2.舞踏会と賭博と試食
舞踏会場では、お決まりの国王陛下からのご挨拶の後は、あちこちで挨拶や歓談が始まった。王太子妃を決める舞踏会とはいえ、いや、だからこそすぐにダンスというわけにはいかないのだ。まずは挨拶をはじめとする社交の時間からだ。
広い会場内は年齢や性別、立場によるいくつかのグループに分かれている。
直接に親や身内が王太子に自分の娘を売り込むような行為は禁じられているので自然とそうなるのだ。
まずは本日の主役である王太子ミハイル殿下を中心とした未婚の男女のグループ。
王太子妃を決める場とはいえ、令嬢全員がミハイル殿下に群がっているというわけではない。
ミハイル殿下からお声掛けがあった場合のみ対応し、あとは男女を交えて集団で交流しているという感じだ。
そりゃそうだろう。令嬢やその家からしてみればミハイル殿下が本命とはいえ、それ一点張りで勝負して外したら目も当てられない。他の男性からも好印象を得ておかなければならないのだ。
また、ミハイル殿下の妃となれなかった場合のため、年頃の令嬢を抱える家では、「そちらの令息と婚約させていただきますが、万一うちの娘が殿下にご指名いただきました際にはそれは白紙にということで……」と『婚約者候補』としての約束を交わしているのも普通なので、その場合は婚約者候補殿をないがしろにすることもできない。
私の親友の1人であるオリガも
「できればミハイル殿下の妃に指名されろ。でも指名されなかった場合のため、婚約者候補殿の機嫌も損ねないようそれとなく気を遣え」
などと彼女のお父様から厳命され
「結局どう振る舞えっていうのよおおおおおお!!」
と、先日の私的な茶会の席で絶叫していた。
グループ内にはそのオリガの姿も見える。内面の葛藤を全く出さずに笑顔で社交をこなしていた。さすが貴族令嬢。いずれストレス解消のため、またお茶会で愚痴を聞いてあげよう。
二つ目はその独身令息・令嬢の父や兄弟たちのグループ。直接の身内による売り出しが禁じられていることもあり、お互いライバルのようなそうでないようなぎくしゃくした雰囲気が伝わってくる。お父様も出席していたらこのグループにいたのだろう。
自分の身内について、下手に自慢も謙遜もできないためだろうか、不自然を承知で皆ひたすら仕事の話をしているようだ。
三つ目は、私のお姉様のような既婚女性たちが社交に花を咲かせているグループ。
こちらはいつもの夜会と変わらず賑やかだ。男性陣と違ってこの舞踏会独特のルールを守りながらお喋りに花を咲かすことなど造作もないことなのだろう。
四つ目は、特に妃候補の娘や姉妹などを持たない既婚男性貴族のグループ。
属している派閥の誰かに妃候補の身内はいるのだろうが、直接の関係は無いので気楽な雰囲気で飲み食いしている。
そうして『誰が選ばれるか』の雑談が盛り上がり賭けが始まりだした。
「まずは俺から!エリツィン侯爵家のアリサ嬢に1万リブル!」
「おおっ!そうきたかズーエフ伯。じゃあ儂はブレジネフ侯爵家のイヴァンナ嬢に1万5千リブルといこうか」
下位貴族家からの逆転もあり得るとはいえ、やはり高位貴族で有力派閥の長の令嬢が本命となる。
今回でいえば、代々国軍のトップを担ってきた武門の誉れ高いエリツィン侯爵家のアリサ様か、国内唯一の貿易港を持ち国の交易を一手に掌握しているブレジネフ侯爵家のイヴァンナ様が本命で、賭けはその2人に集中する。
と言うか、ぶっちゃけてしまえば、エリツィン派の貴族はアリサ様に賭けるし、ブレジネフ派の貴族はイヴァンナ様に賭ける。
彼等にとっては賭博の勝敗は二の次で、ここはいかに派閥に忠誠を誓っているかを示す場なのだ。
「では俺はアリサ嬢に20万リブル!」
