STEP7-2 封印解除と浸水の儀
そうして、俺はここにいる。
灼熱の陽光の下、海に食われし崖のそば。
命宿さぬ砂の大地、変わり果てた故郷の真ん中に。
空に地に、果てなく砂が渦を巻く、侵入不能の地獄の前に。
俺の左には、ルナさんが。
右隣には、スノーが立っている。
すぐ後ろに控えているのはナナっち。
そして俺の前には、憂城の長とその介添え――カイルさんと、ゆきさんが。
全員『正装』だった。
ルナさんは『神樹の巫女』の清廉な純白の装束。
スノーは『芽吹きの女神』のひらひら愛らしい淡緑のドレス。
ナナっちは『ユキマイの勇者』の、神秘的な深青の装備。
カイルさんとゆきさんは、『砂漠の老賢者とその孫娘』の、威厳ある漆黒の装い。
(そう、プロジェクト本部はなんと、ギリギリでこの二人までデビューさせたのだ。おかげでネット上がまたとんでもないことになっているらしい)
そして俺は、グレーを基調としたカジュアルな何でも屋の格好……ではなく、神王としての準正装に身を包んでいた。
白、緑、青、黒。
全てを麗しくまとった壮麗なガーヴときらめく銀色の額冠は、在りし日の俺――
豊穣神サクレアがこの地でまとっていたものの、ほとんど完璧な再現だった。
カイルさんとゆきさんが、静かに進み出る。
手を挙げて、ろうろうと唱えれば、風はひときわ吹きすさぶ。
「ユキマイの地の“精霊”よ。
我が血と古き盟約をもって、今こそ命ず。
荒ぶる封印を解き放ち、我らが王を受け入れよ。
――王の名は、ヴァル=サクレア・ユキマイ。
この地の真の王にして、汝の真の主なり!」
ゆきさんとカイルさんの間をぬけて、俺は歩を進める。
言うべきことばは、胸のそこから自然にわきあがってきた。
「ごめんな、唯聖殿。
すごく長く、待たせてしまって。
やっと、帰ってこれ――」
とたん、うずまく砂の嵐が、こちらを向いた。
砂塵を含んだ風が、ばしばしと俺を叩く。
けれど、俺はそのまま立って、両手を差し出し、それをうけとめていた。
気付けば風は、やわらかく俺を抱いていた。
すっかりと晴れた視界には、開かれた門と、広大な前庭。
いくつものオブジェや、小さな建物。
その真ん中には、往時とたがわぬ、荘厳な石造りの宮殿がそびえていた。
それは、信じられない光景だった。
なぜって、ここは帝国崩壊時の戦いで、激しく破壊されていたからだ。
救出時に見た庭も、クレーターだらけのひどい有様。
不幸中の幸いは、そこに植えられていたはずの花々がなかったことか(当時起きていた渇水の対策で、庭園の維持はやめたという。花の季節が終わった後、新たな花を植えないカタチでの打ち切りだったと聞いてほっとしたのを覚えている)。
けれど今は、またしても花々が咲き誇り、水路をさらさら水が流れ、破壊されたはずの石畳や建物も、綺麗な形に整えられている。
まるで、魂の奥底に眠っていた記憶の再現。
驚きの波が引くにつれ、喜びがあふれてきた。
俺は衝動のまま、懐かしい庭に駆け込んだ。
この空気。このにおい。この色彩。
もちろん、当時そのままのものじゃない。
唯聖殿として再整備された後と、ユキマイ城として作られた、もともとの小さな城のそれに、現代の空気が交じり合い、溶け合い、渾然一体となっている。
あの花壇は、唯聖殿時代そのまま。
噴水はデザインをそのままに、あたらしい技術が入ってる感じだ。
足元の石畳にも、最新鋭の浸水素材のものがまじっている。
そして、あの大樹。
ユキマイ時代からそのまわりで遊んでた、でもあの戦いの時にだいぶ焼けてしまって泣いて謝った、けれどいいんだよと送り出してくれた、思い出の木がすっかり元気になって、枝を広げて待っていた。
俺はその幹に飛びつこうとして、足を滑らせすっ転げた。
足元の芝生は、優しく俺を受け止めてくれた。
ふしぎにおかしくて、うれしくて、ころころと転げまわれば、木漏れ日が優しく俺をたしなめる。
しばらくころげてあおむけに寝転べば、雲ひとつない、青い青い空がひろがった。
「たっだいま――!」
芝生の上、青空の下。
大の字で、胸を弾ませ、俺は叫んでいた。
* * * * *
そうして向かったのは、前庭の真ん中にある浅い水盤。
すでに清らかな水の張られたそこに俺は、はだしでそっとはいっていく。
真ん中まで来るとひざまずき、こうべをたれて両手を合わせる。
まずはルナさんが。彼女に助けられてスノーが。最後に大きなスイカほどもある水がめをもったナナっちが、同じようにはだしでしずかに水盤に入る。
