第70話 思考停止
「………以上。これが昨夜までのご報告です」
ハイルセンスの本部の基地の中。レーターの謁見の間にはアルクンスリッシだけが跪いている。
『そうか。やはりアルクリーチャーは生きていたか』
「はい。この後すぐに捜索を再開します」
『頼んだぞ。して、お前の狙っているアルビノ種の獣人の双子の件はどうする?』
「はっ!先程もご報告させていただいたように、彼女達は今アルクリーチャーと共に行動を共にしています。アルクリーチャーと共に直ちに捕獲いたします」
『分かった。アルクリーチャーも双子も捕獲した後、すぐには改造手術を行うな。この場に連れて来い』
どこか重苦しいレーターの声に、アルクンスリッシは思わず顔を上げた。
「レーター様。それは………」
『よいな?』
「………はい。かしこまりました」
アルクンスリッシは再び頭を下げると、謁見の間から出た。小さくため息を吐く。
「はぁ。まったく………割りに合わない」
翌朝、木漏れ日が辺りを照らして、僕は目を覚ました。
「んっ………何か、重いな?」
自分の周りに変な重量感を感じて、辺りを見渡す。そこにはロイゼと、セルフィ、シルフィの双子の姉妹が僕に寄りかかって眠っていた。
ロイゼは僕を背もたれにしていて、双子姉妹は左右にそれぞれ座って僕に寄りかかっている。
その光景に思わずドキッとしたが、昨日のことを思い出して納得する。
あぁそうか………結局、あの後みんなで話し込んでたら寝ちゃったのか。
起こさないようにしながら、三人の寝顔を覗き込んだ。
みんな昨日の異常事態を忘れたかのように穏やかな寝顔だ。
ちゃんと、守ってやらないと………だよな。
僕は昨日斬られた右腕に力を込めた。断面がメリメリと盛り上がり、新たな腕が生えてくる。
人工体液に塗れて棘のような鱗に覆われて、刃物のようなヒレがついている。指には鋭い爪と発達した水かきがあり、禍々しく屈折している。真っ黒な醜い腕だ。
『たとえ化け物と罵られ逃げられても、そんなの当たり前だろう。お前は化け物だ。それから目を逸らすな。お前の背負うべき宿命だ』
頭の中に響いてきた言葉を頭を振って振り払う。醜い腕を人間の腕に擬態させる。
目の前にいるロイゼを見た。
僕は彼女に自分の全てを見せているわけじゃない。僕の本当の姿を、本性を見せていない。
それはロイゼに離れて欲しくないからだ。本来なら側にいることすら危険な彼女を、自分の身勝手な理由で縛りつけようとしている。
こんなのずっと続くわけがない。いつかは知られてしまう。
そんなこと分かってる………それでも、僕は………
すると僕の前で寝ていたロイゼの瞼がピクッと動いた。ゆっくりと目を開ける。
「んっ、んん………オモト、様?」
「おはよう」
ロイゼはゆっくりと身体を起こして、目を擦りながら自分の周りを見る。
それから色々と状況を察したようで、一気に顔が真っ赤になる。
「ッッッ‼︎あ、あの、すみません‼︎わ、私、見張りしなければいけないのに寝てしまって!それもあんな寄りかかるように………本当に申し訳ありませんでした‼︎」
「あぁ、いいっていいって。何事もなかったし」
アワアワと慌てているロイゼを宥めて落ち着かせる。朝から元気だねぇ。
そんな彼女を見ていたら、さっきまで落ち込んでいた心が少しだけ安らいだ。
いつもそうだ。ロイゼが隣にいると、自然と心が安らぐ。自分が当たり前の人間のような気がする。
「よく寝れた?」
「え?あ、はい………おかげさまで」
「そうか」
「オモト様こそ、お体大丈夫ですか?」
「見ての通り、大丈夫だよ」
僕は再生させた腕をロイゼに見せた。
正直まだ完璧とは言えないけど、戦う分には問題ないだろ。
「そうですか………よかったです」
ロイゼはホッと息を吐くと僕の前に膝をついた。優しく僕の手の甲を撫でる。
「本当に、よかったです………」
「ロイゼ………」
「いつも、すみません。オモト様の奴隷なのに、何のお役に立てなくて………」
真剣な表情でロイゼは呟いた。
「私が………オモト様の痛みの代わりになれたら………」
そんな彼女を見て、僕の中で何かが湧き上がった。しかしそれは何かに縛られたように、なりを潜める。
僕は手を撫でてくれるロイゼの上から手を重ねた。
「ロイゼ。いつもありがとうね」
「え?………私は、何も………」
「本当に………うん」
「? オモト様、どうかなさいましたか?」
僕の様子が変だったのか、ロイゼが首を傾げる。
「いや、なんでも。お〜い、白虎ツインズも起きて」
僕に寄りかかっていた双子姉妹を起こした。二人とも口をムニムニさせて起きる。
「ん〜〜、あぁ、オモト様。おはよ〜」
「うわぁ⁉︎すみません!寄りかかっちゃって!」
「いいから。二人とも、もう身体は大丈夫?」
まったく。人が増えるとどうしても賑やかになるな。
「私は大丈夫かな。これでも丈夫だし」
「わ、私も大丈夫です」
よかった。特にセルフィは何日も前からずっと逃亡生活だったしな。少しでも休めた方がいいだろ。
「さてと、それじゃあ朝ご飯食べながら今後の作戦会議とするか」
そんなわけで僕達は朝ご飯の準備をして、みんなで円になって食べる。
「そういえばさ。何かあっさり見過ごしてたけど、私達普通に朝ご飯食べさせてもらえるのね」
硬い黒パンを齧りながらセルフィが言った。
「当たり前って?」
「いや、商館だとさ、まともにご飯食べさせないご主人様もいる、なんて話普通に聞くからさ。オモト様は普通に食べさせてくれるし、しかも野宿だっていうのにこんなに」
「オモト様は奴隷の私達にも優しく接してくれるのですよ」
隣に座っているロイゼが微笑みながら言った。何でそんなに自慢げ?
