あの場にはプラリアもいたのだから、知っていてもおかしくはない。


「な、なにを」


 心当たりがあったのだろう、プラリアは口をぱくぱくさせたが、その次が出てこないようだった。

 ラナンが言っていたように、サルジアを庶民だとは思う人は少ないだろう。上等な服を着て、大地の魔法だって使える。下級貴族で、今まで存在が知られていなかったのだ、と思う人がほとんどだ。

 サルジアが庶民である、という言葉を流せるのは、庶民だとは思っていないからこその悪口だからだ。


「ふん、悪魔の言葉に耳を傾けた私が愚かでしたわ」

「先に声をかけられたのはどちらでしょうか?」

「まあ、口答えだなんて、生意気だわ!」


 プラリアは憤慨したが、サルジアは応戦せず、教本に向き直る。


「私、わかっているのですよ!あなた達が悪魔召喚を企んでいるのなんて!」


 今度はサルジアの注意がプラリアに移る。


「あなた達?

 私はともかく、アマリアがそんなことするわけないでしょう」


 アマリアの聖力が多いことは、周知の事実だ。


「そうかしら?悪魔に感化されたということもありますわよ。何せ、悪魔悪魔と騒いで、家の方に迷惑をかけていたそうですから。予言だなんだと言いますけれど、身近に悪魔を置くから変な夢を見るんですよ」

「適当なこと言わないでください。アマリアは予言に苦しんでた」


 サルジアの言葉に、プラリアの表情が変わる。

 剥がれかけていた余裕の笑みは消え去り、嫌悪と恨みのこもった瞳がサルジアを捉える。


「予言に苦しむ?それこそあり得ませんわ。光の神のご意思を拾って苦しいだなんて、神殿に仕える者の言うことでしょうか?」

「まったくその通りですわ」


 ベイリーもプラリアに同調する。


「ベイリーさんもそう思いますわよね?どこまでいってもウェルギーは変わりませんわ。簒奪者で軽薄。貴族の風上にも置けない。加えて今代は悪魔と悪だくみなんて」


 すっかり憎しみに染まった表情のプラリアは、サルジアの机に置かれていたアマリアのブレスレットを掴み上げる。


「神聖な光の神の恩寵を手放し、あまつさえ悪魔に引き渡すなんてとんでもない予言者ですわ」

「返して!」


 サルジアは思わず立ち上がる。


「それとも、あなたがアマリアさんから奪ったのかしら?」

「いいえ。それはアマリアが神殿の作法確認用に貸してくれただけです」

「自らの意志で手放したのね。穢れた悪魔に渡ったものなんて――」


 プラリアが手を上げる。ブレスレットを地面にたたきつけようとしているのだと理解して、サルジアは机を押しのけながらプラリアに飛びかかった。


「きゃあ!」

「プラリアさん!」


 プラリアは背中から地面に転がり、その上にサルジアが馬乗りになる。


「返せって言っただろ。言葉がわかんねえのか?貴族ってのは、人の物を奪って、壊すような奴らのことを言うのか?」


 張り上げた声ではないが、サルジアの声は低く、怒りが滲んでいる。

 プラリアを見る紫の目がぎらりと光ったような気がした。


「ひっ!あ、悪魔!」

「誰か!誰かいないの?!

 これだから!これだから庶民は!」

「どうかしましたか?」


 ひっくり返ったような声で騒ぐ二人の中に、穏やかな優しい声が混じる。


「アマリア……」


 サルジアは今の状況を思い出し、素早くプラリアの手からブレスレットを奪い返すと、立ち上がってローブを直す。


「サルジア、これはいったい……」

「何でもないよ、アマリア。行こう」


 サルジアは机と椅子をもとの位置に戻すと、未だ腰を抜かして立てないプラリアと言葉を失くしてしまったベイリーを置いて、アマリアの手を取って教室から出た。


「サルジア、あなたから話すのが難しいなら、私が訊いてもいい?」


 本当はまたゴート村への調査に行く予定だったが、アマリアが止めた。一度話が聞きたいからと。

 合流したロメリアも一緒にアマリアの部屋に入ることになった。


「うん」

「さっき聞こえたのだけれど、庶民というのは本当?」


 ロメリアが無言で驚く。

 アマリアはサルジアを庶民と蔑む者の声を聞いたこともあるが、冗談も陰口も言う余裕のないあの空間で、ベイリーが庶民と言っていたのを見て、それが事実ではないかと思った。