「おおっ!?レイニン男爵!?これはまた大きく出ましたな!今季は余程の豊漁で!?」
「うわははは!まあ、そんなとこですかな!今季は予想外の漁獲がございましてな!」
と、浮かれるレイニン男爵にブレジネフ派の重鎮ゴロフキン侯爵が苦々しげに苦言を呈す。
「一時的に収入が上がったからといってそれを軽々しくこういった場でばら撒くものではない。領地本来の財力をわきまえるべきではないかな」
「こ、これは、いささか浮かれ過ぎたようで。いや、はは、仰るとおりでございますな。その、少々酔いが回ったようでございまして」
ゴロフキン侯爵に睨まれたレイニン男爵は、とたんに勢いをなくしてオロオロしだす。
ところがここでエリツィン派の若い貴族であるマゴメドフ子爵がゴロフキン侯爵を揶揄する。
「ほお?ではゴロフキン候がイヴァンナ嬢に賭けられた2万5千リブルが候の『財力』と仰る?いや、名門ゴロフキン家の財力とはずいぶん慎ましやかなものでございますな!」
この挑発にブレジネフ派のバクーニン子爵も
「はっ!それで言うならコピロフ侯がアリス嬢に賭けた額など1万5千リブルではないか!家が傾いているのでないとしたら大層な吝嗇ぶりですな!」
と、エリツィン派の重鎮、コピロフ侯爵の掛け金を引き合いに出して挑発し返す。
「なにを!」
「やるか!」
「まあまあ、お二方、そう喧嘩腰にならずに。では私はライサ嬢に1千リブルを、ということで」
「「……え!?」」
私が親友の1人であるライサに1千リブル賭けたところで場が静まりかえった。
喧嘩をしかけていたマゴメドフ子爵とバクーニン子爵は毒気を抜かれてポカンとした顔をしており、レイニン男爵とゴロフキン侯爵は自分たちがきっかけで始まった争いが収まったせいか『助かった』という顔を見せ、他も啞然としたり、面白がったりと様々な表情を見せて私に注目する。
そして僅かな沈黙の後、ドッと歓声と笑い声が上がった。
さすがに目立ち過ぎたかしら?と思ったところでいきなり肩を万力のような力で握られる。振り返ればこめかみに青筋を立てながらも笑顔のヴェロニカお姉様が。
お姉様は無言で私の肩を掴んだままそのグループに優雅に一礼すると私を広間の隅に連れて行った。
「……エ・ミ・リ・ヤ!」
「申し訳ございません。やはり出走馬が自ら賭けるのは公正性の確保からみて好ましくなかったですね」
「ええ、八百長を疑われてしまいますものね……ってそこじゃない!オヤジどもの賭博の公正性なんかどうだっていいわよ!出走馬って何よ!」
「世間ではこの舞踏会を『シンデレラカップ争奪戦』と呼んでるらしいのでそこに参戦させられてる私たちは競走馬みたいなものかと」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないの!とにかく貴女が居るべきところはあっちでしょう!」
と、ミハイル殿下たちのいるグループを指さす。
「ええ~、でももう私の入る隙なんかなさそうですけど?」
「い・い・か・ら、行きなさい!私が付いて行くわけにいかないのだから、しっかり入り込んでミハイル殿下の……ってちょっと待ちなさい!」
ヴェロニカお姉様が微かに鼻を鳴らした後に顔を歪め、私の肩を再び掴む。
「貴女、まさかとは思うけど、あそこで何か食べたの!?」
賭けが行われていたグループの近くでは、今夜のためにわざわざドルタスト王国から呼んだという一流料理人のつくった特別料理が並んでいた。
「ええ、噂に聞く珍しい料理を試食する良い機会でしたので。お姉様、あのカレースープというのは実にいいですね。あれほど」
次の瞬間、私はお姉様に首根っこを押さえられ、広間から引きずり出されることとなった……




