第十四話 訪問者
決してふざけているのではない。
それをわかっていただいた上でこの質問を聞いていただこう。
「まずは、君の好きな食べ物聞こう。」
これに一番最初に反応したのはシリウスだった。なんとも情けない顔をしている。
「おい、テス。真面目にやれよ。」
「何言ってんだ!真面目なコミュニケーションだろ!」
テラは真面目に質問した。至って真面目に。とまぁ、彼が呆れる理由も分かる。ここは普通なら昨日について質問するべきなのだろうが、それはまだ早い。というのがテラの判断だった。
「可愛い女の子と、お近づきになろうとしてるんだから邪魔するなよ、シリウス!」
「お前は馬鹿か!俺でも引くぞ!おい!」
「引きたければ引けぇ!俺はアオイちゃんと喋りたいんだ!」
流石に自分でもキモいと思うが何かシリウスに言ってやりたかったのだ。色々なことの仕返しとして。
「ふふっ」
その笑い声に店にいた全員が目を見開いた。全員と言っても五人だけだが。
そう、彼女は笑った。笑顔を見せたのだ。だが何かに気づいたかのように笑顔を辞めてしまった。そして下を向く。
「お前って可愛く笑うんだなぁ」
テラはアオイの頭を撫でた。てっきり"触らないで"など言われるのではないかと思っていたが、彼女は抵抗もしなければ反応もしなかった。と言っても彼女が何を思っているのかは自分には分からない。というのがテラの結論だ。
「......いです。」
アオイが俯いたまま何かを呟いた。しかし聞き取ることはできなかった。しかし、彼女は手を握り直し、言ってくれた。
「...大嫌いです。」
...............
「そうかい。俺は少なくとも嫌いではないよ。」
「余計なお世話です...。」
「お世話ではないんだがな。」
なんだかんだ言って、彼女はしっかりしているようだ。
とはいえ少し話が途絶えてしまったので、外に出ることにする。
「よし、行こう。アオイ。」
「へ?ちょっ!なに!」
テラは誘拐を開始致しました。
「気をつけて行きなよー!サラお姉さんは妹を誘拐されたことは知らないわぁ!アオイ!楽しんできなよ!」
「何言ってるのサラッ?!」
テラはお構い無しにアオイを連れて店を出た。ユサは気を使って店に残ってくれているようだ。シリウスも残るようである。ではでは。
「アオイ、遊ぶぞ!」
「は?!」
もう一度言うが、ふざけているのではない。
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テラがいなくなった店では皆が静かに飲み物を飲んでいる。
「ん?姉さん嬉しそうだね」
「そう?まぁ、なんて言うかその通りよ。嬉しい。アオイの笑顔初めて見れた気がするのよ。テスには感謝しきれないわね。少し嫉妬もあるけれど!」
「そうかい。良かった良かった。にしてもユサちゃんのお兄ちゃんは凄いな。」
ユサはオレンジジュースを飲むのを中断して目を輝かせた。それはそれは綺麗な目で。
「はい!兄さんは、凄いです!」
少女の笑顔に大人二人は微笑んだのだった。
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「うむうむ。アオイはどんなものが食べたいんだ?」
「あなたはっ、何をっ、考えているの、ですかっ!!!」
しばらく色々な場所を巡って遊んできたのだが、アオイはずっと抵抗していた。そして何より、少女は固く握りしめられた手を離そうと必死にもがいている。またそれもいとおかし、というか癒される。
「コラコラ抵抗するな。もっとお前と遊ぶんだ」
「ただの誘拐ですよ!!!」
テラは高らかに笑っている。
アオイは軽くて引っ張りやすいし何より可愛らしいのだ。ロリコンな訳では無いが、アオイは例外だ。
「でもさ、楽しかったか?」
テラのいきなりの質問に少女は静かになった。なにやらもじもじしている。下を見ているためよく顔は見えない。
「......楽しかった、けど...」
「そりゃ良かった!んじゃもうちょい行くぞ!」
「ええ?!ちょっ、待って、もう昼過ぎだし...」
彼女は近くにあった時計台を見上げていった。確かに昼を過ぎている。
「ちょっと休むか。」
「うん。」
二人はゆっくりと街の中心街を歩く。街の様子を見ていると、なにやら屋台のような物を色々な人が色々なところに建てている。
「へー、なんか今日あんのか?」
「今日は夜にお祭りがあるのよ。みんなその準備を......。」
「ん?どうした?」
アオイは何かを続けようとしていたが、途中でやめてしまった。特にそれについては何も言わないが。
「少し話せる?テス」
「構わんよ。」
少し影の多い涼しいところ。静かで二人以外は誰もいない。むつ向き加減の少女。
「あなたは人間よね?」
「ん?」
いきなりの当たり前すぎる質問にテラは少し驚きながらもいつも通りでいた。
