第44話:死の砦に散る
突然のジェシカの襲撃に驚いたのは彼女に先頭を任せてここまでの道中を進んできたフェルディナンドと女子生徒達一行だった……、斬り飛ばされたボルトが壁に当たりカランと落ちる音が響く中女子生徒達は互いに身を寄せ合って震えている。
「……」
対して鉄火場に慣れているクオンとノエルは実に落ち着いたものだったけれど、ゆらと立ち上がるクオンとそれに侍るノエルの眼光は鋭い、一切言葉を発さずただ自然と並び立つ。
先程までと一変した本気の色にクオンを見上げたラスクの尻尾が元気を無くして、どうしよう!?とフィオナの膝に顔を摺り寄せてくる。
フィオナはなるようになれとは、言わない、思わないけれど……。
「――ジェシカ……」
「大丈夫ッ!?何かされなかった!?」
「ソイツはなーんもしてないよー?……ねーえ?アタシら軽く散歩してただけだけれど……」
肩をひょいと竦めてから深々と溜息を吐くノエルは、ゴツ、ゴツと重い軍用だろうブーツの足音をさせながら斬り飛ばされたボルトのところまで行くとひょいと汚いモノでも持つかのように抓んで顔の横に持ち上げる。
「いきなりコレは、ナシじゃないかなー?」
「やめなノエル、私らが制服着てねーから"賊"だとでも思ったんでしょう?なぁ?」
クオンの言葉は言葉こそ落ち着いているものだけれど、腰に手を当てるような姿勢で腰に添える黒鞘の鍔留めの金具は外されているままだ。
もっとも、金具で留めていても飛来するクロスボウのボルトを座ったまま切り払えるのだから、クオンにとって鍔留め金具は鞘のアクセサリ或いは気分的なものなのかもしれないけれど。
「……じぇ、ジェシカ、あたしは大丈夫って言うかあたしもその、課外活動に……」
「フィオナ、大丈夫よ!私こう見えてチョー強いんだから!大方無理やり連れてきたんでしょうけれど……こんなところにフィオナ連れ込んで何するつもりだったの!【黒い三連星】ッ!!」
ジェシカは片手持ちのクロスボウを左手に持ったシールドの内側に収納しながら、フィオナに駆け寄って庇うように立ちはだかる。
「黒い?」
「三連星」
クオンとノエルは互いを指さして、お互いの服の黒さに呵々と笑って。
「なぁるほどなぁるほど……確かに私らは黒い……そっかお前、数も数えらんねぇのかあ?」
「死んだぞおめー」
クオンの眉間に皺が"ビキッ!?"と深く刻まれ、ノエルもその笑顔を作った顔から感情を抜け落とす。
黒い三連星、三人と来ればあと一人は勿論……。
(ウソでしょ!?ジェシカ!あんた【転生者】でしょ!?だったら『この二人に喧嘩を売りつつさらにヴァネッサ様を巻き込む』なんてどんなことになるかわかるでしょう!?どんなミラクルバカなの!?)
フィオナはと言えばラスクが飛び出さないように両手で抱えて持ち上げる。
すっかりクオンに懐いて彼女の事をちょっと心配そうに見ていた、本当にお利口なわんこである。
ちなみにフィオナは完全に丸腰だ、出るときなぜかグラントお父さんがめっちゃ困惑しながら硬いバゲットを一本渡してきたけれど、砦に来るまでに三人と一匹でゴリゴリと食べてしまった。
めちゃくちゃまずかった、これはもしかしてフィオナちゃんの武器だったんだろうか?と食後三人は首を傾げたものだったけれども……。
「なぁに、テメェは見てるだけでいいゼ、壁のシミが人の顔に見えるまでじっくり見てなさい?」
兎も角現状はその硬いバゲットよりもまずい、この二人は殺る気だ。
なお『課外活動申請』をすると学院から強力な[保護]の魔法がかかる、学院生徒は[保護]のおかげで魔物相手の実践修練なんてものができるのだ、そして学院制服の『タイ』はその効果を増幅してくれる他重要な効果がある。
この[保護]はちょっと魔物に攻撃された程度なら深刻な怪我をすることがなく、無制限ではなくその生徒の保有魔力と素質によって決まる有限なものなので学院生徒は『タイが欠損したイコール[保護]を抜かれた』と判断して撤退する。
タイの欠損後も増幅はされていないから多少は[保護]が乗ってくれるので安全マージンを確保できるというワケだ。
そんな強力な[保護]があるなら国民全員[保護]すればいいじゃない、と思われるかもしれないけれど。
・[保護]の有効範囲は『王領内』学院からの距離では?と言われているけれど不明。
・[保護]の有効対象は『王立魔法学院に籍を置く者』教員も対象。
・[保護]の有効期間はおよそ1~2日、『課外活動申請』を再度行わなければ無効化される。
という制限のあるこの[保護]は学院そのものの≪大結界≫同様の特殊魔法、当然現在も改良や転用の研究が進んでいるけれど下手に構成を変えて学院生徒を護れなくなってしまったら本末転倒ということもありなかなか……というのが現状。
なお[保護]を超えたダメージは普通に怪我に繋がる。
年に数人『行方不明』になる生徒もいる。
おお、しんでしまうとはなさけない……剣と魔法のファンタジー、甘いばかりではない。
おそらく先程の抜刀隊アンデッドの一閃などはそういう『行方不明生徒』を生み出すものだ。
その一閃ごと斬って捨てたクオンの一閃も[保護]をブチ抜く可能性は非常に高い……。
いきなりのジェシカ【DEAD END】退場、しかも理由が正面から喧嘩を売ったとは、ジェシカは一体どういうつもりなのか。
ちなみにクオンとノエルとラスクは当然[保護]無しである。
私服はおしゃれだけれど課外活動にはあまり適さないのだ……。
フィオナは元々ディランと行く心算があった故にしっかり[保護]が掛かって制服も着ている。
「あの、保護……」
「イラネェよ、気持ち悪ィんだアレ……ぜんっぜん滾らねぇ」
「あれねー、困っちゃうよねー」
との事で別にフィオナは二人を出し抜こうとした下水ではない。
二人はきっと特殊性癖かなにかだなと【残弾数】を8に減らしながら思っていただけだ。
フィオナは救いを求めるようにフェルディナンドを見やるけれども、頼りの第一王子は「こわいですぅー」「やーんあの黒い人ヤバヤバー」などとこの鉄火場に頭空っぽのリアクションをしている女子生徒たちの相手をしながらヘラヘラ笑っている。
(こいつ……ッッ!!)
思わずフィオナも"ビキッ!?"てしまいそうだ、自分に近づいて来たジェシカの事もこれから同期生殺害で王領騎士団に逮捕待ったなしの幼馴染も見えていないのか?
元々綺麗事しか言わない系の【攻略対象】だったけれど悪役令嬢ものの『世界の流れ』に呑まれてコイツに何があった?
今は確かめる術も熟考する合間もない。
「腕一本か首一つくらいでカンベンしてやるよ、ノエル、データ」
「ジェシカ・レイモンド、王都王城通りのレイモンド商会のご令嬢」
「そぉか!――……じゃあダブルでいっとくかあ!お礼状の用意も必要ですねぇ?」
「ちょ、ちょっとまってクオン!ジェシカも落ち着いて!」
「そう簡単にいくと思わないでよね!」
ジェシカが背中の剣に手をかけ抜こうと
――≪雷迅≫が狭間に迸った。
ジェシカ・レイモンド【DEAD END】、右腕と首を一閃され死の砦に散る。




