STEP6-4 ~親父の責任・2~
「よし。いまからスノーフレークスを『誕生』させる。
ナナっち、七瀬の皆をまとめて、第一波として『八番目の力』の制御を試してくれ。
さっきやってた、アレだったら多分できるはず。
もしも初激でいなしきれずとも、その分は俺たちにリレーしてくれ。
俺たちが一旦バイパスになって、ナナっちたちの回路の負荷を軽減させる。
そうしたら、リトライだ。それならできる。絶対だ。
……えっと、複数人数でのチカラの回路の構築法とかって、わかるか?」
「ん、さっきやったし大丈夫。サクやんは?」
「実は……」
はい、えらそー言ったけどホントはよくわかりません(てへぺろ)!
「サキは今も昔も独走野郎だからな!
今回はわたしが主管する。みんな、やれるな?」
「もっちのろんさあ!」
「はいっ!」
「余裕だね!」
シャサさんが、渡辺さんが、しあなが。
この場のユキシロメンバーたちが、口々にYESを返してくれる。
「そういうことだ。サキは吾朗殿を支えつつ、見て覚えるように。
――帰ったらきっちりテストするからそのつもりで」
「サクさん笑顔怖いっ!」
「優しくしてほしければ死ぬ気出せ。」
くっそ、なんてスパルタな教育係なんだろう。まあそれは後にしよう。
俺はヤツに向き直った。
「で、アズール。スノーフレークスの誕生、やれるのか?
まさかいまさら無理でしたはありえねえよな?」
「あーあさっくんかーわいくねーのー。まあいいや、ソーマちゃーん」
奥の扉に向けて呼びかければ、すぐに蒼馬さんが出てきた。
緊張した面持ち。ずっと様子を見ながらスタンバイしていたのだろう。
「……やるのか」
「おう。
あれ、もしかしてー、ひとりじゃ不安だったりしちゃう?」
「っなわけねーだろ!」
「へ~~~え?」
「な、なんだよその顔! いいやお前には突っ込まない俺はやるから!」
なんか意外と、ほんとに兄弟っぽいノリで言葉を交わし、蒼馬さんは壁際のコンソールへと向かっていく。
ご挨拶は大切だ。俺はその背中に呼びかけた。
「あの、蒼馬さん。よろしくお願いします!
この子、俺のその……婚約者なんです。無事に生まれさせてやってください!!」
「?!」
蒼馬さんの背中に呼びかけると、彼は驚いた様子で振り返った(となりでアズールが吹いているが、ここはスルーだ)。
「……
あ、その、はい。えっと此花……さん」
「咲也でいいですよ」
「…… うん、咲也。
俺も、亜貴で」
見た感じ同年代だし、かたくるしく緊張されるのもなんだから、とそう言ったら、ちっちゃくにこっと笑って思っきしフレンドリーになったぞこのひと(うれしいけど)。
独特の距離感のもちぬしなのだろう。でも俺にはわかる、この人はいい人だ。
「……さっくんのたーらしー」
「お前が言うか!!」
アズールの人聞き最悪な突っ込みをばしっといなして、亜貴はてきぱきと作業に入った。
「咲也。10カウントで生まれる。いいかな?
