STEP3-3 ~ハナノメガミノ、コイゴコロ~
そのまま武勇伝in湯船が始まってしまった。
朗々たるお声となかなかの話しぶりに、周りに人が集まってくる。
俺も思わず引き込まれたが、不意に後ろに引っ張られた。
「ほいほ~い子猫ちゃーん、そろそろミルクの時間だぞ~?
さ、おにーさんたちとあがろうな~?」
にぶい金色の長髪を手ぬぐいで包み、ニコニコ笑っているのはイザークだった。
ぴーかん晴れの、太陽のようなその笑顔。ひとっかけらも悪意がないのはわかる。
わかるんだがおい、それは語弊がありすぎだ。
「いや俺野郎ですし。成人男子ですし。
ミルクとかのみませんから。ええマジに。」
その瞬間イザークはすさまじいショックと落胆という表情で叫びを上げる。
「ええっ、湯上りフルーツ牛乳って大人ダメなの?!
腰に手当ててきゅーっと飲むの、楽しみにしてたのに……!」
いやべつにそういう意味じゃないんだが。これがカルチャーギャップというものだろうか。多分違う。
ともあれあまりの落胆ぶりに言葉を捜していると、いいタイミングで鹿目さんとナナっちがフォローしてくれた。
「いやいや、そんなことはないですよイザークさん!
俺もフルーツ牛乳大好きですし、元気出してください!」
「そうそう、こいつりんごジュース派なだけだから!
……サクやん、冗談じゃなくてそろそろ上がったほうがいいよ。
もう目が泳いでる。俺たちと一緒にあがろ」
「え、そう? じゃあ……」
正直、サクをおいていくのはいろいろと不安があった。だが、大丈夫だ、とのアイコンタクトを信じて、俺は風呂場からの名誉ある撤退にとりかかったのであった。
* * * * *
そしてここは脱衣所の外、番台と売店のあるおくつろぎどころ。
瓶入りのりんごジュースを飲み終えた俺はタオルをおでこに乗せ、ソファーで脱力している。
冷えてきた濡れタオルが、ほてったおでこに心地よい。
みんなのフォローはいいタイミングだった。あのままだったら、確実にのぼせていただろう。
「ありがとーございますかなめさんイザークナナっちー。さすがにおーさまがのぼせて全裸で運ばれたとかなったらあとあとまで恥ずかしかったし、ほんと助かりましたー」
「いえいえ~~、どういたしまして~~~」
壁ぎわのマッサージ椅子でぶるぶるしながらも、義理堅くかえしてくれる鹿目さん。
俺の隣のナナっちは、あったかい笑顔で言ってくれる(ちなみに手にはコーヒー牛乳)。
「サクやんなら大丈夫な気もするけどね。
だってサクやんは、カンペキでスキのない統率者タイプじゃなくって、みんなから愛されて支えられるほうのリーダーだもん。そのくらいならむしろ、親しみがわいていいと思うよ」
「お~~~よ~~~あんまハードルあげっとあとあときびしーぞ~~~そんなんボチボチでいーんだボチボチで~~~」
イザークは、鹿目さんのとなりのマッサージ椅子にかけ、めっちゃぶるぶるしまくっている。
どっから出してきたのか明るいグレーの浴衣姿、手ぬぐいまで首にかけ、手にはフルーツ牛乳のビンと、銭湯暦50年のおっさんもかくやのなじみっぷりだ。
「い、違和感ねえ……」
いや、鹿目さんはまだわかるんだ。
なぜ、なぜこうなったイザークよ。
「殿下はもうすこしハードルを上げてみてもよろしいのでは?
