第49話:悲しい事件
王都十三番街が夜の酒と食事の街なら、三番街は比較的昼の食事の街というところ、フィオナの"ベーカリーカノン"も宵の鐘が二つも鳴れば店を閉めて家族で夕食の時間だ。
課外活動に行くという娘を心配するあまり「こ、これなら武器になるかもしれない!」と動転して超硬いバゲットを持たせていた父親のグラント・カノンは、あまり似てないけれど間違いなくフィオナの父親だった。アホである。
結局妻のマーレに呆れられながら店の裏口前で熊のようにうろうろうろうろとし続け、三番街自警団の青年が二名何かあったのかと心配して駆け付けたところに愛娘と愛犬一行が無事帰宅。
どう考えても"不良生徒"にしか見えなかった黒ずくめの二人に何度も頭を下げ、売れ残りのバゲットを何本かお土産として渡し、穏やかな三番街のパン屋は休息日に帰宅した自慢の娘を迎える日常に帰っていった。
「いいおじさんだったねー」
「バゲットはちょっと硬てぇけどな?」
「味は悪くないよ?」
「まぁな」
フィオナを送り届けた二人はバゲットをぼりぼりと一人一本ずつ手に持って食べながら宵の王都を歩く。
残りは伽藍洞の中に放り込んだ。
そういえば王都サードニクスには数えきれないほど何度も訪れているけれどサードニクス滞在中は基本的に"瑪瑙城"の中で過ごすから夜の城下を歩くのは初めてかもしれない。
「……ジョシュママ何の用だったんでしょうね?」
「さー……アタシ達抜きでヴァネッサ様だけって事は、アルフのお茶会じゃない?学院入学のお披露目で」
「ちょっと前もやってませんでしたか?」
「そーいうもんだよー?社交界って……ザイツ伯爵令嬢様」
ノエルはにやりと唇の右端だけを吊って揶揄うように声を弾ませ、対するザイツ伯爵令嬢は舌打ちでそれに応じる。
「チッ……しかしアルフの茶会ですか……めんどくせぇ事になってなければいいのですが」
「あー……レオちゃんねー」
「レオもいい加減諦めりゃいいんですよ?ヴァニィ様最大逆怒案件ですからね?」
その名を口に出しただけで金色の瞳に闘志を宿す、レオナードがヴァーミリオン侯爵家の嫡男でなければ確実に何度か殺ってる、基本ぶっちゃけ他人に興味がないヴァネッサにしては非常に珍しいというかレオナードくらいの不倶戴天であった。
「まーね……でもアタシ正直未だにちょっと罪悪感感じてる……」
「私もです、ちゃんと御止めすればよかったのです……」
「でもレオちゃんの態度も問題ある」
「「それな」」
――アレは悲しい事件だった。
◇◆
緑豊かな山々が広がる南部地方は林業が盛んな地域であり、対して西部地方は荒涼とした大地が多く、多少の緑地はあるものの木材のほぼ十割を南部からの輸入に依存していた。
西部以外の地方はそれなりに緑も豊かなため南部檜などの高級木材は流通しても一般木材のやり取りは少なく、南部は南部で西部の金や宝石鉄鋼を得られるオイシイ関係だった為、両地方軍閥を束ねるノワールとヴァーミリオンの家は昔から仲が良かった。
その両家に令嬢と嫡男が誕生した時は両家の婚姻で国家を二分する大勢力が誕生するのではないかとまことしやかに囁かれものだけれど、ヴァネッサとジョシュアの婚約でそれは無くなった……。
代わりに今度は西部一強時代が訪れる事がほぼ確実だけれどもそれはさておき。
第二王子ジョシュア。
侯爵令嬢ヴァネッサとおまけ二人。
侯爵嫡男レオナード。
このロイヤル幼馴染ズ、"瑪瑙城""黒耀城""銀朱城"で働く者達を震え上がらせるほどちびっこの頃はそれぞれ大変仲良くみんなで暴れていたのだ。
「ふんふーんふふふーん」
「ヴァニィちゃん様ご機嫌ですね?鼻歌ですか?」
「ええ!だって明日は五人全員揃ってのお泊りですもの!」
「とか言って、久しぶりにジョッシュに会えるのが嬉しーんでしょ?」
「当然ですわ!ほらほーらクオるんもノエるんも、触ってもよろしくてよぉ?」
