STEP3-1 ~ナナっちの願い~
2020.06.11
改修しました!
(あまり、というかほぼ改行ルールぐらいしか変わっていませんが……『ナナっち』がなかなか減らせませぬ……。)
ティーラウンジの椅子の上、ナナっちはうつむいていた。
思うところを訴えた。けど、親父さんは黙ったまま。
ぜんぜん、話にならなかった、という。
「母さんは言うんだ。父さんたちがこうしているのは、俺たちを守りたいからだって。
もしも七瀬が力を失って、悪意のある後見人がついたりすれば……
無理やり当主にすえられた本家の誰かは、種馬のように使われるだろうから、って」
ぞっとした。昨夜のことを思い出したからだ。
もしも、アズールのような奴が後見人となり、ナナっちがその支配下になったなら。
ましてそれが、わが子のことだったら。
それでも、ナナっちは言う。
「でも、それはまわりの人たちまで怖がらせたり、傷つけていい理由にはならないと思う。
俺、聞いちまったんだ。ももかちゃん、あ、イツにいの子なんだけどさ。
……こないだ幼稚園で、友達にからかわれたんだって。俺と、おんなじように」
そうしてぎゅっと、スーツのすそを握る。
「兄貴たちだって、おやじだって、みんなおなじ思いしてるんだよ。
『七瀬』が人を傷つけるせいで。
それを、次代の子達にもそのまんま、背負わせつづけていくなんて。
そんなくらいならっ……」
「奈々緒」
ロク兄さんがそっと肩に手を置く。ナナっちはため息をついた。
そうしてぎゅっと口角を上げ、よいしょと立ち上がった。
「ごめんな、いやなはなし聞かせて。
報告書……かかなきゃだから。晩飯は、メイちゃんたちと行って」
「な……」
なんでそんな風に。言いかけたけれど、いえなかった。
ナナっちが、俺に向ける笑顔。
それは高校時代――知り合ってすぐの頃、何度も見せた、あの笑顔だったから。
気付けば立ち上がっていた。口をついていた。
「つぎ七瀬いくのって」「サクやんはきちゃだめだ。
七瀬はサクやんをさらおうとしたんだよ。サクレアみたくするために。
俺はもう二度と、おまえをそんな危険に晒せない」
こたえたナナっちからは、笑顔が消えている。
そうだった。
高速バス事件で、PSE事件で、俺をさらおうとしたのは確かにアズールだ。だが、奴の背後には、いずれのときにも七瀬があった。
経済界における七瀬は、治水を中心とした土木分野を柱とする一大コンツェルン。
だが、いまひとつの柱は、農水分野だ。
つまり七瀬にとって、豊穣神の力は垂涎のまと。そこへ俺がのこのこ行けば、速攻拉致られても不思議じゃない。
でも、ならば。
「むしろさ、だったら俺のほうから協力すれば!
ナナっちの家族だったら俺、助けてやりた」
「その話し合いすらしようとせずに、力ずくで拉致しようとした」
またしても、ざくりと言葉がぶった切られた。
今までのナナっちには、ほとんどなかったことだ。
みればその瞳には、激しい怒りがゆれていた。
同時に、それをずっと上回る悔恨も。
「アズールに脅されていた、だまされていた。そんなのはもう言い訳にならないよ。
七瀬は、偉名国は、サクレアを――お前をすでに一度、利用してるんだ。
アズールを鎮めるためのいけにえにしたんだよ。
本来だったらこうしておれがお前といることだって……」
「ナナっち!!」
そんなことない。ぜったいにそんなことない。
だって、悪いのはあいつだ。だまして、脅して、利用したあいつだ。
ナナっちたちが、悪いわけなんか絶対ない。
俺がそう考えていることを、ナナっちはわかってるはずだ。
なのに。
「……もう、繰り返させたくないんだよ。
ごめんサクやん。おれ、……」
ナナっちはぱっときびすを返した。
追いかけたかったが、できなかった。
だって、そんなときの顔、俺だってみられたくないから。
ロク兄さんが、任せてくださいと一礼して後を追っていく。
遠ざかってく二人の背中が、ものすごく遠く、遠く思えた。
曲がり角にふたりが消えれば、喉にひっかかっていた言葉が、ぽろりと落ちてきた。
「『いやなはなし』って、なんだよ。
『きかせてごめん』て、なんなんだよ……」
くやしかった。
けれどそれが、今の俺なのだ。
親友に、仲間に安心して頼ってもらえない、弱っちい『みらいのおうさま』。
いつのまにか、サクの手が頭に載っていた。
すこしだけ、気持ちが浮上した。
いつまでもこんなじゃダメなのだ。わかっている。
だけど、今はすこしだけ甘えたかった。




