表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
咲也・此花STEPS!! 2~訳ありフリーターだった俺が伝説の砂漠で一国一城の『にゃるじ』になるまで!~  作者: 日向 るきあ
<後半>STEP4.王の帰還の、そのまえに

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/85

STEP4-0 唯聖殿での思い出~カイル、もしくは憂城甲斐の場合~

 ――くるべきときがきた、そう思った。

 思っていたより、早かった。そんなところまで、ぼくはダメだった。

 そんなふうに、ぼくは絶望した。


 なぜって、ぼくの目の前には、ずぶぬれになった貴人がいる。

 足元には、割れてころがる水差しが。

 そしてぼくが着ているのは、小姓のお仕着せだったのだから。


 * * * * *


 もともとぼくは、駄目な子だった。

 同じ施設の夜族の中でも能力はドンケツ。希少ブランチの『夜天族』であったため、その種を残すためにと“飼われて”はいたけれど、成熟して次代を残せば、そこでおしまい。

 そんな未来が目に見えていたぼくは、追加属性を持たされることもなく、当然封じ名もなく、酷い研究者には“あのカス”とまで呼ばれていた。

 おなじ夜天族のゆきお姉さんをはじめとした、夜族のみんなはやさしくて、亡き母さんからもらった名前を呼んでくれたけど。

 ……そのことだけがぼくの支えで、小さな小さな希望だった。


 ぼくたちの中で一番の傑作といわれていた『アズール』が脱走し、偉名王のもとで大陸統一を成し遂げた後、ぼくたちはまとめて城つきとして取り立てられた。

 といっても、やはりぼくはみそっかす。

 結局与えられたのは、サイズすら合わない、小姓のお仕着せだった。


 まだ子供だったぼくは、貴人の離宮での下働きを命じられた。

 そこはその人の子を生ませるためにと、ゆきお姉さんたちが自由を奪われ、作られたハーレムだった。

 それでもみんなは優しくて、ドジばかりのぼくをいつもかばってくれた。

 けれど、それのできないときは、いやおうもなくきてしまった。


 * * * * *


 忘れもしない、その日。

 廊下で水差しを運んでいたぼくは、とうのその貴人と鉢合わせしてしまったのだ。

 出会いがしらの衝突。対等な間柄なら、お互いにゴメンナサイか喧嘩するかで済んでしまう事故。けれどこのときは――

 ぼくはいつ始末してもいいみそっかす。

 相手はこの国に加護を与えし『神の子』サクレア様。

 もしもサクレア様がわざとぶつかってきたのだとしても、こいつがぶつかってきたのだと言えばそのとおりになり、たとえこの場で手打ちになっても、それをとがめるものはない。

 そんな絶対的な立場の差の前に、あるのは絶望だけだった。

 申し訳ございませんと必死で平伏しながらぼくは、戦場で幾多の敵を撃退してきたというそのチカラが、ぼくの命を奪いに降ってくる瞬間を待っていた。



「だいじょぶだった、カイルくん?」



 でも聞こえてきたのは、そんなことば。

 やわらかくて、あったかい、春の日差しみたいな声。

 思わず目を上げれば、いっそ女の子みたいにも見える、優しいお顔が目の前にあった。

 そのひとはぼくと視線の高さをあわせて――すなわち、ほとんど寝転ぶ勢いで、ぼくを気遣ってくれていた。

 それどころか、暖かなお手で、ぼくの頭を撫でてさえくれたのだった。


「ごめんね、僕がぼうっとしてたから。……

 けがはなかった? 治してあげるから、みせてみて?」

「あ、……あ、……」


 ぼくはただ、いうままにするしか思いつかず。

「『元気になーれ』!」

 差し出した手が、暖かい両手に包まれて。

 優しい言葉と暖かい光を浴びて、傷を癒されていくのを……


「ふふっ、ないしょだよ?

 あんまりこれやると、おこられちゃうからね!」

 いたずらな笑みとともに、同じチカラで水差しまで直してくれるのを、ただ呆然と見ているしかできなかったけど。



 ――そのときぼくはこの方を、心の主と決めたのだった。



 * * * * *


 あれから、どれほど経っただろうか。

 幾度もの転生の間、ずっとずっとずっと、我々はあの方を待ち続けた。

 ユキマイのほとりに骨を埋め、一族の秘密を、この方のための遺産を、生涯をかけ守り続けてきた。


 そしてようやく、待ちに待ったそのときが来た。

 始めて恋をしたときのように胸を高鳴らせ、いま、その人の待つ部屋へ。

 深呼吸して、震える足を励まして。

 ゆっくりと、開かれたドアをくぐった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