STEP6-1 ~ダンジョン最深部でくつろぐいろいろやばい大魔王は勇者パーティーそっちのけで動画をガン見しているようです~
国立東雲研究所――
その地下に眠る研究所の、さらに最深部たるバイオラボ。
そこは朱鳥の闇を司る、人工の秘境。
しかしそのドアはしごくあっさりと開いた(しかも自動で)。
そしてそこには信じられない、もっといえば何かがおかしい光景が広がっていた。
ほとんど赤ん坊の姿になったスノーを収めた、円柱型の水槽。
これはおかしくない。
どっから運び込んだのか、巨大なシアターセット。
これもまあいい。
シアターセットの前に置かれた、よさげな黒革のソファーとガラスのローテーブルのセット。その脇には黒髪に白衣の青年(なんかすごい苦労人オーラをまとってる)がひとり控える。
いやこれはまだ、そんな致命的におかしくはないのだ。
問題は、ソファーにふんぞり返る極悪野郎、お前だ!
先日同様黒のパンクファッション(グラサン装備)でアズールは、ばりばりと音を立ててしょうゆせんべいをかじっていやがる。
ご丁寧に、テーブルには湯気を立てる湯飲みがひとつ。
「なんでだよっ!!」
おかしい。これはラスボスのあるべき姿として何か、そう何かが致命的に間違っている。
俺は全力で叫ばずにはいられなかった。
ソファーの前方たっぷり3mほど先に設置されたどでかいスクリーンには、東雲ライブカメラ(門前)の画像が映っていた。
そう、勇ましく戦うナナっちと、イツ兄さんの姿が。
まわりの者たちは距離を置き、静観している様子。どうやらナナっちはイツ兄さんに、一騎打ちを了承させたようだ。
それを画面越しに眺めるアズールのやつはというと、完全に俺たちに横顔を向けたまま。
まるでご自宅の居間にいるかのように、至極のんびりとくつろいでおられる。
「おーきたきたー。予想よかちょっぴり遅かったねーお疲れさん。
まーま、座ってお茶でも飲んでけや、いまいーとこなんだから」
「はあ?」
そうしてなんだか、間延びした声をかけてきた。
もし、ダンジョンはいってラスボスがこんなんだったら勇者とか絶対困る。ていうか俺もいま絶賛困惑してる。
あの極悪外道野郎が、緑茶すすってせんべいばりばり。いや、ダメとは言わないけど、超絶似合わないだけなんだけど、これでさらにジャージとか着ていられたら俺は完全に戦意喪失していただろう。
「っていうか、なにやってんだよお前……」
必死で気持ちを引き締めながら、それでも聞かずにおれず問いかけたところ、ヤツは脱力したような調子で答えてきた。
「ナナちんの観察ー。
いやー、カッコイイねェマジに。
吾朗ちゃんちで会った頃は、軟弱で役立たずでどーしょもない、ひたすらカワイイだけの使えねぇくそガキだったのにさ……」
「おい」
世間一般が見るいまの七瀬を一言で言えば、恐怖を振りまく嫌われ者集団だ。それを嫌がっていたナナっちを軟弱扱いとは、たとえ友じゃなくても黙ってられない。
「あの、お茶、どうぞ」
だが、そのときかけられた遠慮がちな声が俺のテンションを沸点以下に引き下げた。
振り返れば、さっきの白衣の青年が、お盆に人数分の緑茶を載せて立っていた。
朱鳥人に典型的な、黒髪黒い目黄色の肌。瞳は少し、青みがかっているか。
見た感じ、清楚で、まじめな人のよう。歳は俺と同じくらいか。色白で、ちょっとはかない感じもする。たぶん研究室にこもって、あまり外に出ないのだろう。
かつてのロク人さん同様に、苦労人オーラをまとっているとこには同情をかきたてられた。
まあ、とりあえずはお茶をいただこう。
せっかくお出ししてくれたのだし、ちょうど喉も渇いていたから。
「あえっと、どうも、いただ」「そこにおいておいてくれ。
適当に飲む。下がっていいぞ」
と思ったらぴしゃっとサクが阻止した。ご主人様然とした口調で。
これから始まるバトルに、一般の研究員さんを巻き込んだらかわいそうだと考えたのだろう……だが、いくらなんでもその言い草は失礼だ。
「おい、サク」
「あっ、ああ。
……すまなかった。つい、ぴりぴりとしてしてきつい言い方をした。
もてなしをありがとう。感謝する」
今のタカビーはどうやら、警戒からのうっかりだったらしい。俺に言われて白衣さんにごめんなさいありがとうしたはいいが、返す刀でサクは俺を叱ってきた。
「だがサキ、お前は人から差し出されたものを軽々しくなんでも飲み食いするな。
まったく、お前はほっとくと危なっかしくてしょうがない。子猫だってもう少しマシだぞ」
「俺の扱いひどくね?!」
「事実だろう。違ったか?
