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決壊前夜

封じられた扉の向こう側で、物理的な質量を伴った結界が大きく揺れた。

空気が震え、古びた時計塔の石造りの壁が外側からの凄まじい圧力に悲鳴を上げている。


次の瞬間。


───ドン!!


腹の底まで突き抜けるような激しい衝撃音が、最上階の円室に響き渡った。

「レティ!!」


張り詰めた沈黙を切り裂いたのは、フレデリックのなりふり構わぬ切実な叫びだった。

私は反射的に肩を震わせ、浅い呼吸を止める。

術式が刻まれた窓硝子が、外から押し寄せる強大な魔力に耐えかねて不気味な軋みを立てた。


「ここにいるんだろう!? 返事をしてくれ! 開けてくれ、レティ!!」

扉が、彼の叩く拳と溢れ出す奔流のような魔力で激しく震える。

王族としての誇り高い、そして一点の曇りもない強大な光の魔力が。

私を隔離し、守るための結界を内側へと強引に軋ませていた。

扉の隙間から、彼の魔力の余波が眩い光の筋となって暗い室内へ差し込む。


「私は君を助けたいだけなんだ! どんな対価を払ってでも、たとえ禁忌を侵してでも、必ず君を救う術を見つけ出す! だから、僕を信じて扉を開けてくれ!」


その声を聞いた瞬間。

私の胸の奥に澱んでいた魔力回路がかつてないほどに激しく疼き、暴れ出した。


痛い。

熱い。

あまりにも苦しい。





───ああ、好きだ。


誰よりも尊いと思っている。

だからこそ。

これ以上その真っ直ぐな光を当てられたら、私は私という形を保てずに粉々に砕け散ってしまう。

彼の愛という名の猛熱が、私の保っている危うい冬の均衡を慈悲のない暴力で焼き尽くしていく。

愛されれば愛されるほど、私の内側の怪物は彼を拒むために牙を剥くのだ。


「……っ」

一気に、室内の空気が絶対零度へと転じた。

床へ奔る霜はもはや繊細な華などではなく鋭い槍となって全方位へと広がり、窓硝子が圧力の限界に達してミシミシと粉砕寸前の音を立てる。

私の吐息は真っ白に凍り、思考さえも冷気に塗り潰されていく。


そばで泰然と佇んでいたルーカス先生が冷静に、けれどどこか憐れむような瞳を私に向けた。

「……限界ですね。器が溢れ、決壊を求めています」


私は震える手で、溢れ出しそうな悲鳴を塞ぐように口元を強く押さえた。

けれど扉の向こう側からは、なおも私を光の射す世界へ引き戻そうとする、必死な声が響き続ける。


「レティ、お願いだ! 一人で、そんな暗い場所に閉じ籠もって抱え込まないでくれ! 僕を見てくれ、僕に触れさせてくれ! 君の苦しみを、半分でもいいから僕に預けてくれないか!」


やめて。

もう、それ以上は優しくしないで。

すべてを赦し、包み込むような声で私の名を呼ばないで。

あなたのその献身が、今の私には何よりも鋭い刃となってこの魂を切り刻んでいるのだから。


「……どうして」

視界が歪み、大粒の涙が凍りついた床へと零れ落ちた。

その雫さえも、床に触れた瞬間に冷たい結晶へと変わる。


「どうして……どうして、そんなふうに、私を愛するのです……。そんなに正しく、真っ直ぐに、歪みなく……」


その、魂を削り出すような私の呟きに、扉の向こう側が不自然なほど唐突に静まり返った。

石壁一枚を隔てて、彼の絶望的なまでの静寂と荒い吐息が伝わってくる。


私は崩れそうになる呼吸を必死に押し殺しながら、喉の奥から絞り出すように、掠れた声を落とした。

「……殿下」

「レティ……! 聞こえているのか、レティ!」


「お願いですから……。これ以上、私を……私の心を、壊さないでください……」


その言葉は彼に対する最後で最大の拒絶であり、同時にこの世界で最も残酷な愛の告白でもあった。

光を遮るように両腕で自分を抱きしめ、私はただ扉の向こう側にいる愛しい人の気配が、絶望に染まって遠ざかるのを待つことしかできなかった。

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