ヴァネッサは八歳にして胸をやたら強調しまくったドレスで鼻息荒く二人に迫る、残念ながら当時はまだ大草原の小さな胸であった。
「わーい、えへへアタシも大きくなるかな?」
「なりますわ!わたくしのように!さあクオるんも!」
「い、いえ私は……力加減間違って痛くしちまうといけねぇや……」
何度も言うが胸を強調して盛りまくったドレスを着ているけれども当時のヴァネッサはまだツルペタである。
盛った胸を触ったノエル、遠慮したクオンリィ、もしかするとここが運命の分岐点だったのかもしれない。
そしてクオンリィ、隻眼となって半年、すっかり隻眼の剣を自分のものとして、ついに真剣の帯刀を許されたクオンリィは厳しくも優しい尊敬する師匠"抜刀伯"お父様の口調を時折真似る可愛い娘だった。
本身をついに佩けて嬉しすぎてバグっていたともいう。
……今では親父殿、最悪クソ親父呼ばわりである……"抜刀伯"は泣いていい。
ちなみに仕込んだのは"風神"ターエ・ジャクソン大尉、"抜刀伯"ライゼンの妹である……ライゼンは泣いていい。
妹が娘の教導をすることに最後まで反対したのもライゼンであった……。
……賛成したのは妻"雷神"クラリッサである。
「長期遠征からやっとこさ帰ってみりゃ……大量の修理請求にとうとうキレたカミさんが娘を悪魔に売り渡してましてねぇ……」
「あー、"修理費じゃんけん"か、クオンちゃんじゃんけん弱いねえ」
「知ってるかいリッちゃん、あいつチョキしか出さないんだぜ」
「なんでまた」
「心理戦のつもりで私は一生チョキしか出しません!って言ったらしくてねぇ……」
「ああ!それはヴァニィに誓わされるね!ははは!」
三人娘は"遊んで"壊した物はちゃんと弁償するように躾けられていた、そもそも壊すなや。
年々目に見えて高まる魔力の≪魔弾≫をぶっぱしたいトリガーハッピーなおバカちゃん一号。
中伝位で本身の帯刀を許され、とりあえず何でも斬ってみたいヤバイ危険人物のおバカちゃん二号。
普通に足音立てればいいものを、壁や物を蹴ってかっこよく足音を立てたかったおバカちゃん三号。
これで壊すなというのも無茶言うなという話。
修理費は当初三人で公平に分けていたのだけれど、いつしかそれも"修理費じゃんけん"という遊びの一つになっていた。
話を戻そう。
この五人、互いを認識しながらも限られた組み合わせで遊ぶことが多かった。
というのも主に四侯爵家の都合でなかなか一堂に会するという機会が滅多に無かったのだ。
さもありなん、西と南の侯爵家が親同伴で王都に集まるなど、残された北と東の立場というものがある。
大人にとっては『そんな災害クラスの事態は避けたい』というのも、もしかしたらそんな機会が滅多に無かった要因の一つかもしれない。
だけれど八歳になりヴァネッサとジョシュアの婚約が正式に公表されると、当然護衛を連れてではあるけれど、それまで"瑪瑙城"を出なかったジョシュアが"黒耀城"を訪問するという機会が増えた。
そして遂に明日ヴァーミリオン侯爵と一緒にレオナードが到着し、
「レオナちゃんとも三年ぶりですわね!お元気かしら」
((レオナちゃん?))
クオンとノエルの二人はココで首を傾げたものの、ああ、レオナードね、とスルーした。
「私ぁこないだお父様のぉ付き添いでぇ"銀朱"行った時にぃ会いましたが、相変わらずちっこかったですねぇ」
「クオるん、無理に真似ようとして変になってるよー、私はガランの影の仕事で王都に行った時見かけたくらいかなあ、ちゃんと会うのは多分アタシもヴァニィちゃんと同じだと思う」
「うふふ、四人で朝までお話ししましょうね!」
((うん?))
クオンとノエルの二人はココでも首を傾げたものの、数え間違えだろうとスルーした。
ヴァネッサとレオナードを引き裂いた悲しい事件とは一体?
その犯人、あなたに分かるだろうか……?
犯人は、すぐ傍に居る……。
――「「それな」」