あと、水槽は触らないで」
「了解。カウントダウンしてもらえるか。やばそうならストップいうから」
「OK。――オペレーションバース、最終工程、スタートします」
そうしてそれは、始まった。
「ウブゴエパルス準備OK。人工羊水の正常排出開始を確認。
サーモスタビライザ、酸素濃度スタビライザ、人工羊水循環システム停止。
バースアウトカウントダウン、開始します」
亜貴の澄んだ声が、カウントダウンを進める。
俺たちはみな神妙に、その瞬間を待つ。
「――3、2、い」
だが。
アズールがぽん、と、何気ない様子で亜貴の頭に触れた瞬間、全てが停止した。
ぎちぎちと音がしそうなほど、ぎこちなく振り向く亜貴。
「……や」
その顔は、恐怖と絶望に引きつっていた。
亜貴はどさりとしりもちをついた。
そのまま、あわあわとアズールから離れようとする。
しかし、腰が抜けているのだろう、うまく後退することができない。
「やめ、あず、だめ、やだ」
先ほどまでの、沈着で頼もしい若き科学者はどこへやら。
いたぶるように距離をつめてくるアズールに、半泣きで許しを乞うている。
「おに、おに、おにい、ちゃん、だよ? おれ、あずさ、の、……」
明らかに異常だった。
サクが怒声をあげる。
「おい貴様、何をした?!」
「んー? ちょっとした記憶操作ー。
『俺』がおにーちゃんと“はじめて”会ったときのことを、ちょっとね。
ふだんからこんなハデにブッ壊れてられっと使い物にならねえからさ、いつもはぼやかしといてるんだけど、それをひょいっ、と」
アズールが軽く指を振っただけで、亜貴はおびえて息を呑む。
やつに何をされたのだろう。それはわからないが、酷いことには間違いない。
その記憶をわざわざ引っ張り出すなんて、外道にもほどがある。
「お前……ひどいことするんじゃねえ! それもいまさら!!」
それになんだ、いまさら往生際の悪い。俺は二重にぶちきれてヤツを怒鳴りつけていた。
「いまさらって、誰がいつどこで邪魔しません宣言した?
てめえらの油断だよ、甘ちゃんどもが」
「この……!」
確かに言うとおりだ。俺たちは全員、ヤツが減らず口をつぐんだことで勝利確定と思い込んでいた。
だからといって、納得はしてないが。
チーム・ユキシロが、七瀬のひとたちが、ヤツをにらみつける。
なかでもサクから立ち上る殺気ときたらすさまじく、ほかの全員を足して10かけてもまだ足りないほど。
それでもヤツはどこ吹く風。巧みにコンソールの下に追い詰められ、逃げ場を失った亜貴を、引き寄せようとする。
「さーて、おにいちゃん。あっちでいいことしよっかー? いいっていいって、おともだちにはうまーくいっといたげるから☆」
「ひっ……!」
行ってあげなされ。そう、吾朗おじさんはうなずく。
そこへ響いてきたのはしあなの、冷たいほどに冷静な声だった。
「お取り込み中ごめんよ、さっくん。
このままだとスノーフレークスが危ない。出生シーケンスだけ先行してかまわないか」
すると、アズールは明らかに馬鹿にした様子でのたまわる。
「ほぉう? おじょーちゃん、このキカイがわかるのかい?」
「天才美少女なめんなよ?」
「へーそうかいそうかいだったら」
どむ、とコンソールの一部が火を噴いた。
「このてーどのハンデはものたりねえかなー?
さーて、どーするもふにゃんこ王。
かわいい亜貴ちゃんを助けてやるか、元カノとおんなじ名前をつけられたオトモダチの妹ちゃんを助けるか。
どっちかひとつだ。
亜貴ちゃんを選んだら俺はこのコンソールをぶっ壊す。
コンソールを直すってなら、亜貴のココロをぶっ壊す。
こいつが知る限りの最悪を、100掛けしてドタマにぶち込んでやる。
ああそーだなー、お前とナナちんがまとめて俺のものになるってなら、両方返してやってもいいわ。
さて、どうする。トロトロしてっと両方死ぬぜ」
「っ……!!」
かたや、人工羊水を失った水槽の底に横たわるスノー。
かたや、アズールの腕で首をホールドされ、歯を鳴らして震える亜貴。
このまま何もしなければ、スノーはどうなるかわからない。
だが亜貴をそのままにしておけば、恐怖のあまり舌をかんでもおかしくない。
そのときだった。
「ふたりとも、歯を食いしばれ!」
奥の扉から、どこか聞き覚えのある声がした。
それがばん、と開くや否や、ひとりの白衣が飛び込んでき、アズールにタックルをかけた。
完全に不意をつかれたのだろう、アズールはしりもちをつき、亜貴はその隣に倒れこむ。
不意をつかれたのは俺たちもだ。ぽかーんと口をあけてしまう。
だが、驚きは終わらなかった。
息を切らし、白いものの混じった髪を振り乱し、鬼気迫る様子でその人は――
亜貴によく似た白衣の中年男性は、アズールにむけて叫んだのだ。
「やめなさい梓っ!
殴るなら、お父さんにしなさい!!」




