想い
「お嬢様の具合はどう?」
「それがね、やっと食事を摂るようになって下さって笑顔も見られるようになったの」
「良かった!愛らしいレティシア様が戻ってきて下さって安心したわ」
「何せ、来月には王家主催のお茶会があるんですもの!」
虚しく歪んだ希望が見えてから数日。
侍女達がそんな会話をしいるとは露知らず、私は情報を整理していた。
前世でしていたゲームの情報整理だ。
ひと通りプレイしただけのゲーム。
裏ルートに至ってはプレイすらしていない。
ぼんやりとしか思い出せない。
ゲームのタイトルすら思い出せない。
故に、ゲームの記憶を掘り起こしていた。
正しく死ぬために。
RPG要素のある乙女ゲーム。
そこそこ面白いけど、RPGでも乙女ゲームでもない。
どっちつかず。
それが当時、私がゲームをした感想だった。
───.....
魔法のある世界。
誰しも火、風、水、土、光、闇のいずれかの属性を1つ持って産まれてくる世界。
ポピュラーなのは火、風、水、土の属性。
光もしくは闇の属性を持つ者は極めて稀。
にも関わらず光と闇どちらもの属性を持ち、しかもその魔力は強大、そんな少女が現れる。
しかも平民という身分で。
更に、彼女は外見すらも珍しかった。
稀有な存在。
それこそが、もちろんヒロインだ。
そんなヒロインが王立魔法アカデミーに入学し、身分や外見により虐げられながらも成長し、周りに認められていく中で恋愛をし、恋愛面でも魔法の面でも紆余曲折しながら最強の敵を倒してハッピーエンドを迎える。
...という、ありがちなゲームだった。
そして私、レティシアは...
恋愛面では悪役令嬢であり、最後にヒロインが倒す"最強の敵”という役どころだった。
攻略対象のうちいくつかのルートで恋愛面でヒロインと敵対し、断罪される悪役令嬢。
これは乙女ゲームによくあることだ。
だがこのゲームはRPG要素も備えているため、レティシアは断罪されて"はいサヨナラ”となる役ではなかった。
この世界に於いてヒロインに次いで珍しい存在、それがレティシア。
光の属性を持つわけではなく、闇の属性を持つわけでもない。
では何が珍しいのかと言うと。
彼女が"4属性持ちであること”だった。
通常1つの属性しか生涯持つことはないし、多くともそれは2つだ。
珍しい属性持ちであるとは言え、ヒロインでさえも持っている属性は2つ。
それと比較して、レティシアは4つ。
しかもその魔力はヒロインに引けを取らない。
レティシア・トムソン・イーデン、彼女もまたヒロイン同様、稀有な存在だったのだ。
だからこそ、彼女は蝶よ花よと育てられたし、王族も彼女の力を取り込むことを求めて王子の婚約者とした。
しかし彼女はそんなぬるま湯のような環境を当たり前のものとし我儘に傲慢に育ち、大抵のルートで断罪されることとなる。
そして最終的にはどのルートでも逆恨みして嫉妬に狂い"最強の敵”と化し、殺されるのだ。
そんなレティシアに、私がなったのだ。
「レティシアか...」
呟き、ふと鏡を見た。
10歳であるが故まだまだ幼くはあるが、見目麗しく愛らしい顔がそこにはあった。
艶やかな白肌にほんのりと蒸気した肌。
バターブロンドで少しウェーブがかかったふわりと美しい髪。
悪役らしく少しつり目ではあるけれど、ペリドットのような、そして角度によってはシトリンが混じっているような、輝きのある瞳。
花びらを重ねたみたいに愛らしい唇。
ゲームをしていた当時から思ってはいたけれど、レティシアは美しい。
ヒロインを虐げさえしなければ、酷い末路を迎えることなく幸せになれただろうに。
そう思わずにはいられない。
けれど、そんなことはもう今の私には関係のないことだ。
シナリオを変えようとは思わない。
殺される未来が、私には相応しい。
けれど私にきちんと"悪役令嬢”が出来るのか。
役割を全うすることができるのだろうか。
それが少し不安だった。
レティシアは政略結婚ではあるけれど、婚約者である王子に一目惚れをし、恋をしていた。
それ故に嫉妬に狂い最強の敵へと変貌したのだろう。
けれど私は。
前世の記憶のあるこの私は。
夫であったあの人以上に誰かを想える日が来るなんてことは、ありえないだろう。
私の愛する人は、彼だけだ。
そんな私が嫉妬に狂える筈がない。
私はきちんと"ラスボス”になれるのだろうか。
役を全うしないと死の後に主人と娘の元へ辿り着けないのではないだろうか。
それが、不安だった。
けれど、やるしかない。
私はグッと拳を握り締めた。
私はレティシアとして生きて、そして死ぬんだ。