1.舞踏会の日
私ことイワノフ子爵家令嬢エミリヤは、現在王宮の中庭で、今すぐ回れ右して屋敷に帰りたい衝動と戦っている。
「やあ、急な招待になっちゃったけど、応じてもらえて嬉しいよ、エミリヤ嬢」
本日の招待者であるミハイル殿下が、私の少々苦手なその爽やかな笑顔で話しかけてくる。
侍女や護衛の姿は見えるが、この場に居る貴族令嬢は私のみ。
それにしてもこの護衛さんたち、なんか貧相ですね。いざという時に殿下をお守りできるんでしょうか?
いや、そんな現実逃避をしている場合じゃない。
この茶会に出席するにあたって『小規模な茶会』とは聞いていたけど、実質殿下と2人きりとは聞いてない。
お母様……私が逃げないようにわざと情報を伏せましたね?
心の内で溜息をつきながら、恐らく本日の茶会、というかミハイル殿下からの呼び出しの原因となった2か月前の出来事を思い返していた。
◇◆◇
~2か月前~
「ハア、ダルい……メンドい……」
うっかり漏らした本音をお目付け役のヴェロニカお姉様に聞きとがめられた。
「エ・ミ・リ・ヤ!」
「失礼いたしましたヴェロニカお姉様。『ダルい上に面倒でございますわ』」
「よろしい……って、そこじゃない!言葉遣いの問題じゃない!王太子妃を決める舞踏会への出席を『ダルくて面倒』とは何事よ!」
そう、今夜は国中の年頃の貴族令嬢を集めて王太子ミハイル殿下の婚約者を決める舞踏会が催されるのだ。
ミハイル殿下より2歳年下である貴族令嬢の私も当然『王太子妃候補』に含まれており、その招待を受けたというわけだ。
もともとこの舞踏会は、我ヤギフ王国が中央圏の国々からは『北東の辺境』と見下されており、中央圏の王族や貴族から王太子妃を迎えることができなかったため、やむを得ず国内の貴族の中から王太子妃を娶る際に、どうせだから『数百人もの候補者からたった1人選ばれました』感を出そうと始まった慣習だ。(と、私は思っている。)
近年では我国も発展し、中央圏の国々との間で高位貴族同士の婚姻も増えており、実際、今回は外国から妃を迎える話もあったと聞く。
しかし従来の選定方法が王家の儀式として明文化されてしまっていることから、一部貴族から『王太子の妃選定は定められたとおり実施すべきだ』と強い主張があって結局今回も舞踏会が開催されることとなったらしい。迷惑な。
まあ、貴族達の思惑も分かる。自分の娘、あるいは自分の派閥の誰かの娘が王太子妃になれば旨味はある。
過去には最下級の男爵家から妃が選ばれたこともあり、国が安定して下剋上の機会も無い現在では、この催しは下級貴族にとっては家格を上げ、上級貴族にとっては更なる権力を得る数少ないチャンスなのだ。
王権が強力になった現在、昔のように王室に代わって国を牛耳ることなどできないだろうが、多少の優遇は期待してしまうのだろう。
その王太子妃を決める手順としては、舞踏会の終了間際に王太子自ら気に入った令嬢に聖杯を模した飲み物入りの杯を渡すことから始まる。
ちなみにその聖杯を模した杯には『永遠の愛を誓う』との言葉が記されているとか。
そして、杯を渡された令嬢がそれを一口飲んで「殿下のお心、お受けいたしますわ」とか何とかとにかく受諾した旨の口上を述べれば婚約成立、というわけだ。
なお、その聖杯を模した杯は初代王妃の名から通称シンデレラカップと呼ばれる。
なので、口の悪い貴族のオジ様方などはこの舞踏会を『シンデレラカップ争奪戦』などと言ったりしている。
争奪戦ですか。参戦したくない……
「エミリヤ!準備はできたのでしょう!早く馬車に乗って!」
私より8歳上のヴェロニカお姉様はさすがに年齢が釣り合わないとして、当初より王太子妃候補から外れており、とうに他家へ嫁入りしていたのだが、3日前にダンスの練習で足首を痛めて今回の舞踏会に出席できなくなったお母様が、あまりにやる気の無い私のお目付け役として呼び出した次第である。
お母様もお姉様も政治的な野心があるわけではなく、単に私が殿下に見初められる恋物語を夢見ているだけなのが幸いと言おうか迷惑と言おうか。
「まったく貴女ときたら……王太子妃になれるチャンスを何だと思っているのかしら。年齢さえ合えば私が代わりたいくらいだというのに」
「ヴェロニカお姉様、お義兄様と何かあったんですか?」
「家庭に不満があるから代わりたいって言ってるわけじゃないわよ!?」
「あ、それなら良かったです」
「逆に貴女はミハイル殿下の妃になることのどこが不満なのよ?」
「王太子妃って窮屈な立場じゃないですか。第一、うちみたいな子爵家の娘が指名されたら絶対面倒な嫉妬の的になるでしょうし」
先にも説明したように、過去に下位貴族から王太子妃、やがて王妃となった前例はあるが、周囲の嫉妬に苦労された方もいらっしゃったようだ。
「あと、今はまだお父様の手助け程度ですけど、私が手掛けている領地経営もこのまま続けていきたいですしね。なんなら新規事業を起こして領地を発展させたいです」
そんな私に大人しく『お妃業』が務まるとは思えない。
「まあ、ミハイル殿下個人のことで言うならあの爽やか過ぎる笑顔が私に合わないというか。私ってお父様みたいな『悪徳領主!』って感じのちょっと悪そうな笑顔の男性が好みなので」
お父様は悪人顔だが悪人ではない。念のため。
と、言うか悪人を捕まえるのが仕事の部署の№2だ。最近は仕事が忙しいようで、今日も仕事で出張中である。
「お父様が聞いたら泣き……いや貴女に言われたら喜びそうね……ってこんな話してる時間無いわ!ほらさっさと乗る!」
こうして気合十分のお姉様とやる気の無いままの私を乗せた馬車は王城へ向かった。




