STEP7-1 ご訪問・七瀬本宅!(3)~もう、俺たちは戻れない~
昼食会が終わると一旦解散。
サクや、そのほか予定のある人たちは、少しずつ時間をずらして七瀬邸を出立していった。
俺はというと、ナナっちとスノーに連れられて、壮麗なお屋敷の中を案内してもらっていた。
いまは二階建てではあるものの、もとは木造平屋だったという。
閑静な住宅街の一角、もっとも地価の高いあたりに建つこのお屋敷、固定資産税は一体いくらになるんだろうとか考えるとめまいがする。
もっとも、このあたりはもともと七瀬家の領地だったそうで、その不動産収入はと考えると……
「黒字らしいよ、一応。
まあ、相続のときとかはそれでも大変みたいだけどね。
俺たちの代では、どうなるのかな。……
俺たちはユキシロ国に移住するつもりだよ。だから、このうちも、きっと売ることになるんだろうね」
ナナっちはさびしそうに、一本の柱に手を添えた。
すべすべとしたあめ色の、あたたかみある木の柱。
いったいどれだけの年月、ここで七瀬の一族を見守ってきたのだろうか。
俺もそっと手を触れれば、柱が黙って微笑みかけてきた。そんな気がした。
「移設とか、てダメなのか?
だって、いいうちじゃん、ここ」
「ありがと。
でもこのうち、木造だからね。
温度と湿度が違いすぎると、どうなっちゃうかわからない。
それに“あの”七瀬の屋敷だろ。
下手に放置したら、放火とかされる可能性もあるんだって。……」
「そっ、か……
いや、温度と湿度か。
それこそ俺たちの腕の見せ所だ。な、スノー?」
「そうよ。
緑化が進めば温度も下がるし湿度も上がるわ。
それにそろそろ、浸水の儀式だってできるしね!」
俺の着想を、力強くスノーが肯定してくれた。しかし……
「浸水の儀式?」
おれたちの声がハモった。なんだろう、それ。
「ほら、サキがサクレアだった頃……ってか、子猫の姿からひとの姿になったときのことよ。
サクレアは毛並みを川でぬらしては、畑に水を運んだでしょ?
サクレアはユキマイの大地の化身よ。そのサクレアがたっぷり水に浸って、心から水の恵みを願ったことで、ユキマイの地も水で満たされた。
それを神事として再現するの。
もっともあそこまでのことが起こせたのは、あの当時ユキマイの地下にいっぱい栄養があったからで、今のこの状況だと、ちょっとしたオアシスを作るのがせいぜいね。
それでも、そのほとりにこのうちを建てるぐらいはできるわ!」
「ほんと?!
俺、父さんにそれ言ってくる!」
言うが早いか、ナナっちはきびすを返して駆け出した。
「ちょ、兄さま……いっちゃった。
もーう、そのくらいちゃんと進めてあるわよっ。おうちにいる間にわたしがただ遊んでるとでもおもったのかしら!
そりゃ、母さまや父さまや兄さまや舎弟さんたちと、お手玉やおはじきやすごろくやおままごとや、鬼ごっこやゴムとびやEスポーツとかはやってたけどっ!」
「めっちゃ遊んでるじゃないですかい!」
両手を腰に当て、ぷんすこするスノー。ってか最後のEスポーツってのが異彩を放ちすぎているのは気のせいか。
だけど、その目はきらきらしてる。
「でも、スノーが楽しそうでよかった。みんなとも仲良くやれてるみたいだしさ」
「うん! 毎日とっても楽しいわ!
あのときはまだあまりうまく力が使えなかったから、この姿になるのが精一杯だったけど、これでよかったって思う。
だってこの姿だったら、こんなことだってできるんだもん!」
ちょろちょろちょろっ、とスノーは俺の体を登ってきた。
そして、ぽんっ、と肩に陣取る。
「えへへー。サキのかたぐるま、たかいたかーい!」
あたたかな子供の体温が、頭を気持ちを優しく包む。
「ほらほら、ご案内したいとこはまだまだあるんだから!
