はじまり
身体が、重い。
瞼が、重い。
手も、足も、指先も。
まるで頭から爪先まで錘でも乗っているかのように。
───...雷鳴が、聞こえる。
重くなった目を薄らと開けると、窓から見える暗く厚い雲の中から稲妻が走っていた。
そうだ。
あの日もこんな気味の悪い空だった。
....."あの日”?
私は一体何について思い返しているのだろう。
何だか目眩がする。
何も考えたくない。
けれど、そんなのはお構い無しに頭の中に映像が流れ込んでくる。
───彼らが、血に濡れた、あの日の映像が。
「──...っ」
頭がズキズキと痛み、思わず額を手で抑えた。
私は一体どうしてしまったんだろう。
気持ちが悪い。
吐きそうだ。
気持ちを落ち着けたい。
「...ねえ」
不快な状態の中のっそりと身体を起こし、私がそう声を掛けると、何か作業していたらしい侍女がにこやかな顔でこちらを見る。
「あらお嬢様、目を覚まされたんですね。おはようございます」
───..."侍女”?"お嬢様”?
聞き慣れないような、けれどやはり聞き慣れたような、そんな単語達。
私はゆっくりと辺りを見渡した。
豪華な装飾品で彩られた、この広い部屋を。
そうだ。
私はこの国の宰相の愛娘"レティシア・トムソン・イーデン”だ。
それは間違いない。
間違いないのだ、けれど───...
「...ねえ、私の子供は?...主人は?」
「お、お嬢様?何を仰っているんですか?」
雷が、轟く。
頭が、脳内がガンガンと痛む。
割れてしまいそうだ。
頭がおかしくなりそうだ。
「ねえ、どこなの?」
私の脳に、ぐしゃぐしゃの彼らが、血の臭いが、突き刺さる。
───...これは、前世の、私の記憶だ。
「どこなのよおぉぉおおぉ!!!」
「お嬢様!?レティシア様!?」
蝶よ花よと可愛がられていた、公爵令嬢。
そんな私に突如何の前触れもなく甦った、かつての記憶。
───...幸せの絶頂が、一気に絶望へと転がり落ちたあの映像が脳にこびり付いて離れない。
最愛の夫と愛おしい娘が血塗れになった、残酷な記憶。
「いやぁああぁぁああぁ!!!」
それは、現世ではまだ10歳の私の精神を粉々に打ち砕くには充分過ぎる程のものだった。
頭の遠くで、私の名を呼ぶ声がした。
けれど私はそれには反応を返すことなく、そのまま意識を失った。