第43話:春雷
クオンの抜き放った刀閃はパヂッ!という雷光弾ける音を曳いて、即座鞘に収まる。
柄頭の飾り紐が踊らなければ抜いたことを視界に収める事すら困難という業だった。
「……ほう」
しかし放ったクオンの紫の瞳は剣呑を宿したまま、顔立ちだけは柔和なその表情を恍惚とさせている。
フィオナの耳には未だに【戦闘BGM】が鳴り響いている、まだだ、終わっていない。
「クオン!」
戦装束アンデッドが一閃に一刀を重ねる事で凌いだ事を察知したノエルが≪伽藍洞の足音≫を開いて苦無を素早く投擲する、一つ、二つ、三つ。
振り抜いた姿勢のアンデッドが眼前・踏み込み足の膝・頸の後ろに瞬間転移して飛来する苦無など常識的に回避する術はない。
だから、しない。
不死者は膝への投刃のみ足を下げる動作にて脛で受け、残りの致命など命無きその身で受けた。
不覚である、不死なればこそと投じたその一刃こそがノエルの本命、関節狙いであった、損傷こそ与えたが……大好きな幼馴染に楽をさせてはやれない。
「ラスク!お前はサガってろ……フィオナの傍に行きなさい、いいですね?」
その主命に不満と不死の武辺者に頭を低くして唸る勇、しかし、紫電宿る肩越しの一瞥を受けて愛する家族の元へと退き下がった。
お前のご主人そっちな?
「ラスクッ!」
駆け寄る丸くてモフモフの可愛い弟分が、姐御の命令だ、とわふと一つ吼えてフィオナの傍に侍る。
フィオナの目にはハッキリと【攻撃範囲】が互い一足一刀の合間を得た事を視認していた、膠着……詰めねば斬れぬ。
「……なんですか?またですか?まるでザイツ屋敷ですねぇどいっつもこいっつも……テメェ私の居を知ってやがるな?兄弟子」
"抜刀伯"の愛情は娘に最も強く注がれたけれど、多くの剣士剣客剣侠が彼に焦がれ教えを請うた、佩きモノの振り方くらいは目に留まった武辺に教えてやった。
そういった武辺者は西部方面軍騎士団抜刀隊に当然のように身を置く、クオンにとっては兄弟子という事になろう、何人もいる、何人も先を逝く。
抜刀突撃とはその散り様に満足を得るのだから。
クオンには確信があった、こいつは身内だと、そして満足しなかったのだ。
求められている、満足を、死のその先を。
「足らねぇって?欲しがりですねェ?"私"がそんなに欲しいのですか?」
クオンは仕掛けた、静かに。
送り足にて重心を下げ、ずいと左身を踏みに構える、鞘を差し出すような低い低い構え。
指運にて鞘支えつつ印を結べば、雷光を黒壇の魔鞘が纏って彩りを増した。
――希少魔統≪雷迅≫発動。
"私" を あ げ る。
"応" と武辺者の刀閃は師の娘に、キミに届けと振り抜かん。
……この恋は[春雷]に。
――転じて瞬雷
迅って刀身ごと逆袈裟に真ッ二つ。
死の娘が抜き収めた恋の魔法は刀線遺して未だ雷光を纏っていた。
ザイツ"抜刀伯"の"抜刀術"に"雷神"重ねた愛の結晶。
「これが"私"ですよ?持って逝きな」
恋口戻す鍔鳴りが華向けに鎮と鳴る……決着だ。
(……!?)
フィオナはコシコシと両手で目を擦って二度見、三度見。
もう【攻撃範囲】は視えない、【戦闘BGM】も聞こえない、"魔鞘・雷斬"の鍔留め金具を戻しながら、跳んだノエルとハイタッチを交わしている。
(え?距離感?え?)
もはや死閃の後も消え、その場に頽れた武辺者と刀身が二つになって転がるばかり、フィオナには確認のしようもない。
手前と奥を同時に斬るなど……バ獣の業か。
すっかり子分Cのラスクがシテテテッとクオンの元に駆け付ける、フィオナもそれに従って、戦闘終了の一過だ。
「よーしよしよし、なんだァ?おやつが欲しいのか?……オウ!!ノエルゥ!"オヤツ"持って来い!!」
「なーんか凶器要求してるみたいに言わないでよー」
そうは言いながらノエルは[空間収納]から購買で買って預かっていた包みをはいとクオンに手渡す。
ふとフィオナに気付きがあった。
「あ、ラスク」
「なんだ?ラスク、呼んでるぞ?」
匂いでわかる大好きなヤツを邪魔されて不満げにフィオナを見上げるつぶらな瞳、なんだよねーちゃん邪魔すんな。
「違う違う!それ、ウチのラスク、あれ?買ってたっけ?わたしの準備中?――まさか万び」
「購買で買ったンですよウスラトンカチ!あんのクッソババァ休息日の稼ぎが足りねぇとかほざきやがって、バカじゃねぇのか三倍額だぞ!?ママと呑み行く資金ですって良かったですね!?ありえないですよね!?ママの財布使えよ!?……ハハァン?私の財布削ってテメェの実家もメシが美味いわけですね?そうですね!?」
相変わらずクオンのゲージを溜める速さはばつギュんだ。
ラスクに手ずからラスクを授けてるけれど安定のうんこ座り。伯爵令嬢ですもの。
「クオるん……ヴァニィちゃんにせめて膝を揃えなさいってまーた言われるよー?」
ケラケラと陽気に笑うノエル、浅葱と瑠璃がいつもよりはっきり見える気がして、やっぱり持たざる者は可愛い子が多いよねとフィオナもつられて笑った。
死の砦に少女たちの笑いがほのぼの響いていた。
「良い運動になったねー」
「そうさなあ、御同輩までいやがるとはどういう仕組みだ?」
「魔物学的にはアンデッドの『発生場所』と『死に場所』に関係性は見られないんだって」
「……フィオナ……お前たまーにバカじゃないよな」
「さっきもいい反応だったよねー」
魔物学知識でドヤっていたフィオナの頬に冷や汗一つ、今はまさにいつか夢見た【黒い三連星】との共闘だけれど……。
(……ヤバイ、クオンはともかくノエルさんはまだちょっとわからない……)
「え?ええと私の位置からだと見えたって言うか」
「角向こうを?」
ゆっくり体を斜めに、小柄な体を折って下から覗き込むような瑠璃色に曖昧な笑みを返していると……。
そこへ。
「フィオナ!!大丈夫!?」
背後から投げられた快活な声はルームメイト、放たれたボルトが紫閃に弾け飛ぶ。
うんこ座りのままでも抜けるのね……クオン。
投げられた声と共に流れ始めた【戦闘BGM】は【通常戦闘テーマ1】
彼女と二人で一番よく聞く曲。
(嗚呼……みじけぇ夢だったナァ……)
ちょっとクオンの口調がうつってしまったフィオナちゃんである。
下水道が這い寄る、三番下水に入水するのはオマエか?
ジェシカ・レイモンドとフェルディナンド・サードニクスが、数名の女生徒と共に死の砦に課外活動に訪れた。
こいつぁ大変めんどくさい事になりそうだ。
刀恋は敗れて散った。