動物園にて(十一)
夢中になると周りが見えなくなるのは、母譲りなのかもしれない。
実際母とスケッチブックを持って出掛けると、最後はいっつもこんな感じになってしまっていた。
親子で並び、スケッチを始めた時点では凄く優しい。早苗の絵を見ては、褒めてくれるばかりだったのに。
鉛筆なんかも『これが良い』とか、『こっちで描いてごらん』とか。でもそれが始まると、段々と押し付けがましくなる。
それが急に『自分のスケッチ』のことになると、話が変わる。
勝手に押し付けた鉛筆を『寄越せ』だの『何で使ってるの』とか。意味が判らない。
正に『釣り人と絵描きは気が短い』を、地で行く人だった。
「はい。HBですよぉ」「ありがとう」
HBの鉛筆と共に、何だか懐かしい手の温もりを感じる。
見えていないからだろう。ちゃんと『尖っていない方』を向けて渡してくれていた。持ち替えたときに自分の手を眺むる。
手の甲には、母から突っつかれた鉛筆の跡が小さく。それも今となっては、母との数少ない絆になってしまった。
「はっやっ! もう描いたのっ?」
気が付けば友香里が、肩越しに覗き込んでいた。今鉛筆を握り締めたばかりなのに、そんな訳が無いじゃないか。
「いやそれ、昨日、家で描いた奴だよ」「一日で?」「うん」
後ろから雄大の声が聞こえて振り返る。更問すると、今度も後ろから返事が。早苗の小さな声だ。振り向けばもう筆を走らせていた。
早苗のスケッチブックを再び覗き込む友香里に、気を配る様子はない。きっと返事をするつもりは無いのだろう。
「大体、一時間位かなぁ。夕飯の後に。なぁっ」「……」
そんな勘がしたのか、それとも暇だからか。答えたのは雄大だ。
発言の裏と確証を得るため、早苗に同意を求めている。が、しかし、無情にも早苗からの返事はない。友香里は口をへの字にして、早苗が象の『脚の太さ』を修正しているのを眺めていた。
「へぇ。何も見ないで、想像で描いたの?」
正直、友香里よりも上手だ。ちゃんと脚が四本あるように見えるし、鼻と耳のバランスも整っている。
「ううん。図鑑観て描いた」「なるほど」
だとしたら、透かして写し取ったようにしか見えない。ゴツゴツした肌の質感といい、どっしりとした脚といい、良く描けている。
あぁ。足は今直したか。友香里は腕組みをすると、象と絵を見比べる。判ったのは、そもそも分厚いスケッチブックでは、透かして描き写すのは『不可能である』ことだけだ。
「友香里は飽きないの?」「んん?」
感心して褒める前に雄大の声がした。早苗の耳に届くか届かないか、ギリギリセーフと感じる音量に、友香里は笑いながら振り返る。
案の定、凄くつまらなそうにしているではないか。友香里にだって思う所はあるのだが、それは今日抜きにして。
「別に。今日は動物園に来てるんだし、好きにすれば良いと思うよ」
一歩歩み寄って笑顔で答えた。雄大は顎を引いて黙っている。
「じゃあ、ソフトクリームでも買っておいでよ」