324 ダルカン商会
しばらく歩いて金ピカの建物にたどり着いた。建物と同じく金ピカの看板に刻まれた「ダルカン商会」の文字が目に眩しい。
冒険者ギルドに行く途中は遠くからだったので品揃えがよく見えなかったけれど、今度はさすがにバッチリ見える。店頭のショーウインドウには赤青黄色とさまざまな宝石を飾り付けた指輪や首飾り、腕輪等がずらりと並んでいた。どうやらここでは装飾品を販売しているみたいだ。
「冒険者ギルドから来た者だけど。依頼されていたランドタートルの血を持ってきたわ」
中に入りセリーヌが近くにいた店員に依頼書を手渡す。店員は少々お待ちくださいと言い残し、すぐに奥へと引っ込んでいった。どうやら店主は在店中のようだ。
俺は待っている間、店内の陳列台に置かれたガラスケースを覗き込むことにした。
中に展示されている装飾品は、店舗の外装は悪趣味なほどケバケバしいわりに、少し装飾がゴテゴテしているかな? 程度なのが意外といえば意外だ。ただし商品の傍に置かれた値札を見て、やっぱり金ピカの建物で売られているだけのことはあると納得もした。
「セリーヌ、装飾品ってずいぶんお高いんだね……」
どれひとつとっても俺の財布の中身程度じゃ買えないくらいに高い。特に興味もないのか、店内のソファーにゆったりと腰掛けていたセリーヌが答える。
「高いのは魔石を加工しているからでしょうね。ここにあるのはほとんどが魔石を加工した魔道具なのよん。見てのとおり見栄えも重視しているから、さらにお高いってのもあるけどね~」
「へえ、魔道具なんだ。例えばどんな効果があるの?」
「んー、そうねえ――」
セリーヌは席を立つと、ショーケースの中身について説明してくれた。
まずは魔力を増幅させる杖。セリーヌが持っている杖と似たようなものらしい。これは装飾が多くて高価だが、自分が持っている杖のほうが安くても性能がいいのだと言っていた。負け惜しみっぽく聞こえたのはスルーしたい。
次に魔力を貯めておける指輪。「この大きさの魔石(俺の小指の爪くらい)だと水魔法で酒樽一つ分くらいは貯められるかしら?」とのこと。
ほのかに光を放つだけの首飾りなんて物もあった。それになんの意味があるのかと尋ねたところ、ライトアップ効果で小ジワを隠したり色白に見せるためだと教えてくれた。パーティ好きの富裕層の奥様方には結構売れているらしいとか。
そうしてしばらくショーケースを眺めていると、人が近づく気配を感じた。
「これ、そこの小僧。貧乏人がウチの商品に近づくんじゃあありませんよ」
その声に振り返ると、そこにはガマカエルを潰したような顔の魔物が豪華な服を着飾り、俺を煩わしそうに見つめていた。あれ? 人の気配だと思ったんだけどな?