「うん」


 サルジアは素直に頷く。


「驚かせてしまったなら、ごめん。でもアマリアには言おうと思ってたんだ」

「私に?」

「そう。ラナンと話した時に、言われたんだ。ルドン・ベキアの弟子が特例入学なわけないってみんな思ってるって。

 私は貴族に生まれた記憶もないし、このローブが高いものだとも知らなかった。制服も着られない、姓もない学生なら、庶民だと思うのが普通だと思ってたの」

「そうなのね、ルドン・ベキアの弟子だからてっきり、彼と同じなのかと思ってたわ」

「師匠と同じ?ラナンも似たようなことを言ってた気がする」

「私も詳しくは知らないの。

 ねえ、サルジアが良ければ、どうしてルドン・ベキアの弟子になることになったのか、聞いてもいい?」


 潤んだ蜂蜜色の瞳に見つめられると、サルジアは断れなかった。



*



 サルジアは元々はただの庶民の子どもだった。しかし西の暮らしは厳しかったのか、両親はサルジアを魔の壁のある森に捨てた。行き場を失くした人が死を待つ場所だと噂されるその場所は、子どもを捨てるのに丁度良い。サルジア以外にも子どもはいて、先にいた彼らはサルジアを保護してくれた。

 魔物から逃げ、僅かな食物を確保、時には街に出て奪い、生活した。魔物は人にしか興味がないので、既に息絶えた人びとの装飾品を奪って、市に流してもらうこともあった。

 幼い者を守り、助け合って生きていく。サルジアはそんな日々を送っていた。

 しかし、ある時からサルジアは仲間に避けられるようになる。

 森にいる者は顔見知りが多いが、サルジアのように新しく捨てられて仲間になる者もいる。ある日、サルジアは顔を知らない同年代の男の子を助けた。その子の顔も、どうしてその状況になったかも、サルジアは詳しく覚えていない。その後熱を出したせいで記憶が曖昧になっているんじゃないかと言われた。

 その後すぐは何も起きなかった、しかし半月ほど経った頃、仲間に住処を追い出された。


「悪魔め!」

「紫は悪魔の象徴なんだって!出てってよ!」


 状況を理解できないまま、サルジアは逃げるようにして出て行くしかなかった。せめて水だけでもと、仲間があまり好まない川の水を飲もうとして気づく。サルジアの瞳は紫色をしていた。

 この時まで、サルジアは自分の顔を見たことがなかった。この瞳の色が追い出された理由なのかと、目玉を抉りだしたくなった。もしかしたら、両親が自分を捨てたのもこのせいだったのかもしれない。

 しかしサルジアにそんな勇気はなく、まだ重い体を引きずって、身を隠せる場所を探し、一人森の中を移動した。

 人のいない場所はつまり生活に向かない場所で、サルジアは一気に死に近づいていった。採集担当だったので、植物の見分けには困らなかったが、獣を捕まえる術も知らなければ、処理する道具もない。このまま死んでいくのだと思っていた。


「ああ、やっと見つけたよ。本当に紫の瞳をしているんだね」

「誰だ、あんた」


 森の住人に似つかわしくない服装の男に、サルジアは警戒を示した。


「紫は悪魔の色だって、言ってた。どうして寄ってくるんだ?」

「その話がこの森まで伝わっているのか。いや、誰かがそんな話を拾ってきてしまったのか。

 それで君は一人でいるんだね」


 柔らかい口調だが、表情は貼り付けたような笑みで、瞳は冷たい。


「あんた、何なんだ。私を殺そうってのか?」

「殺す?」


 男は驚いたように目を見開いて、元の作り笑顔に戻る。


「まさか。殺すならとっくにやってるよ。それとも君は悪魔なのかな?そうしたら、僕は君を倒さないといけないけどね」


 身構えるサルジアに、男は両手を上げて敵意のないことを示す。


「大丈夫、悪魔がこんなぼろぼろの子どもの格好しても意味ない。君が悪魔じゃないのはわかってる」

「本当?」

「本当だよ。

 君、両親はいるの?」

「知らない」

「まあ、そうなるよね。

 じゃあ僕の弟子にならないかい?」

「弟子?」

「魔法使いって、知ってる?」


 ここで初めて、サルジアは魔法使いという言葉を知った。


「君に素質があるかはわからないけれど、弟子になるなら僕は君の面倒を見てあげられるよ」

「何が目的だ?」

「目的?そうだな、紫の色を持つ人間の観察とか?