「う〜ん。別に僕は、奴隷だからって下に見ることは無いからなぁ。というか、上下関係とか一々考えるの面倒じゃない?」
いや、礼儀が大切なのは分かってるんだけどさ。人によって変えるの面倒なんだよね。一律に思考停止で出来るものならいいんだけど。
立場に合った態度がある、とはいうけどさ。態度に立場を合わせりゃいいんじゃないの。
「あぁ、分かる分かる。しかもそういうのって人によってマチマチだからさ、配慮の仕方とか面倒なんだよね」
ふ〜ん。奴隷も大変だなぁ。
「ちょ、お姉ちゃん。オモト様にそんな言葉遣いは………!」
「構わないよ。今現在は何の問題も無いからね。ガチガチされるのも好きじゃない」
これくらい思考停止で付き合える人の方が楽なんだよな。上から目線で威張られるのも下から跪かれるのも好きじゃない。
「それで、これからどうするか、ですよね?」
「あぁ。やれることが色々限られてるからね」
ハイルセンスに追われてるし、ここにずっといるのも危険だ。かと言って街に戻るのも、双子姉妹がいるから難しい。
隠れながら行動するしかないんだけど………色々と不自由が多すぎる。
「というかハイルセンスから逃げるにしても、セルフィはどうするですか?一応私達は、マルディアさんから彼女を探すように言われているんですから。その依頼を放り投げるのも………」
「だよねぇ」
自分達の身を考えるのなら、今すぐにでもこの街から出るのが一番だ。
それを一番安全にやるとするなら、セルフィが見つかったことをマルディアさんに報告しに行かなきゃならない。
でも今街に戻るのは危険だ。間違いなくハイルセンスに襲われる。
それに、セルフィが見つかったことにするのもなぁ。
セルフィが逃げた本当に理由を話すわけにはいかないし、誤魔化したとしても彼女が逃げたことは変わらない。罰は免れないだろう。それじゃあダメだ。
このまま黙って逃げれれば楽だけど、それだともれなく僕とロイゼは依頼を放り出した+奴隷の窃盗罪だ。僕は構わないが、ロイゼが嫌がるだろう。
「どうしたもんか………」
「とりあえずはハイルセンスの方に集中しませんか?こう言ったらアレですけど、マルディアさんの方はやろうと思えばどうとでもなるというか………」
「まぁそうだね。けどそれはそれで面倒だけどな」
ゴーレムバルバラさえ倒せれば、ひとまずは余裕が出来る。と言っても、その倒すのが難題なわけだが。
「オモト様はハイルセンスが今どこにいるとか、基地の場所とか分からないんですか?」
「改造人間の探知能力はあくまで近くにいる場合だ。向こうもそうなのがある意味の救いだけど。あと、基地の場所ね。それに関しても、ハイルセンスは基本的にテレポートで移動してたし、そもそもその辺の記憶は曖昧なんだよ」
いよいよもってやれることが無くなってきたな。
「まぁとりあえず、今はこの辺りで身を潜めて………ッ⁉︎」
突然強力な刺激が僕を襲って思わず立ち上がった。
「オモト様?まさか………」
「あぁ、ハイルセンスだ。それもたくさん………ッ‼︎避けろ‼︎」
僕は三人を奥の木の影へと押した。それと同時に、僕達のいた場所に熱線が照射された。
つい今までいた場所の地面が抉れて、生えていた草が焼ける。
「ひ、ヒィッ‼︎」
「嘘でしょ⁉︎何アレ⁉︎」
いきなりの襲撃に双子姉妹が飛び上がった。二人をロイゼに任せて、僕は立ち上がる。
「これは………朝の挨拶にしては随分と派手ですね。アルクンスリッシ」
僕の視線の先には何体ものクンスリッシベフュールを従えたゴーレムバルバラこと、アルクンスリッシがいた。
「私達の目的はあなた方の捕獲。これでも手加減はしましたよ」
ゴーレムバルバラの背中から蜘蛛の脚のように何本ものレーザー砲が現れる。
「それでは、朝の運動といたしますか」
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