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覗く片鱗(五十四)

「変な音ぉ」「あんた耳いいんだねぇ」

 感じの悪い返事を繰り返す早苗に、友香里は思わず苦笑いだ。

 嫌味を『誉め言葉』に変換して言っては見たものの、既に友香里が説明できる楽器は尽きた。ネタ切れである。だから今度は『リズムボタン』を押す。すると軽快なリズムが鳴り出した。


「これはサンバ」「おぉっ」

 何と言う楽器かはサッパリ判らないが、俄然楽し気である。

 それに、やっと子供らしい反応も。ピコピコ光るランプを見て喜んでいる様を見ると、目的外のランプ点滅も無駄ではないと思う。

 早苗のツボに嵌ったと理解した友香里は、ならばとコーラをグイッと飲み干した。これで気合も十分だ。


 しかし早苗は、そんな友香里をグイッと押し退けたではないか。

 突然のことに友香里は笑う。さっきまでつまらなさそうにしていた早苗が、ここまで豹変するとは如何に。

 良い。それが良い。これだから子供は面白い。興味が沸いて、自ら押したくなったであろう気持ちだって、手に取るように判る。

 一瞥して、居並ぶ『リズムボタン』を片っ端から押し始めた。


 どれも『知らないリズム』のようだが、体を揺らして楽しんではいる。しかし黙って聴いているばかりで、肝心の『鍵盤』の方には全く興味を示さない。結局手が止まったのは『ワルツ』の所だ。


 そこで友香里は、踊ったこともないワルツを一人で踊って見せる。

 すると早苗は笑いながら、踊りに合わせてワルツを弾き始めた。

 調子に乗ってくるくる回って魅せたのだが、何だか調子が違う。

 そりゃそうだ。友香里が普段踊っている曲とは調子が違う。早苗が弾くワルツと合っていないのも当然だ。

 そんな友香里が床をツツーっと滑って、早苗の前に戻って来た。


「リズムと合ってないから、別のでよろしくぅ」

 光るランプを指さして、早苗に別の曲をリクエスト。

 すると機械が鳴らすリズムに合わせて、今度は『スケーターズワルツ』を弾き始めた。これなら知っている曲。盤面に帰る。


 所が突然の曲替わり。同じ『ワルツ』だが、跳ねるようなリズムに変わっていた。友香里が調子に乗ってピョンと飛んでからだ。

 友香里にしてみれば『スケートで滑走している』つもりだったが、所詮はタイルの床である。ワックスは既に切れていて、ジャンプして着地したとてツツーっと華麗に滑ったりはしない。

 そのまま何度もジャンプして、クルクル回り始めたのが早苗の気分を変えたのだろう。


 友香里にも聞き覚えがある『曲』だった。

 音付きの曲としては一度切りだが、それでも鍵盤を叩くリズムだけは覚えているものだ。一時期毎日のように聞いていたのだから。

 ちらっと横目に見て楽しそうに弾いている早苗は、想い出の中の姉とは異なり過ぎる。それに年代だけ見れば、見上げていた『あのころの自分』に近いのではないだろうか。

 オルガンの前で『一人二役』を演じているような錯覚まで覚える。


 安田も驚いて目を見開いていた。誰が弾いているのか想像すら出来ず、ちらっと薄目を開けたのだが、それっきり固まっている。

 背がやっと届くキーボードで、早苗が『華麗なる大円舞曲』を弾いていたからだ。確かそんな名前の曲。帰ったら確認するとして。

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