 僕も準備が必要だから、しばらくはここに食料を運んでくるよ。その間に考えておいてくれ」


 サルジアは信じていなかった。興味本位で覗いて、同情して、立ち去る。街に出ていた仲間はそう言っていたから。

 しかし男は翌日も、その翌日も、そのまた翌日もサルジアを訪ねて来た。カゴ一杯の食料を持って。


「ねえ君、僕の弟子になったらもっと美味しいものを食べられるよ」

「なる」


 サルジアは見事に餌付けされ、男――ルドン・ベキアの弟子となった。



*



「サルジア、元は孤児だったのね」

「嫌になった?」

「いいえ、まさか。サルジアは大変な思いをしてきたのね」

「どうだろう?師匠に拾われたから、それほど大変じゃなかったかも」


 染みついた言葉遣いを正すのには苦労したが、慣れてしまえば食事も寝床もある、明日を心配しなくてもいい暮らしだった。


「サルジア様、私も聞いてしまって良かったのですか?」

「うん、ロメリアには聞いてもらった方が良かっただろうし」


 仕える館の主については知っておいてもらった方がいい。


「サルジアが話してくれたから、私も、少しだけ話そうかしら」


 アマリアは遠くを見るような瞳でぽつりぽつりと語りだした。


「ラナンは、昔、私の侍従だったの」


 サルジアは本人から聞いていたので驚かなかったが、ロメリアにも動揺は見られなかった。


「昔から家同士の繋がりがあって、ラナンの家は私の家の者に仕える人が多かったの。でも厳格に主従があったわけじゃなくて、子どもの頃はよく一緒に遊んだのよ。

 侍女はその内つけられるから、そうしたらラナンと接する時間も少なくなるだろうけれど、その後もきっとラナンは私の侍従でいてくれると思っていたわ。きっと、ラナンもね」


 黄金の瞳は金のまつ毛に隠れては現れる。


「でもね、そうはいかなくなったの。

 私は、養子に出されることになったから」

「養子?」


 サルジアにとって、アマリアはずっとウェルギーの家の娘だが、ほとんどの貴族はアマリアが預言の館の主となるまで、ウェルギーとなっていることを知らなかった。


「ウェルギーとリギウスは血筋の近い家だったの。聖力が多いということで、預言の館のウェルギーに入ることになったのよ」

「そうなんだね」


 これで、カシモアがアマリアの名を聞いて驚いていた理由が判明した。


(カシモアはアマリア・ウェルギーじゃなくて、アマリア・リギウスだと思っていたんだ)


「お二人がお話しされたので、私からも少し昔話を」


 ロメリアは「大した話ではないのですが」と恥ずかし気に微笑む。


「ルドン・ベキアのお話を。

 滅多に人前に顔を出さないで有名なルドン・ベキアですが、私が十歳くらいのころ、あの防魔の壁付近の森でお会いしたことがあるのですよ。肖像画は見たことがありますから、すぐにわかりました。

 勇気を出して、何をしているのか訊ねると、彼はこう言ったのです。思うところがあって、孤児を解消しようとしてるんだ、と。

 私には孤児の友達がいました。時々、食糧をあげては家族に怒られていました。貴族は孤児を嫌います。私の家族はそれほど毛嫌いしているわけではないですが、あまり私と友人の仲を良くは思っていませんでした。

 ですから、あの高名なルドン・ベキアが孤児を助けようと動いてくださっている事実に感動したのです。それに、彼は私と友達の話を楽しそうに聞いてくれました。

 彼のおかげで、私は今、その友人を屋敷に招けるのです。孤児ではなく、職人見習いとなった友人なら家族は受け入れてくれたからです」


 サルジアはルドンのその行いを知らなかった。

 かつて死を待つ場所だと噂された森に、もう死を待つ人間はいない。ただ実態に追いついていない噂だけが取り残されている。


「サルジア様のお話をきいて思いました。ルドン・ベキアはきっと、サルジア様の存在があったから、動いてくれたのだと」


 ロメリアの言葉にアマリアも頷く。その蜂蜜色の瞳は、とても嬉しそうに見えた。


(師匠が、孤児の私を拾ったから、動いてくれた?)


 知らなかった師匠の功績に、サルジアは胸が温かくなる。そして、もっと師匠のことを知りたいと思った。

続きます。

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