レッスン(二十五)
友香里は黒い鉛筆を早苗に手渡した。
手渡す前に、もう一度鉛筆削りに突っ込んだ。それを見た早苗が、自分でやりたそうにしていたのに、それには気が付かない。
赤鉛筆のことが、まだ気になっていたのだ。頭の中は恥ずかしさと悲しみが、コーヒーに溶けて行くミルクの如く渦巻いている。
そんなこととは露とも知らず、早苗は早くもページを捲る。
新しく手渡された鉛筆で、楽しそうに詩を書き始めた。何だろう。詩と合っているのか、いないのか。メロディーを口ずさみながら。
そんな様子を友香里は、『妹』を見守るように眺めていた。
あぁ、正直に言おう。こんなに出来の良い妹だったなら、姉になるのも悪くはない。見ていて、どんなに楽しいことだろう。
可愛らしく頭を横に振りながら。傍から見れば、まるで『お絵描き』でもしているように見えるだろうが、その実は作詞である。
顧みて『自分はダメな妹だったなぁ』と、思わざるを得ない。
今と同じように、机の向こうとこちらに対峙して姉と座る。
そこで何をやっていたかは全然思い出せないが、思い出す姉の顔は、決まって『困った顔』である。それにしても、優しい姉だった。
「ねえ、早苗ちゃん」「なーにっ?」
作詞に夢中で下を向いているが、余程機嫌が良いのか、声が高い。
「早苗ちゃんの『お姉ちゃん』に、なってあげるよ」
友香里は頬杖を突きながら、笑顔で早苗に声を掛けた。
すると早苗の鉛筆が止まる。ハミングも止まった。そのまま『ピコン』と前を見た顔は、目を丸くして『お人形』のようだ。
それが途端に、口を大きく開けた『とびきりの笑顔』に変わった。
「やったー」
鉛筆が転がって行く。気が付けば、早苗は両手で万歳しながら立ち上がっていた。それを、口角を上げ、一層目を細めて笑いながら、友香里は見守っている。
すると『気が変わらない内に』と心配するのか、直ぐに確認が。
「『友香里お姉ちゃん』って、呼んで良いの?」
手を挙げたままの早苗が、嬉しそうに早口で聞いて来る。
その瞬間、友香里は背中が『ゾクゾクッ』としていた。
早苗に『お姉ちゃん』と言って貰えるなんて、思ってもいなかったのだ。凄く嬉しいではないか。もう一度呼んでくれ。
「んー。良いけど、それは『長い』ねぇ」「じゃぁ『友香ねぇ』」
流石、頭の回転が速い。一文字削った案を早苗が直ぐに提案したではないか。友香里はポンと手を打って、それを快諾する。
「それでいいや。良し『友香ねーちゃん』ね!」「わかったぁ!」
安心した早苗は、思い出したかのように両手を降ろす。
早苗の案は、最後の『ちゃん』も省略したつもりだったのだが、友香里が言う『友香ねーちゃん』で決まってしまった。まぁ、そんなことはどうでも良い。嬉しいではないか。
姉が出来るなんて! もう一度万歳! すると、その時だ。
「ねぇ。『本当のお姉ちゃん』に、なってあげてもいいよ?」
提案した友香里は頬杖を止めて、真っ直ぐに早苗を見つめている。
すると早苗は、笑顔から一転。上げた両手も勢い良く振り降ろす。
「それはダメッ!」