俺は、城を右手に。スノーたちは、広大な庭園と、その向こうに広がる大地を右手に。
水盤の真ん中で向かい合えば、スノーが厳かに口を開いた。
「我、ユキマイの神樹『スノーフレークス』として、汝に問う。
汝その身を賭して、ユキマイの大地の化身としてあることを誓うか」
「誓います」
「よろしい。
我、ここに宣言す。
御身、ユキマイの大地の化身なり。
……いつの日も、我らを支え、護りたまえ。
立てるものに実りを、横たわるものに安らぎを。
日々、努めたまえ。
我『スノーフレークス』の半身として。
この地をつかさどる、大地の子として」
「努めます」
「ならば、受けたまえ。
まずは乾いたこの土地に、豊かな水の恵みのあらんことを」
ナナっちが俺の頭上に水がめを差し出す。
ルナさんがスノーを優しくだっこし、スノーはちいさな手を伸ばして、水がめを傾ける。
目を閉じれば、心地よいつめたさが、頭のてっぺんから降り注ぐ。
満たされていくのを感じる。俺の中、ずっと奥深くに眠っていた渇きが。
もっとも、こんな量ではまだ足りない。
この地を緑で満たすには、もっともっと水が必要だ。
水を抱くことのできるしっかりとした土が。それをはぐくむ生命が。
「――もっと、水を。水を抱ける土を。土をはぐくむ緑を。
緑をいつくしむいきものたちを、この地に」
決められていたはずのことばが、心からの求めとしてあふれ出す。
「もっと、水を……」ナナっちが唱える。
「水を抱ける土を……」ルナさんが祈る。
「土をはぐくむ緑を……」スノーがささやく。
「……緑をいつくしむいきものたちを、この地に」
この声は、誰のものだろう。カイルさんか、ユキさんか。それともサクか。
いや、違う。
こたえは、『全員』だ。
この大地と、この大地に立つものたち。
ここにはこられずとも、心を寄せるものたち。
全てが声を合わせ、祈り、いま誓い合う。
「この地を命の楽園に!」
そのとき『奇跡』が起こった。
前触れとてなく掻き曇る空、ふりそそぐ水、みず、ミズ。
幾千の如雨露を傾けたかのようなやわらかなスコールが、唯聖殿とその周辺をつつんだ。
それは、五分にも満たない短い時間。
しかしこのときユキマイ砂漠は、数千年ぶりの降雨を経験したのだった。
* * * * *
調査班に後を頼み、俺たちは例の『道の駅』まで戻っていた。
唯聖殿の封印が解かれたとはいえ、その設備が本当に使えるかはチェックが必要で、それには時間が必要だった。
そして、女性陣は身だしなみを、カイルさんは体調をちゃんと整えるためにお風呂が必要で、衣装は手入れのため可及的速やかに服飾部門スタッフに引渡す必要があった。
――と、いうわけで俺たちは、またしても『道の駅』の銭湯におじゃましていた。
でっかい湯船を満喫しつつ、サクが言うには。
「しかしあそこまで極端なことが起きるとは。
今回のお前の力、性格反映しすぎだろう!
前のときはいい感じに土の中から潤う感じだったというのに、まったく……」
はああどうしてこーなった、といわんばかりの物言いに、もちろん俺は抗議した。
「いやそれは水『かけた』から! ざばって頭からかけたからああなっただけでっ! ぜったい俺が雑なわけじゃないから!
だよなっ、ナナっち、カイルさん?!」
「ほっほっほっ」
「うーん……微妙」
いい顔で笑うカイルさん、微苦笑のナナっち。どっちも否定しやしねえ。
思わず“泡吹きスライム”になりかけた俺だが、もちろんナナっちは優しく引っ張りあげてくれた。
「でもいいじゃん。いい絵がとれたって、撮影の人たち喜んでたよ。
あれだけわかりやすい現象が起きれば、世界中のひとがお前のチカラを信じるようになる。
神さまとしてのチカラも、もっともっと集まるようになるよ。ね、メイちゃん」
「不埒な輩が増えなければいいのだが……。」
「いやそりゃーないだろ、女の子とかイケメンでもなけりゃ」
「……………………。」
とたん、二人はなんともいえない顔で黙りこんだ。
「メイちゃん、やっぱ俺できるかぎりサクやんについててあげることにするよ……」
「そうだな、頼めるか。スノーもまだ子供だし、そもそもこういう場所には一緒に入れないからな……」
「なに? なにどうしたの二人とも?
ねえ、なんでいろいろ悟ったっていうかあきらめた顔になってるの? ねえ??」
だが、二人ははあっとため息をつくだけ。
もちろんカイルさんは、微笑ましげに笑っておられるのみ。
なんだか釈然としないまま、話題は次に移ってしまった




