5.受諾の決め手は
「褒賞として、今回ドルタスト王国から呼んだ料理人の中で君が希望する者を君の専属にするというのはどうかな?」
「是非!!」
望外のお言葉に『何も知らない控えめなご令嬢を装って無難にこの場を乗り切る』作戦をかなぐり捨てて返答してしまった。
「舞踏会の場で試食していたくらいだから、料理を生かした事業を起こしたくなっていたんじゃないかと思ってね」
「仰る通りです!これで私の夢の実現に一歩近づけそうです!ありがとうございます!」
舞踏会で食べたカレーは我領特産のビーツの食感を生かした見事なものだった。
あの日以来、
『今は国内で伝統的なスープ料理に使用されている程度のビーツだけど、あのカレースープのレシピと合わせれば、中央圏向けの輸出も可能では?』
『あれ程ビーツの特徴を熟知しており、なおかつそれを生かせる料理人であれば、ビーツを生かした他の調理法も考えていたりするのでは?それを知ることができれば、輸出だけでなく、例えばその料理を観光の目玉の一つとして売り出すことも可能では?』
といったアイデアがどんどん湧いてきていた。
しかし、まさか王家が呼んだ料理人にレシピを聞きに行くわけにもいかないので、私は自力であの味を再現しようと家の料理人達と四苦八苦していたのだ。
事業として軌道に乗せるのは簡単ではないだろうが、それでも最初のハードルを越えさせてくれるミハイル殿下のお言葉に私が飛びつくのも無理はないだろう。
「喜んでもらえたようで何よりだ。ところで、更に君の夢の実現に向けての提案があるのだけど、聞いてくれるかな?」
「はい、どのようなことでしょう?」
「エミリヤ嬢、王太子妃になってもらえないか?君には婚約者候補も想い人もいないらしいと聞いたけど」
うん、まあ、実質2人きりの茶会ですしね。そういう話になるかもとは思っていましたよ。
この話を出させずに逃げ切りたかったのに。
「……勿体ないお言葉でございます。しかし、この非才な身である私に王太子妃、ひいては将来の王妃など務まろうはずがございません。謹んで辞退させていただきます」
どうして王太子妃になることが私の事業の夢の実現に近づくことになるのか分からないが、ともかくここは断る方向でいこう。私には無理だ。
「何故、君では務まらないと?」
「王妃になるための教育など受けておりませんので」
「我が国では中央圏の一部の国のように、毎日毎日数年を掛けなければ身につかないような無数の細かい所作やら、楽器の演奏やら、今では使わない古代言語の読み書きやらの習得を強要するような妃教育は無いから安心していいよ。そうでなかったら、ご令嬢たちの事前調査はしているとはいえ、舞踏会で一発決定なんて王太子妃選定の方法はとれないだろう?」
それは私も分かっている。しかし、やっぱり務まる気がしない。高位貴族とのやり取りや、他国の王族の相手をする自分なんて想像つかない。
「そもそも何故私なんですか?」
「以前から、自ら実業や社会活動に取り組んでいた君の噂を聞いて興味を持っていてね。妃に迎えられないかと考えてはいたんだ。舞踏会での会話で噂通りのご令嬢だと確信できたし。派閥の力関係など、色々障害があって突然のアプローチになってしまったのは申し訳ないけど」
下手をすれば令嬢らしくないと言われかねない私の活動の噂が見染められたきっかけだったとは。
「どうだろう?王家なら当然子爵家より動かせる資産も多いし、外国とのパイプもある。君の夢の実現に近づくとは思わないかい?」
「それは確かにそうですが……」
そう言われると私にとって良い条件だ。心がぐらついてきた。いやいや、無理無理。冷静になろう、自分。
「それに私は君の事業に余計な口出しをしたりはしないよ。と、言うか出来ない。行政や外交など他の仕事に忙殺されるだろうからね。言わば国家運営業務の実業部門の分業を君にお願いしたいのさ」
「お話は理解しましたが……いずれにせよ慣習に則って、また舞踏会が開かれるのでしょう?そこで改めて殿下からお申し出いただけました際にお返事させていただきます」
強引だが取り敢えずこの場は撤退しよう。次回の舞踏会までに殿下の気も変わるかもしれないし。
「次回の舞踏会ねえ……できれば開きたくないんだよ。国費の無駄遣いだし」
「あ、やっぱり無駄遣いだとは思っていたんですね」
「そもそも儀式として明文化されているのは『王太子が永遠の愛の誓いを記した杯を女性に差し出し、それを受け取った女性が中身を一口飲んでから受諾の返答をすることで婚約が成立する』ことだけだしね。舞踏会の開催なんて定めは無いんだよ」
「え?それだけなんですか?」
「そうだよ。勘違いしてる人が多いけどね。だからいわゆるシンデレラカップだって聖杯を模したデザインにするような決まりはないんだ」
ミハイル殿下はそう仰るとニッと笑った。
……え?なんですか、その殿下に似つかわしくない笑顔は。そもそも何で杯のデザインの説明?そして何故、私に出されたティーカップを見つめていらっしゃるのですか?
