STEP6-2 ~優しい七瀬に~
画面の中、ナナっちは戦っていた。
その動きは、この間よりずっとスムーズで、ずっと力強く、見ていて実に惚れ惚れする。
身にまとった青緑の燐光と見えたものは、どうやらパワーのこもった水のよう。
それを利用してナナっちは、滑り、受け止め、攻撃を放つ。
イツ兄さんも似た戦法を取っていたが、攻撃と、一部防御の補助に使う程度。移動力の差はフットワークで、そのほかは体力と体格と経験で、それぞれ補っていた。
理由は明白。扱える水の量が、その根底にあるパワーの総量がそもそも違うのだ。
これは確かに、かっこいい。まるっきり、能力バトルアニメの主人公のようだ。
ナナっち自身もその性格にたがわず、優しそうな、どっちかというと可愛い見た目をしている。これが特撮ドラマだったなら、絶対ブレイク間違いなしだ。
だが。ふと気がついた。
よくある展開では、このあと主人公は祭り上げられつつも避けられて、しまいには生まれた土地を去ることになるのだ。
ナナっちは勝つだろう。勝って、ヒーローになる。でも、その先は?
この様子は、動画サイト経由で公開されてる。ナナっちの友達も、当然それを見るだろう。
そうしたら、かれらは?
サクがそっとささやいてきた。
「奈々緒が心配か?
なら、守ってやればいい。本当にそれが、必要になったらな。
ユキマイ国は、それのできる場所だ」
「でも……友達、減っちまわないかな……」
「そうなったなら、それだけの関係ということだろう。
あいつは、全てを知り、その上であいつを受け入れる、新たなよき友とあればいい。
……俺たちがもっと側にいてやればいい。違うか?」
『イツにい!』
そのとき、画面の中のナナっちが叫んだ。
イツ兄さんは黒スーツもあちこち破れ、肩で息をしている。
清流の青の瞳の焦点もあやしく、もはや精神力だけで立っている、そんな状態のようだった。
もっとも、ナナっちの消耗もかなりのようだ。着ていたパーカーもボロボロで、もはや服というよりボロ布に近い状態になっている。
『もうやめよう、これ以上したらイツにいのチカラが切れる。
もうこれ以上は、命にかかわるよ!!』
『俺も……七瀬の男だ。七瀬の大義のため、親父様のため……命を賭して戦うと誓った!
俺を、止めるなら。……妹を救いたいなら、チカラで俺をうち倒せ!!』
『イツにい……!!』
『来ないならこちらから行くぞ!
七瀬の加護よ、俺にチカラを!!
他には何もいらない! 俺たちに、未来を!!』
『イツにい――!!』
イツ兄さんが天に手をかざし、叫べば、足元のアスファルトがばっくりと口を開けた。
まるで、地獄の口のように。
同時に、海が、飛び出した。
シロナガスクジラでも飲み込めそうなその亀裂から、いや、そんな隙間では狭すぎる。そう主張するかのように、轟音が水が吹き上げる。
高層ビルもかくやの高さまで達した水塊はそして、重力のチカラで一直線。
煙る怒涛となって地表へ――ナナっちのもとへと落ちていく!
これはもはや滝、それも特大級のヤツだ。完全にヤバい。
『逃げてください――!!』
ロク兄さんが叫ぶと、わらわら逃げ出す周りの人々。
ロク兄さんはどうやら、この二人の戦いで周囲に被害が及ばないよう、バリアを張っていたもよう。
だが、その顔はいま真っ青。どうやら、防ぎきれなそうなようすだ。
これは捨て置いちゃいけない。俺は両手を組み合わせ、ふたりにチカラを送り始めた。
いちおう俺は、二人の守護神でもある存在だ。ここでやらずしてどうするか!
