第69話 言い訳
『万年青。魑魅 万年青』
またあなたか。何だよ?少しはゆっくりさせてくれ。
『何故力を使わなかった。そうすればあんな無様な姿を晒さずに済んだはずだ』
またその話か。別に深い意味はない。使うタイミングが無かっただけだ。
『嘘だ、私とお前の間に隠し事は出来ない。お前は力を使うのを意図的に避けている』
だったら何だよ。僕の勝手だろ。
『………まだ人間である事にこだわっているのか』
……………
『いい加減認めろ。お前は人間ではない。もう人間に戻る事も、当たり前の人間の生活を送る事も許されない』
そんなの、分かってる………
『では何故仲間の前で、元の姿に戻らない。お前の本来の姿を見せようとしない。そうすればあの程度、なんて事はないはずだ』
その必要がない。それだけだ。
『そんなの言い訳だ。お前は怖がっている。自分の本来の姿を見せて、仲間が離れる事を』
たとえそうでも、そんなの僕の勝手だろ。
『お前が大切にするのは何だ。大切な人が隣にいる事か。それとも大切な人が生きている事か』
いきなりなんだよ。
『たとえ化け物と罵られ逃げられても、そんなの当たり前だろう。お前は化け物だ。それから目を逸らすな。お前の背負うべき宿命だ』
それくらいは理解している。
『では何故私から目を逸らす。背負わされた宿命から逃げて、まだ人間であることに縋っている証拠ではないか』
黙れよ………
『そんな馬鹿馬鹿しい考えで大切な人が守れると思うか。どんな事があっても守りたいんじゃないのか』
うるさい………うるさい………
『また失いたいのか、彼女のように』
いい加減にしろよ‼︎いつもいつも‼︎
そんなの………僕だって分かってる!このままでロイゼを守り切れるわけない、また大切な人を殺す事になる!
そんなの………嫌ってほど分かってるんだよ!
頭では分かってるのに、当たり前のことなのに!
大切な人が離れるのが嫌?その程度のこと分かりきってる事だ。
大切な人が生きてくれるなら、僕は手段を選ぶつもりはない。
『では何故力に手を伸ばさない。お前にはその力があるのに』
お前なら分かるだろう。僕の力はあまりにも大きすぎる。
力を手にして、大切な人まで傷つけたくないんだよ………もう、大切な人を殺したくない。
『お前の力だ。使えるのもお前だけだ』
たとえそうでも、もし制御出来なかったら………それで、大切な人を傷つけてしまったら………
『出来る出来ないの判断など、ただの甘えだな。それくらい、お前なら分かってるだろう』
あぁ。やらなきゃならない。出来ないなんてただの言い訳。それくらい分かってる。
『守れ。そのための力はあるし、無いなら手に入れろ。何を犠牲にしても』
守る力、かぁ………まったく、面倒なもんだよな。色んな意味で。
『ようやく私の方を向いたか』
あぁ、酷い姿してるよ。相変わらずな。
『当たり前だろう。俺はお前だからな』
そりゃそうか。
僕は納得すると彼の元を離れた。醜い化け物、アルクリーチャーの元から。
僕はハッと目覚めた。ここは………森の中か。
またこれか………いい加減に何とかしたいもんだけどなぁ。
外はすっかり暗くなり、虫の声がよく聞こえる。空には綺麗な月が輝いていた。
辺りに改造人間の気配は………無いな。今のところは問題無いのか。
昼間の戦いから時間が過ぎて夜。ご飯を済ませた僕はみんなで固まって寝ていた。
「あれ?オモト様」
すると後ろからロイゼの声が聞こえた。振り向くと彼女は剣を持ったまま、木にもたれかかっている。
褐色の肌が月明かりに照らされて、何とも画になる姿だ。
「ロイゼか。見張りご苦労様。というかそろそろ僕が変わるか?」
「いえいえ、まだ大丈夫ですよ。今の私はこれくらいしかやれる事がありませんから」
「ダメだよ。ちゃんと寝ないと」
一応周りのモンスターの襲撃を考えて、ロイゼには寝ている間の見張りをしてもらっていた。
僕なら多少寝なくても全く問題ないので、ずっと僕がやろうとはしたんだけど、ロイゼがやりたいと強く言うので交代制にした。
「オモト様は昼間の戦いのダメージがまだ残っているでしょう?しっかり休まれた方がいいかと」
「そんなに心配しなくてもいいって。回復が早いのも改造人間の特徴だよ」
体もだいぶ回復した。明日には問題なく戦えるまでにはなるだろう。
「そうですか。しかし見張りなら大丈夫ですよ。今はそこまで眠くありませんから」
「何だ、寝られないのか?」
「あ、いや、その………まぁ、少し」
そうだよな。ロイゼもすっかりハイルセンスのことに巻き込んでしまったけど、元々はただの奴隷なんだ。