のんびりいそいでれっつらごーよ!」
小さな手がぺしぺし、やわらかく俺の頭を叩く。
「はいはい。どちらに向かわれますか、お姫様?」
「うむ、くるしゅうない! まずねまずね……」
* * * * *
家族の寝室と、客間は二階。
一階に応接とVIP会議室をかねた『奥の間』(俺たちがお昼をいただいた場所だ)、台所やお風呂など、生活に必要なスペースと、泊まり番の舎弟さんたちが詰める大き目の部屋、ご飯やちょっとした用事に使う部屋がある。
……というとシンプルだが、これがとにかく広い。
へたな温泉旅館よりも大きい、といえばいいのだろうか。
さらに敷地内には三つ離れがあり、ひとつは道場になっていて、もうひとつはおじさんの書斎となっている書庫。さらにひとつは特別なお客さま用の小さな家のようになっていて、ちょっとした台所なんかまであったりする。
それらを内包する庭なんかもう、ぶっちゃけ大庭園としか言いようがない。
これでも、だいぶ規模を縮小してある、というのだから驚きだ。
まあ、もともとはこの辺ぜんぶ七瀬の領地だったというのだから、それに比べれば……なのだが、咲也さんのような田舎モノからすればまるで御殿だ。
時折出会う七瀬家の人たちに解説してもらいながら全部を回ると、もうすっかりおやつの時間。
合流してきたナナっちと、ナナっちの肩に移動したスノーといっしょに、本館一階のお茶の間に戻ることになった。
「いやほんっとすげーなこのうち!
ナナっち、アパートで暮らしてて窮屈じゃなかったか?」
「ん、それほどでも。
むしろちょっと狭いとことか俺好きだよ。
だからほら、まえにサクやんち泊まりいったときさ、もーいっそ移住しよっかなって思ったもん。にゃんこたちもいるしさ!」
「マジ? くればよかったのに!」
「ほんとなー」
「む! いいなー兄さまー。よーし、きょーはあたしも兄さまとサキの部屋にお泊まりするー!」
「母さんがいいっていったらね?」
「むう……母さまだったらいっそとっこんできそうだわ……父さまもつれて」
「さすがにそんなに入れないからね俺の部屋!」
「つめればなんとかなるわ!」
「それは別の意味で俺が寝れなくなりそうですスノーさん!」
「むう……
やっぱ、サキは女の子への耐性がなさすぎだわ。
あたしがおっきくなるまでの間に、ちゃんとあたしの隣で寝れるようになるか心配……」
「ちょ?!」
あの、いま通りかかった吾朗おじさんが柱の影ですっごい葛藤してるんですが!
「そ、そ、その話は、また、ね、花菜恵がもうちょっと大きくなったらねっ?!」
ナナっちのナイスフォローで、なんとかその場は収まるかと思われたが。
「うーん……それじゃー今日は特別におふろいっしょに」
「それ以上いけないっ!!!」
――そんな騒動もあったりしたが(けっきょく風呂と就寝はナナっちと一緒しました)、そこからはまあまあ穏やかに過ごすことができた。
素敵な朝ごはんを頂き、七瀬本宅を辞するまでは。
送迎の車内で知らされた事態に、俺は手が震えた。
昨晩起きたのは、ジープの爆破事件。
幸い他への被害はなかったが、へたすれば何人か死傷しててもおかしくない、悪質な妨害だ。
ここまでも毎日何らかの嫌がらせは続いていたものの、この凶悪さは群を抜いている。
わかっていたとはいえ、足が震えた。
やらなきゃならないときがきた。もう、俺たちは戻れない。
「サク、やろう。
封印の解除と、浸水の儀式。
今日中に、唯聖殿を開城しよう」
『ほんとうに、いいんだな』
「ああ」
『わかった。
一度、本社に戻ってくれ。
ご家族への連絡も、できればいまのうち済ませたほうがいい』
「わかった」