『ここはわれらに任せてくだされ、ユキマイの大地のいとし子よ』
『奈々緒なら、きっとやってくれますわ。だってわたしたちの子孫ですもの』
だがそのとき、脳裏に声が響いた。
威厳に満ちつつ、どこまでも優しい男女の声。
それらがつむぐ力強いことば、包み込むようなあたたかな気配に、思わず、チカラを止めてしまう。
それでも完全に心配をぬぐいきれない俺だったが、すぐにそれが杞憂と気付いた。
『だいじょうぶ! ロクにい、俺に手をかして!』
『わかった!』
ナナっちが手を伸ばし、ロク兄さんに呼びかける。
ロク兄さんがこたえて手を触れれば、ナナっちはしっかりとその手を握った。
『お願いします、俺たちの中のやさしい七瀬。
誰も何も、一滴も犠牲にしたくない。
チカラをください。皆を守り、本当の幸せに導くためのチカラを!!』
そしてナナっちから響いてきたのは、熱い魂の叫び――ではなかった。
『イツにいは、俺たちを守るためにと戦ってきた。
それは、ハジメにい、ソーヤにい、ミズにい、シオにい、おやじおふくろ。
それだけじゃない、七瀬に連なる皆おなじだ』
『でも、そのために犠牲を出すのは、やっぱり違う。』
『スノーフレークスだけじゃない。
ファミリーメンバーの子供たち。まわりの人たち。
みんなみんな、傷つけられちゃいけないんだ』
『守るためにと、自分から刃を向け、傷つけてはいけないんだ』
――それは、心に直接響いてくる、優しい祈り。
『むかし。七瀬ができたばかりの頃。
七瀬といえばみんなの憧れだった。
町を歩けば、大人たちは笑顔で声をかけてくれた。
子供たちは追いかけてきて、遊ぼうよ、お話聞かせてとじゃれついてきた。
なにかあっても、七瀬がくれば大丈夫と、みんなみんなが信頼してくれた』
『それなのに今は……
何の罪もない小さな子まで、七瀬の子として怖がられ、避けられている』
『こんなのは違う。こんなのは、ホントの七瀬じゃない。
戻ってほしい。皆を支えて守って、笑いあってたあの頃に』
――あの日俺に語ってくれた、ナナっちの願い、そのものだった。
『今の七瀬は生まれ変わらなきゃいけない。
そのために必要なら、一度崩壊してでも。』
『そのために、生まれて来いよ、俺の妹。
お前の力が暴走する? そんなことにはさせない。俺が守るよ。
お前のことも、七瀬のことも。そしてまわりの皆のことも。
それができること、俺たちで証明しよう。
だから、お願いだ。
皆の中のやさしい七瀬。今は俺に、チカラをください。
この難局を乗り切って――みんなで笑える未来のために!』
時間にすれば一瞬だったろう。
しかしそれは、ふかくふかく、俺たちの心に染み渡った。
そして、優しい祈りをつむがせた。
俺たちの想いを集めた二人から、あたたかな虹色のひかりがあふれる。
どこまでも高くのぼってゆくそれは、落ちてくる怒涛に触れると、全てを優しい雨に変えた。
虹色の雨が降り注ぐ。ナナっちに、ロク兄さんに、チカラを使い果たし、倒れ伏したイツ兄さんに。
ふしぎなことにその『雨』は、地に降ればそのまま浸透し、水溜りのひとつも残さない。
七瀬の三人に触れたそれは、みるみるダメージを癒していく。
激しい戦いでついた無数の傷、蓄積した疲労、それらが全て、洗い流され、清められ、優しく満たされていくのが、動画越しにさえ伝わってきた。
それを見て俺は、素直に信じていた。
「……そうだな、サク。
ナナっちなら、きっと大丈夫だ。
ナナっちならきっと、こんなとんでもなくでっかい優しいやつなら、きっと友達減らずにすむよ。
それでも万一減っちまったらさ、俺たちで一緒に飲み行こう。目いっぱい楽しくさ」
「異議なしだ」
サクはにっ、と、やんちゃな顔で笑いかえしてくれた。
そうして、癒しの雨がやんだ後。
ナナっちの腕の中、イツ兄さんが目をあけた。
『奈々緒……?
なんでここにいるんだ?! まさかお前まで、死んでしまったのか?!』
『生きてるよ。俺もイツにいも、ロクにいも。
皆無事。皆大丈夫だ』
『おれ、は……生きて、いるのか?
全ての力を、使い果たして……俺は死んでいるはず。
もしかしてお前が、チカラをくれたのか?』
『ううん。
イツにいを癒したのは、イツにいと“七瀬”自身だよ。
俺は、イツにいが呼び出したチカラを、癒しと守りのチカラに変えただけ。
イツにいのホントの願いをカタチにしたんだ』
『俺の……』
『イツにいだって、ほんとは傷つけたくなかったんだ。
スノーフレークスを。ももかちゃんよりずっと小さい、俺たちの妹を。
だからこの戦いで、力を使い切り、死のうとした。
でも、死にたくもほんとはなかった。
生きて帰って、ももかちゃんとゆりかさんと、幸せに暮らしていきたかった。
その願いがあったから、今こうして生きてるんだよ』
『……!』
イツにいさんは、は、と息を呑んだ。
その青い瞳に、ふわりとにじむものがあった。
いつのまにか二人の周りには、七瀬の一同が集まっていた。
皆、青の瞳を潤ませて。
すでに、スーツの袖で目元を拭いているものもいる。
『いこう、迎えに。
俺たちの妹が生まれてくるよ。
俺たちで守ってやろう。古い七瀬の呪縛なんかぶっとばしてでも。
そして、戻ろう。もとの、やさしい七瀬に』
『……いいのか。
あの子を殺そうとした俺たちに、そんな資格があるのか……』
『だめならスノーさんにかるーくネコパンチしてもらお。
優しい、いい子だよ。きっと兄貴たちのこと、許してくれる』
『……ああ』