あんな化け物達に囲まれて、まともに寝られる神経は持ち合わせていないだろう。
「ごめんな。色々負担かけさせちゃって」
「いえ、そんな………自分で選んだ道なので。オモト様こそ疲れてませんか?少し顔色が悪いような」
「僕は慣れてるから問題ないよ」
心配そうにに覗き込むロイゼから、僕は手を振って目を逸らした。
いかんいかん、ロイゼにこれ以上負担をかけるわけにはいかないからな。
相変わらず自分のことより人のことか。まぁロイゼのそういうところ、割と好きなんだけどさ。
「もっとも、それで寝られなかったのは、私だけじゃないみたいですけど」
ロイゼはそう言って手で向こうを指し示した。そこには布に包まれたセルフィとシルフィがいる。
色々知りたいこともあったけど、二人とも疲れているだろうし早めに寝かせた。
特にセルフィはこれまでハイルセンスから逃げて、それで怪我も負っている。一応応急処置はしたんだけどさ。
寝るための布が足りなかったが、僕とロイゼが交代で見張りをするので、僕達で僕の布を使い、双子姉妹にはロイゼのを使ってもらってる。
しかし二人はモゾモゾと動いたり寝返りをしたりして、寝ているようには見えない。
「あれ?二人ともまだ寝てなかったの?」
するとモゾモゾと動いていた双子姉妹は、身体を起こして苦笑いした。
「その………寝てない、というか今日色々ありすぎて寝れなくて」
「私も。何か周りの音に敏感になっちゃって寝られないよ」
まぁそうだよな。あんなもん見ちゃったら、普通なら心置きなく寝られるわけがない。
「何だみんな寝れてないのか。それなら、もうちょっとみんなでゆっくりしてるか?」
「うん!シルフィも行こう!」
「え?あ、うん」
二人は起きるとこっちにやってきた。というか僕達といる時間はシルフィの方が長いはずなのに、順応してるのはどちらかというとセルフィだな。
まぁ性格上何となくそんな気はしてたから言わないけどさ。
セルフィはシルフィと対極的な感じで、誰に対しても物怖じしない。
身分も気にしないから、奴隷と一般市民という関係でもとっつきやすいんだよなぁ。
僕達はランタンを一つつけて、それを囲むようにして座った。
せっかくなら今のうちに色々聞いちゃうか。
「そういえば、ハイルセンスの事ですっかり有耶無耶になってたけどさ。セルフィ、そもそも君は何故馬車から逃げ出したりしたんだ?」
「そ、そうだよお姉ちゃん!マルディアさんもすごい心配してたんだよ⁉︎自分達に何か非があったんじゃないかって!」
「え?あ、あぁ、それね………別にマルディアさん達は悪くないよ」
僕とシルフィに問い詰められて、セルフィは困ったような顔をした。何か言いにくいことでもあったのか?
「実はあの化け物達が私達を狙ってたの。割と前から気がついてたんだよ。だから逃げ出した」
「え?そうだったの?」
獣人は五感が優れているから、まぁ嗅覚とかで分からなくもないんだろうけど、それでもすごいな。
特殊なアルビノ種だからなのか、はたまた彼女自身の才能なのか。それは分からないが。
「お姉ちゃんは昔から感覚が鋭いんです。運動も出来たから、周りからも頼りにされてたんですよ」
「何言ってんの。シルフィも手先器用だし、気配りも出来るし、みんなの助けになってたじゃん」
シルフィの言葉にセルフィが笑いながら答えた。
「仲のいい姉妹なんですね」
「あぁ、いい事だよ」
二人の様子を眺めながら、僕とロイゼは話し合った。見ていてほっこりとする姉妹だ。
「まぁとにかく、何とかして逃げないとって思って、私だけでも逃げたの。シルフィも何とかするつもりだったけど、追いかけ回されて出来なくってさ」
「もう!本当に心配したんだからね!」
「あははは!ごめんごめん」
なんて風におちゃらけてはいるが、たぶんその選択をしたのはシルフィのためだろ。
いくら余裕が無くても、その存在をシルフィや周りに知らせる事くらいは出来たはずだ。
それを敢えてやらずに、自分が囮となって逃げる。少しでも自分が引きつけるようにして、シルフィを守りたかったんだろう。
単なる予想だけど、仲良く話してる二人を見たら、自然とそれが正しいように思えてきた。
妹のために体を張って守る姉と、姉を心配して行動出来る妹。いいじゃんいいじゃん。
それから僕達は眠くなるまでみんなで話していた。
この平和が守るために、僕はどうするのか………その考えはまとまらないまま。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。




