動物園にて(七)
二人は雄大の答えなど、既に聞いちゃいない。
関心が無いのかと言えばそれは嘘になるが、今は楽しみしていた動物園にやっと入場した所だ。
いつまでも半券に描かれた『絵』なんて見ていなくても、直ぐそこにいる『実物』を、観に行った方が良いに決まっている。
「行こうっ!」「うん」「あっちに並ぶの?」「ううん」
入り口を入って直ぐ右側には、『動物園の顔』が居る。
既に大行列なのを見て、早苗は首を横に振っていた。さっき早苗自身が『滞在は一時間』と制限したのは記憶に新しい。
あの様子だと、行列に並んでいるだけで一時間経過してしまう。
「ぞうさん観にいくぅ!」「じゃぁ、あっちだ」「うん!」
早苗と友香里は手を繋いで、小走りになっていた。
さっきから園内放送で『走らないで』と言っている。多分、目の前の案内所からの案内に違いない。
だから本人達は『早歩き』のつもりだろう。
しかし友香里の早歩きに、小さな早苗の歩幅が合うはずも無く。
走るべきか歩くべきか、迷う速度でしっかりと後を追う。固く握られた手を頼りに、目指すは象の住処だ。
「スキップなら良いんじゃない?」「そう?」
案内は確かに『走るな』である。しかし早苗は苦笑いだ。
「ほら、こんな感じにさぁ」「えぇっ!」
見本とばかりに、友香里がスキップを始めたではないか。しかも小走りとなっている早苗よりも速い。早苗は『どうなってんの?』と、上下を交互に見ながら戸惑うばかりだ。
「ほれほれ。足を合わせて、イチ、ニッ、サァン!」
「恥ずかしいよぉ」「おぉ、上手ジャーン」
何だかんだ言いながらも、友香里がコールしたタイミングでスキップを始める早苗。気になるのは周りの視線らしい。しかし若干速度を落とした友香里にしてみれば、『視線が集まったから何だ』である。そもそも、見られて恥ずかしいことを、しているつもりもない。
「大丈夫だよぉ。誰も見ちゃいないよっ!」「見てるよぉ」
友香里の『大丈夫』は、この世で一番信用できない。
心配になった早苗は、自分の目で確認しようと周りを気にし始める。しかしそこへ、友香里からの厳しい指導が届く。
「足元見てっ! 前見てっ! ハイィ。ハイィ。ハァァイィ」
スキップをしていると、何となく道行く人達が笑顔で行先を譲ってくれている気がする。何だかんだで、これで三組目だ。
子連れの親子も立ち止まって、二人が通り過ぎるのを眺めていた。
二人を指さした小さな子供が、何か言いながらお母さんの顔を見上げている。お母さんはベビーカーを手にしたまま首を横に振った。
駄目らしい。それを見たお父さんが、『じゃぁ』と手を伸ばしたのだが、今度は子供が首を横に振ってしまった。泣くなお父さん。
そんな親子の横を、雄大が苦笑いで通り過ぎる。
結果として、二人に放置されてしまった雄大が、早苗を見失わないように後を追う形だ。それでも、あまり心配はしていなかった。
行先は『象』と判っている。昨日の夕食時に、早苗が真っ先に挙げた動物の名前だ。問題は『檻』が、何処にあるのか判らないだけ。