覗く片鱗(五十三)
事務所の二階では友香里と早苗が遊んでいる。
と言っても、まだ『見学』の域を脱してはいないだろう。
それでもお目付け役の社長と、雄大がいないのを良いことに好き放題だ。コーラ片手に歩き回るなんて、保護者には見せられない。
「お行儀が悪い」
早速怒られたが、安田の言うことなんて聞かない二人だ。
確かに安田だけがソファーに座り、お行儀良くコーラを嗜んでおられる。しかし、一番大きなゲップをしたではないか。
『ゲフゥゥ。ア゛ァァッ。オォォッ』
まただ。顔もだらしなく大あくび。すっかりリラックスしている。
友香里と早苗は顔を見合わせて笑う。そして肩を竦める。
「お下品」「ダメねぇ」「煩いなぁ」
安田は飲み掛けの缶をテーブルに置いて、再びあくびだ。
友香里も早苗も『女の子』には違いないが、妹みたいなもの。
家でも似たようなのが『ピーチク』『パーチク』騒いでいる。怒ったって聞いちゃいないし、子供なんてそんなもんだ。
標的にさえならなければ、『好きにしておれ』な心境である。
「これがね、キーボードって言うんだよ」「へー」
置きっぱなしになっていた楽器の前に、二人は移動していた。
安田はちらっと見て『壊すなよ』と思うだけ。まぁ、友香里が面倒を見ているのだから平気だろう。
友香里が電気を入れると、上のほうにあるランプがチカチカと光り、直ぐに消えた。特に意味はなく、楽器の『演出』だろう。
それでも『早苗の興味を引く』には十分効果的だったようで、不思議そうに眺めている。その後は再び友香里の方を見た。
「色んな音が出るんだよ。これトランペット」「へー」
安田は眠くなっていた。片目でチラっと友香里を見る。
キーボードについて『良く知っている風』であるが、持ち主である先輩から、先日同じように教わっていたのを思い出す。
安田は再びあくびをして両目を閉じた。
「トランペットって知ってる?」「知ってる」
低い声。余り興味は無さそう。いや『疑っている』だろうか。
友香里はドレミファソと弾いて見せる。すると一音づつ『ファン』と、見た目とは明らかに異なる音が響く。
見本として『トランペット吹きの休日』でも、さっくりと弾ければ良かったのだろうか。
残念。友香里が弾けるのは『猫踏んじゃった』だけである。
「変な音ぉ」「そう?」
早苗の『素直な感想』によると、一曲弾く必要性は感じられない。
友香里も笑った。そこに『トランペット』と書いてあるから説明したに過ぎない。オルガンの見た目から『違う音』が出るから楽しいだけである。とりあえず別のスイッチを押す。
「これバイオリン」「知ってるぅ」「お、詳しいねぇ」
何を弾こうか迷ったが、やっぱり弾いたのはドレミファソだ。
今度も早苗は冷めた目。あぁもしかして『G線上のアリア』なら、人差し指一本でも弾けたのかもしれない。友香里は負けを悟った。
やはり見た目がオルガンなので『指を五本使った』のが敗因か。




