4.奇行の理由と不選の事情
あの舞踏会から約2ヶ月後の現在。お母様に謀られた私は現在ミハイル殿下と小さなテーブルをはさんで向き合っている。
「本日はお招きにあずかり光栄でございます。ミハイル殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」
「だから、そう堅苦しくしなくていいよ。まあ、席にかけて」
着席すると、精緻な青花模様が施されたティーカップの乗ったソーサーを殿下が軽く押し出してくる。
「これでも飲んでリラックスしてよ」
「……ありがとうございます」
とりあえず一口いただく。茶は私好みの独特の香味のあるものだった。事前に調べていたのだろうかとちょっと驚く。
「今回は『ルベル=ゼ王国への情報漏洩及び兵器等持ち出し事件』解決の立役者たる君への感謝のために設けた場だからね。君の好みに合う茶を選んだつもりだけどどうかな?」
何か私が事件を解決したみたいにされてしまっている……よし、決めた。ここはとりあえず『何も知らない控えめなご令嬢を装って無難にこの場を乗り切る』作戦でいこう。
「お気遣いありがとうございます。しかし、その件について私は何もしておりません」
「賭博の場で見聞きしたことを君のお父上に伝えてくれたんだろう。おかげで主犯のゴロフキン侯爵と共犯のレイニン男爵を速やかに拘束できたよ」
「はい、見聞きしたことを特に何も考えずに家庭内の雑談で父に話しただけですわ。そこから解決に導いたのは、父を始め捜査に携わった皆様方でしょう」
「それは嘘だね。君自身、意味が分かってなければ賭博の場であんな言動はとらないし、何が必要な情報なのかを理解して確認していなければ、それをお父上に伝えることもできない」
「……」
「君には本当に感謝している。まさか対立するエリツィン派のレイニン男爵を引き込んだブレジネフ派のゴロフキン侯爵が主犯とはね……危うくブレジネフ侯爵家の捜査に踏み切るところだったよ。無実の大貴族に対して嫌疑を掛けていたら国内が大きく割れる可能性もあった。本当に危ないところだったんだ」
ルベル=ゼ王国との間には海峡がある。だから我国で実質唯一と言っていい輸出入船や旅客船の出入口となる港湾を領内に持つブレジネフ侯爵家が真っ先に疑われたわけだ。
しかし、所詮は『海峡』でしかない。機密文書や開発中の兵器サンプル程度を運ぶのであればそんな大型船の出入りする港でなくても、小さな漁船が出入りできる海岸があればこと足りるのだ。
そこに気付いたゴロフキン侯爵は、あえて対立派閥に属し、海に面する領を持ち、おもな産業と言えば漁業くらいしかない貧乏貴族のレイニン男爵に目を付け、大金を餌に犯行に巻き込んだ。
それにしても、大金に目が眩んだレイニン男爵はともかく、ゴロフキン侯爵は何故こんな危ない橋を渡ったのだろうか?一説には派閥の長であるブレジネフ侯爵への鬱屈から、彼を蹴落とすことが目的だったとか……プライドの高いゴロフキン侯爵がその本心を語ることはないだろうが。
「実際のところ、ゴロフキン侯爵とレイニン男爵の関係に疑いを持ったきっかけは何だったのかな?中立の君の家と彼等の家とは特に付き合いも無かったのだからあの場で気付いたのだろう?」
「……ゴロフキン侯爵の叱責を受けたときのレイニン男爵の反応を見たときに引っ掛かりを感じまして」
あの場では、マゴメドフ子爵がゴロフキン侯爵を嘲り、バクーニン子爵がコピロフ侯爵の掛け金の額を引き合いに揶揄し返していた。
このように、対立する派閥の家であれば、自分より爵位が高い者に対しても強い態度に出ることで、派閥への忠誠を示そうとするのが普通なのだ。
だからブレジネフ派のゴロフキン侯爵の叱責を受けて、エリツィン派のレイニン男爵が委縮してオロオロと言い訳するのはよく考えると不自然なことで、そこに私は本来この2人の間に有るはずのない『上下関係』を見たような気がしたのだ。
「それを確認するために、あんな茶番を演じて見せた、という訳かい?」
「……はい」
私がライサに1千リブルを掛けて自分に注目を集めた時、叱責されて萎れていたレイニン男爵が『助かった』という表情を見せるのはまだ分かる。
しかし、大貴族のゴロフキン侯爵が、エリツィン派の威を借る若造のマゴメドフ子爵ごときに揶揄されたからといって、痛痒を感じるはずもない。
つまり、本来であれば、私が場の注目をさらった際にゴロフキン侯爵が『助かった』という表情をする理由はないはずなのだ。
恐らくあのとき、ゴロフキン侯爵は、身の丈に合わない裕福ぶりを無防備に晒すレイニン男爵に対して、誰かにその財の出所を探られてはたまらないと思わず叱責してしまったものの、今度はそれを受けた男爵が必要以上に委縮してしまい、それによって2人の関係が気付かれてしまうのではないかと相当やきもきしていたのだろう。
だから自分たちがきっかけとなった騒ぎから皆の意識がそれた時に思わず安堵の表情を漏らしてしまったのだ。
「見事な観察眼と行動力だね。で、王国としては貴女の働きに褒賞を出したいのだけれど、何か希望はあるかな?」
「過分なご評価を賜り恐縮です。しかし、私はご褒美をいただくに値するような働きは何もしておりません。」
これは謙遜ではない。レイニン男爵の態度やゴロフキン侯爵の表情など結局のところ私の主観でしかなかった。繰り返すが称賛されるべきは、捜査にあたった皆様方だ。
……と、いうわけでミハイル殿下、そろそろ私を解放していただけませんでしょうか?
「いやいや、今回は本当に助かったからね。何しろ『情報と開発中兵器の持ち出しがあるらしい』って情報を掴んだのが舞踏会開催の2週間前。事件は表沙汰にできないから舞踏会は中止できない。かといってその舞踏会で王太子妃選定もできない。国費が無駄になると分かっていても舞踏会を開催せざるを得なかったからね。このまま犯人が特定できなかったらどうしようかと思っていたよ」
まあ、それはそうだろう。犯人が特定できない以上、王太子妃を選定するわけにはいかない。
選定した王太子妃が犯人の身内だった場合はもちろん、犯人と同じ派閥の身内だっただけでも面倒なことになるのは想像に難くない。
「何より君のお父上のイワノフ卿が『エミリヤの助言で国難を回避できた!』と触れ回っているからね。功績が皆に知られている以上、こちらとしても褒賞を出さないわけにいかないんだ。受けてくれるよね?」
お父様あああああっ!?面倒なことになるからそこはなるべく黙っていてくださいってお願いしたじゃないですか!
どうしてうちの家族は私の心の平穏を乱す方向に行動してくれるのか……
そんな私の葛藤を余所に殿下がお言葉を続ける。
「褒賞として――」




