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引力

私はこの数年間、防壁を築いてきた。

乙女ゲームにおいて“ソフィア”が悪役令嬢へと堕ちる原因となった要素を、私は摘み取ってきた。


アレン王子の歪な依存は兄としての正しい矜持へと書き換えた。

近衛騎士カイルへの道ならぬ恋心の危険性は鉄の規律を伴う忠誠心へと昇華させた。

ソフィ様という名の太陽を、孤独という暗雲から救い出せたと自負している。




「……これでいい。きっと遥菜の未来は守られてる」

鏡の前で、私は自分に言い聞かせる。


しかし、外側の防壁が強固になればなる程に私自身の内側は加速度的に空洞化し、脆くなっていた。


自分の人生をソフィ様の幸福を完成させるための人柱として捧げる覚悟。

それは、愛し愛されることを自分に禁じることで成り立っていた。


贅沢な食事を口にする度に、美しいドレスに袖を通す度に、私の胸を焼くのは…。

──あの忌まわしい前世の事故の記憶だ。


血の海の中。

血まみれの我が子と夫。

私だけが生き延び、転生し。

この世界で贅を尽くしていることへの耐え難い罪悪感。


私は幸せになってはいけない人間だ。

あの日に私は彼らと一緒に死ぬべきだったのに。




そんな私の薄氷の上で成り立つ危うい均衡。

それを2人の男が真っ向から揺さぶり始めていた。




1人は、家庭教師のルーカス先生。

先生は私が彼に“誰か”の面影を求め、縋ろうとしていることに気づいている。

そして、その依存を拒絶しようとしない。

寧ろ、慈しむような眼差しで受け入れてくれている。


「──お嬢様、お疲れですね。少し目を閉じて」

その優しい声。

包み込むような魔力の温もり。

それは、かつてアパートの狭い部屋で私を支えてくれた夫の温度そのもので。

私は彼の隣でだけは“レティシア”という仮面を脱ぎ捨てそうになる。




そしてもう1人私の心を乱すのは、婚約者であるフレデリック殿下。

当初は私にとって利用する対象でしかなかった筈の彼。

けれど彼は最近では私の孤独そのものに触れようとしてくる。


「レティ。私の前では無理をして笑わなくていい」

冷徹な策士であった筈の殿下。

そんな彼が手ずから何も言わずに温かい紅茶を淹れ、ただ隣に座ってくれる。

その真っ直ぐな演技ではない体温に触れると、自身の心臓が跳ねるのを感じることがある。




ルーカス先生の中に“過去”を追いかけ、フレデリック殿下の中に“今世”の救いを見出してしまう。

───矛盾している。


最近の私はソフィ様の屈託のない笑顔を守り抜けたことに安堵しながら、夜ごと自責の念に駆られていた。

暗い部屋で見えない夫の影に「ごめんなさい」と謝り続ける日々。


愛という名の呪縛は、私自身をも飲み込みながら加速していく。

私は自分を救うための壁を一切持たない。


来たるべき“破滅の日”。

その日に向けて静かに死の覚悟を固めていた。

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