「フンッ、店の格が落ちてしまうじゃあないですか。ほら、そこのあなた、早く追い出しなさい」
ガマガエルが口を歪めながら、近くの店員に指示をだす。どうやら魔物だと思ったのはこの店の店主のダルカンのようだ。
まあお金も持ってないし冷やかしだったのは間違いないので、貧乏人の小僧と言われても仕方がない。ただセリーヌは機嫌を損ねたのか、露骨に顔をしかめる。
「失礼ね、この子は私の連れよ。まあ依頼書にサインを貰ったら言われなくてもお望みどおりに出ていくわ。ほら、さっさと中身を確かめてもらえるかしら」
そう言って革袋を突き出した。するとダルカンはセリーヌの上から下まで舐めるように眺め、何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「……おおっ、冒険者のセリーヌさんじゃあありませんか! あなたがこの依頼を? 領都に戻ってきていたのですね、ぐふふっ」
「ええ、ちょっとヤボ用でね」
「ぐふ、ここで会ったのも何かの縁。ついでに以前お誘いした愛人契約の件を引き受けてくださりませんか? ささっ、奥の部屋にどうぞ!」
「返事は前と変わらないわ。お断りよ。それよりさっさと依頼書にサインしてもらえるかしら」
「ぐふふっ、そのツレないところも魅力的ですねえ。いつかその美しい顔を淫らに染め上げたいものです、ぐふっ。……それで、そちらの子供とはどのような関係で?」
革袋を押し付けられたダルカンが軽く中身を確かめ、依頼書にサインをしながら俺をチラリと見る。
「もしや――」
「言っておくけど私の子供じゃないからね」
セリーヌが食い気味に答えた。その話題はいけない。しかしダルカンは気にせずに話を続ける。
「そうなのですか? いえ私は人妻も大好物ですから、セリーヌさんが人妻だと妄想するだけで――」
突然会話を止めたダルカンは数秒間フリーズし、プルプル震えながら再起動した。
「ああ、あああっ……! イイッ! むしろイイッ! イイじゃあありませんかっ! セ、セリーヌさんっ! やはり今すぐ愛人契約しませんか? 以前お話した三倍の額を出しましょう! ランドタートルの血も補充できたことですし、今夜は一晩中可愛いがってあげることができますよ!? ぐふっぐふふっ!」
顔を真っ赤にして口からヨダレを垂らしながら、ダルカンが身振り手振りを交えてセリーヌを口説こうとする。その様子にセリーヌもさっきまでの怒りを引っ込めてドン引きのようだ。
「絶っっっ対に御免だわ。それ以上近づかないでよね……。それじゃ仕事も終わったし私たちは帰るから。邪魔したわね」
口早に言い放ち依頼書をひったくるように奪い取ると、セリーヌはくるりと踵を返して店から出ていった。
俺もその後に続いたが、セリーヌの後ろ姿をねっとりと見つめながらグフグフと笑い続ける店主はなんとも気持ち悪かった。
◇◇◇
「――ふうっ、あーもう。気持ち悪いったらないわね」
防寒具を着ていても鳥肌は立つのだろう。両腕をこすりながらセリーヌが呟く。
「なんだかすごい人だったね」
「お金に物を言わせて、あちこちから愛人をかき集めているらしいわ。ほんと気分が悪いわね。仕事じゃなければ一言だって会話したくない相手よ」
吐き捨てるようにそう言うと、パンッと手を叩いた。
「はいっ、あの男の話はおしまいっ! それより冒険者ギルドに寄って報酬金を貰ったら、さっさと昼食を食べにいくわよ!」
むんずと俺の手を握り、セリーヌは肩を怒らせながら冒険者ギルドに向かって歩き始めた。よっぽど不快だったんだな。まあ気持ちはわかるけど。
俺としても、これっきりの関係のガマガエルの話を長々と続ける気はないし、さっさと切り替えたほうがいいだろう。セリーヌが一体どんな店に連れて行ってくれるのかと、期待に胸を膨らませたほうがよっぽど楽しいしね。
――報酬を貰った後セリーヌが足を運んだのは、領都で一番との呼び声が高いらしい巨大な酒場だった。
セリーヌはダルカン商会でのストレスを発散すべく昼間から酒をぐびぐびと飲み、俺もセリーヌのつまみを少しづつ貰いながらそれに付き合った。そして気がつけば日が暮れていたのである。
当然俺たちは満腹で夕食を食べることができず、夕食の準備をしてくれていた使用人の皆さんを呆れさせたのだった。
ちなみに余った料理はアイテムボックスに収納させてもらった。実家に帰ったらみんなで美味しくいただくつもりなので許してほしいと思う。
◇◇◇
そして翌日。俺はひっつめ髪の銀縁眼鏡メイド――マイヤと手をつなぎながら領都の中央大通りを歩いている。
突然マイヤが俺の腕をぐいっと引っ張った。
「おらっ、もっと道の端を歩け」
「あっ、ハイ……」
どうしてこうなった。事の始まりは朝食時に現れたトライアンの一言からだった。