ストイックに努める男の姿は、乙女心に刺さるものですわよ?」
そこへやってきたのはティアさんだ。
白地にえんじの草の花をちらした浴衣をまとい、銀のバレッタで長い黒髪を上げたお姿。すばらしい。しっとりとして、実に麗しくていらっしゃる。
イザークの手から落ちかけていたフルーツ牛乳のビンをさっと回収した彼女は、俺の分のビンまで笑顔で返却しに行ってくれた。
彼女、最初に会った時こそちょっとこええと思いかけたが、なんのことはない。単にイザークがぶっ飛びすぎているだけで、彼女はまともでおしとやかで気の利く、優しいいい人だった。
こんな人が奥さんだったら、その男は確実に幸せじゃないかとさえ思うほどだ。
「いいなイザーク、あんな素敵な人に……」
思わず口から出ていた。
サクから言われたお側仕えの話、相手が相手だけに断ってしまったが、これを見ると実にいいものだと思う。やっぱり、ハナシだけでも生かしておけばよかったか……
なんて、考えた俺が馬鹿だった。
目の前ではいつのまにか、ゆあがりムームー着用の天使がおかんむりだった。
「サ~キ~? まーたきれーなおねーさんにでれでれしてー!
サキはやっぱりおっきいおねーさんがすきなの?! それともやっぱり兄さまみたいのがタイプなの?!
そろそろはっきりしなさい、このでれでれにゃんこめ!」
「ちょっとまって?!」
俺は必死に跳ね起きた――いまあなた大変なこといってますよスノーさん。
ここでなんと答えても俺は大変なことにしかなりませんよ女神さま?!
衆目のさなか、俺はどっと嫌な汗が吹き出てくるのを感じていた。
ナナっちが仲裁を試みてくれるが、スノーは聞く様子がない。
「は、花菜恵、ちょっと、ね、ちょっとおちついて……」
「いーや!
はやくこたえてサキ。あなたの返答によってはあたし、この場でおっきーおねーさんかおにーさんに変身するんだからー!」
「ちょっとまてぇぇぇ?!」
のたまわるスノーの手には、売店で買ってもらったと思しきアレ――『ツイネク』に出てくる変身魔法少女の変身ペン(をかたどったチョコ菓子)が握られている。
それを見た人たちは、ああ、お兄さんを相手に変身ごっこあそびなのね。と暖かくスルーしてくれたのだが、俺にとってはそれどころじゃない。
すでに一度、スノーは俺たちの目の前で変身しているのだ。
赤ん坊から、一気にこの姿まで。
そう、スノーならやる。絶対にやれる。
だが、どうしたらいいんだろう。
たとえば、燃え落ちるスノーフレークスの大樹の中に見えた『雪の天使』。
今のこの、怒る顔すら愛くるしい『花菜恵』。
俺にとっては、どちらも最高にいとおしい。
どちらがいいかなんて、そんなものは決められない。
そう、まんいちスノーが男になってたところで、俺はきっと、スノーを愛せる。
だって、俺が惚れたのはあの、小さな花の姿のスノーなのだから。
もちろん、月明かりの中凛々と立つ、神樹の姿もいまなお忘れがたいが。
でもうっかりそんなこと言ったらどうなるか、俺にはまったく見当がつかない!
場合によっては、この道の駅が全壊する事態も覚悟せねばならない!!
いくらボケボケ系キング(仮)ったって、そいつはフォロー無理すぎる。
どうする、俺。どうすればいい?!
「ん~じゃ~さ~日替わりで変身してみたら~?
サキはお前にほれてるぞ~。完全夢中の首ったけだぞ~。
どんな姿でも愛が深まる未来しかみえねえな~、俺なんかは~」
脂汗をたらしてうなっていると、ナイスタイミング。脱力しきった声がフォローしてくれた。
「イザーク!」
「イザークおにいちゃん……!」
「だがなあサキ~。えっちは大人になってからだぞ~。いくら同意があってもおこさまあいてはNGだぞ~。まあサキはだいじょぶとおもうがねんのためな~」
「アンタは酔っ払いの親父かいっ!!」
フォローはすごくありがたかった、ありがたかったがおあとがよろしくない。
真っ赤になって突っ込めば、周囲は笑いに包まれた。
「そうなの? サキ、わたしの姿はどれでもいいの?
わたし、この姿でサキが不満になったりしないか、それが、しんぱいで……」
ムームーのすそを両手でつかみ、涙目で俺を見上げるスノー。
不満なんかあるもんか。俺は床にひざをつき、健気な恋人をただぎゅっと抱きしめた。