私は自分に出されたティーカップに目を近づける。そこには青色で精緻に描かれた模様に紛れて目立たないよう同じ青い塗料で書かれた『永遠の愛を誓う』の文言が。
「殿下あああああーっ!?」
ここにきてシンデレラカップ!?
最初に気付くべきだった!なんで私のカップがわざわざ『殿下が軽く押し出す』必要があるような位置に置いてあったのかを!
王宮勤めの侍女達がうっかりでそんな失態を犯すはずがないのだ!
え!?これって、私、現在『王太子が差し出した(テーブル上で軽く押し出した)愛の誓いを記した杯を受け取り、中身を一口飲んだ』状態ってことですか!?後は私の返答待ちと!?というかその理屈で押し通すつもりですね殿下!
「これは騙し討ちでしょう!?」
もはや不敬もへったくれもない!
「あっはっは、君にこの場で承諾をもらえたら費用と手間を節約できるなと思っただけで騙すつもりは無かったんだよ。意図が伝わらなかったなら済まなかった。でも、君だって舞踏会の再開催は無駄遣いだって意見に賛成してくれただろう?」
「う……まあ、それは確かに……いや、あのですね!こんな実質2人きりの場所で私が返答したところで証人もおりませんし、正式な手続きができませんでしょう!」
「ちゃんと公認の秘書官と僧侶がそこに居るから、君の返答さえもらえれば彼等が証人になるし、書類も筆記具も用意しているから、そのまま滞りなく手続きは進められるけど?」
「こちらの方々って秘書官さんと僧侶さんだったんですね!?いや何か護衛さんにしては貧相だなって思ってましたけど!」
かなり失礼なことを口走ってしまった気もするが、そんなことを取り繕う余裕が無いので許してもらいたい。って言うか準備万端ですね!何かもう物凄く断りにくいところまで固められちゃってる気がするんですけど!
「まあ、断っても君や家に不利になるようなことはしないと約束するから、君の心のままに返答してね。ああ、でも承諾してもらえるなら、それで浮いた舞踏会の再開催の費用をさっそく君の事業に投資するくらいの融通は効かせられるよ?」
「う……それは……」
しばしの逡巡の後、
「……ミハイル殿下のお心、お受けいたしますわ」
「うん、これからよろしくね、エミリヤ嬢」
結局私は婚約を受諾した。
最近は子爵家の力による活動の限界も感じていたところだったし。私のやりたいことを考えればミハイル殿下の仰るとおり王太子妃になるメリットの方が大きいだろうと判断してのことだ。
……いや、正直に言おう。何よりシンデレラカップの秘密を明かしたときのミハイル殿下のニッという笑顔が決め手になった!あんな顔もできるんですね殿下!そう、私はちょっと悪そうな笑顔の男性が好みなのだ。




