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残酷な記憶との融合

「レティシア様、もう三日もろくに食べておりません。何か少しでも口にしませんと……」


震える侍女の声が重苦しく沈滞した空気の中に響く。

その切実な懇願を、私は一瞥もくれずに冷たく切り捨てた。

「いらないわ」


前世の記憶が甦ってから、三日。

私はただ死人のようにベッドに横たわり、内側から溢れ出す絶望に呑み込まれていた。


……早く、死にたい。

早く、彼らの元へ逝きたい。


現世の“レティシア”という少女の意識は、既に脆くも崩れ去っていた。

今のこの器を満たしているのは、かつて幸せの絶頂から奈落へと突き落とされた名もなき一人の女の残滓だ。




前世の私は慎ましい幸せの中にいた。

安アパートで最愛の夫と宝物のような娘と暮らしていた日々。

娘の右手の甲にあった小さなハート形の痣、首筋にある二つの黒子。

そんな他愛のない些細な欠片たちが私の世界のすべてだった。

それなのに。




───どうして、あの日。

私は「いいよ」なんて、言ってしまったの?




慣れない育児に疲弊していた私を気遣って、主人が提案してくれた初めての家族旅行。

もし、あの優しさを断ってさえいれば。

もし、家でいつも通りに過ごしてさえいれば。


帰りの車内。

突然の大雨が視界を遮り、激しい雷鳴が鼓膜を打った。

次の瞬間、制御を失った対向車が銀色の凶器となって私たちの日常を粉砕した。


鉄の焼ける臭い。

充満するガソリン。

血に濡れぴくりとも動かなくなった二人。

それなのに、私だけが生き残ってしまった。




その後の記憶は霧の向こうにある。

ただ、彼らのいない世界に価値なんてなかった。

自ら命を絶ち、ようやく彼らの元へ行ける。

そう信じて目を閉じたはずだったのに。


「……どうして、私は今ここにいるの?」


なぜ、残酷な記憶を抱えたまま見知らぬ公爵令嬢として目覚めなければならないのか。

家族を殺したも同然の私がこんな豪奢な天蓋付きのベッドで温かな眠りにつくなんて、許されるはずがない。


これは、私への“罰”だ。

愛する者を守れなかった私に与えられた、終わりのない流刑なのだ。




──罰、当然の報い。

その不吉な言葉が脳裏をかすめた瞬間、眠っていた記憶のピースがカチリとはまった。


『レティシアが殺されたのは当然の報いです。貴女が気に病むことはありません』


頭の中に、不意に煌びやかな台詞が溢れ出す。

見覚えのある豪奢な調度品。

お仕着せに身を包んだ侍女の名。

そして、このレティシアという名前。


あぁ、そうか。


ここは、独身時代に暇つぶしでプレイしていた乙女ゲームの世界だ。

そして私は、傲慢の限りを尽くした末に断罪され惨たらしく処刑される運命を背負ったラスボス。

──レティシア・トムソン・イーデン。


「……ふふっ」


枯れた喉から、乾いた笑いが漏れた。

惨たらしく殺される最期。

愛する家族を死なせた罪人の私には、これ以上ないほど相応しい結末じゃないか。




───このゲームのシナリオ通りに殺されれば、今度こそ彼らに会えるの?


ならば、私はその未来を喜んで受け入れよう。

彼らと再び会うために。

私は今世で、世界に疎まれる“完璧な悪役”として死んでみせる。


生きるための希望ではない。

死ぬための希望。

それは何とも滑稽で歪な光だった。

けれど、暗闇の底にいた私に差し込んだ唯一の救いの導状だった。


「……わかったわ。食事を持ってきて」

「えっ……レティシア様!?」

驚愕に目を見開く侍女を余所に、私はゆっくりと身体を起こした。

死ぬためには、まず生きなければならない。

最高のラスボスとして君臨し、破滅し、処刑されるために。


「さあ、始めましょう」


これは、私が最愛の家族に再会するための決死の“終活”だ。

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