現に最初に社食でおごると言ったときお前は」
「違うもんっ! それ『カリスマ』のせーだもん! そうだ絶対間違いない、だって俺野郎にメシおごられてほわほわなんかしないもん! きれいなお姉さんならまだしも!」
……まあ、確かになんか、フラグっぽい感じもしないでもないのだが。
これはあれだろうか。このお茶を飲むと大変なことになるとか。
この人の様子を見るだに、そんな感じはしないんだが。
退場を命じられてしまった気の毒な白衣青年は、お茶をテーブルに並べ終わるとちょっと困った様子でアズールを見る。
「そーだな、下がってていいぜソーマちゃん。片付いたら呼ぶわ」
「…… わかった」
アズールはひらひらと手を振り、ソーマと呼ばれた青年を下がらせた。
あとにはガラステーブルの上で、湯気を立てる緑茶が人数分。きちんと茶たくに載せられ、お茶請けのおかきも添えられている。うん、確実にいい人だなあの人。間違いない。
「あの人は……」
「あー、やつは蒼馬亜貴ってんだ。俺のおにいちゃん兼恋の奴隷」
「ぶっ?!」
はいフラグ回収! あのお茶飲んでたら完っ全に吹いてたよ!
なんか渡辺さんはじめ数名がすっげーテンション上がってるけど、うん、俺は平常心で行こう。俺は王様兼クールな男を目指すのだ。いまのはノーカン。そうノーカンだ。
「貴様に、兄、だと……?」
俺の隣で、別ベクトルでテンション上がってる男――サクが問う。
「あー、偽装だよもちろん。蒼馬のチカラで戸籍まで作ってもらっちゃって、助かったわー。
だから俺もあいつのことは、それなり大事にしてんだわ。奴だけは俺専よ」「黙れ下郎め」
サクがいつのまにか俺の前で、すごい気迫で仁王立ちしてる。
「これ以上、その下劣な言動で我が主の見る世界を汚すのであれば、貴様の遺灰でそれを清めることとなるぞ……!」
ぞっ、とした。
サクが怒っている。かつて会議室でブチ切れたときなど、比べ物にならないレベルで。
このまわりくどいぶっころ宣言も、ヤツの中では冗談じゃない。
ありありと感じられた。被害者であった当の俺なんかよりよほど激しく、こいつはアズールを憎んでいる。それも、百回殺したぐらいでは足りないレベルで。
「おうっ怖っ。
でもマジもちっと待ってくんねえ? ほんとこれいーとこだから」
だが、アズールは画面から目を離しもしなかった。
サクの実力を知らないわけもないだろう。一度は俺の目の前で、圧倒的な戦闘力の差を示されて大敗しているのだから。だがそんなんどっちでもいいかのように、やつは動かない。
「……貴様、なにをたくらんでいる?」
「んー? あいつが俺のところに青筋立てて走ってくんの。
俺は『あいつを殺すな、人質にするな』と念を押した。そしてあいつは『七番目』。つまりその勝利は確定だ。
あいつは来るよ。全速力で、ここにな」
なぜかどこか、しんみりした様子に見えなくもないが、俺はこいつを信用してない。
「お前、ナナっちをどうするつもりだ!」
「あー、それ答えたらおっぱじまっちまうだろ? だからパス。
ちなみにその茶、毒とか入れてねえぜ。お前ら相手にんなもんイミねーだろ。元カノの名前にまんまと引っかかった癒しのもふにゃんこ王がパーティーいてるんだからよ。
マジメに用意したソーマちゃんがかわいそーだから飲んでやれよ、よければだが」
「んじゃ……いただきます」
そういうことなら、口をつけるのは礼儀だ。
そもそも、確かにヤツのいうとおり。もし何かが混ざってても、俺なら逆転パワーで解毒も可能なのだ。
前世に眠り薬を盛られたときは、ヤツを信じきっていたため対処しなかった。そのためヤツの手に落ちたが、今は違う。
湯のみを手に取り、中身をすすった。程よい熱さと濃さ、広がるふくいくたる香り。正直に言おう、うまい。
それを契機に、サク、ついでチームABのメンバーがつぎつぎと、湯のみを手に取った。
もっとも、サクはほとんど雰囲気を和らげてないが。
アズールはというと、それにもかかわらず画面に釘付けの様子。
俺も親友の戦いは気になる。絶対勝てると信じてはいたが、まずは見守ることにした。