「その大剣を除いて、あなたからはライフを感じられないの。だから、人間、なのよね?」
「それだとなんか、ライフが感じられる人は人間じゃないみたいな言い方だぞ。」
「そうよ、奴らは人間じゃないわ。」
少女はキッパリと言った。それに少しだけ恐怖を覚えたのだが、気にしない。
「あいつら、私たちをゴミみたいな目で見てくる。実際街を歩いている時も、あなたはその大剣があるから良かったけど、私なんかずっと...」
「だから下を見てたのか?」
アオイは小さく頷く。
どういう事だろうか。つまり、ライフを持っていない奴は人間なのか。あの優しい商店街の人達は、人間ではないのか。
「落ち着けアオイ。何が言いたいんだ?」
「......。私実はサラの妹じゃないのよ。」
なんとも反応しずらいものだ。
「...そうなのか。」
としか言えない。
「あんまり驚かないのね。」
「そうだな、いきなり今まで見たことのない少女に"私はあなたの実の妹なの"みたいなことを言われてなかったら、驚いてただろうな。」
アオイは困ったような顔をしているが、テラは笑って言った。
何だかんだ色々あり過ぎている。
「私はサラに拾われたの。先月位に。色々あってね。」
「色々って?」
「それを今から話すわ。」
少女は何かをモゴモゴとしながら、下を向いている。すると、何かを決心したかのようにテラの顔を見た。
「私たちに協力して欲しいの。ヘルネスに。」
あぁ、やっぱり。
あれはアオイだったか。
「内容による」
「ヘルネスの解放のためにこの街にいるテセウス...いや今はシリウスね。そいつを"厄払い"に引き渡すこと。」
テセウス。何か聞き覚えのあるような名前に記憶が渦巻く。が、思い出すことはできなかった。
「なんでシリウスなんだ?」
「彼を"厄払い"が要求してきたのよ。この街でヘルネスが暮らせるようにしてくれるのと引換に。」
それにしても、また"厄払い"である。いつかはまた関わることになるとは思っていたが、こんなにも早いとは。
「誰と喋ってるんだ?アオイ。」
道の奥の方から、知らない声がした。
テラは少しだけ身を構えたが、アオイが手で止めたため、一旦引く。
「この人は私と同じヘルネスよ。バルバロイではないわ。」
「ほう、面見せてみろ。」
デカイ男だった。男というか爺さん。とにかくデカイ。それにそいつに顎クイをされる始末。
「ある意味すげぇなぁ、ライフが全く感じられねぇ。ほほー」
「でしょ?だから大丈夫。」
「まぁ、アオイが言うなら大丈夫だな。」
そう言うと爺さんはアオイを見た。そして次にテラを見る。
「お前さん、アオイを頼むぞ。」
「は、はい。」
テラは圧倒されて動けずにいた。なんというか、見ただけで相当強いことが分かった。
「あぁ、そうだアオイ。バロンとスナッチが戻ったそうだ。しっかり教え込んでおけよ。また人を殺すかもしれん。」
「......分かってる。それはさせない。」
爺さんは強い眼光を放つアオイを見つめていた。なんというか、呼吸をしにくいような感覚だ。
「じゃあな」
また二人になる。
「で、テス。協力してくれるの?」
「んん。シリウスを"厄払い"に渡すのは協力できないが、お前達を解放することには協力できる。」
テラはアオイの目を見て言った。彼女は顔を顰めているようだった。
「......期待した私が馬鹿だったわ。」
アオイは座っていた樽を降りて路地の奥へ歩き出した。
「どこ行くんだよ。」
「どこでもいいでしょ。あなたのことは見逃してあげるわ。私たちについて知られてしまった以上消すのが普通なんだけどね。精々粘って生きることね。」
路地の闇に消える姿と響く声。テラはそれを見つめることしか出来なかった。
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路地を出てしばらく歩いていると、シリウスにあった。その時にさっきアオイが言っていたことを伝える。もちろん全てではないが。
「ほほう。俺は今日中に誘拐されるということか。了解了解。」
「だから夜まで俺と一緒にいてほしいんだが、それでもいいか?」
「それも了解。というか、俺もお前と行きたい場所があるからさ、ちょうど良かったよ。」
と彼は言った。
シリウスはテラの前を進んでいく。どこに連れていかれるのだろう。
しばらく歩いていると、街の外れに着いた。
もう今日一日だけでこの街のあらゆる所に行った気がする。
「これからスゲェ変な奴に会うんだ。」
「いきなりだな、おい。そして変なおじさんとか言われると行く気なくすわ。」
「ふむ。俺も久しぶりに会うんだわ。四、五年ぶりぐらいかなぁ。たまたま、この街に来てたみたいなんだわ。」
シリウスは随分と古びた建物を見上げながらペラペラと語っている。いつの間にか日もかなり傾いていた。
「まぁ、会えばわかるよ。」
「なんだそれ。」
「じゃあ、行ってらしゃい!」
シリウスはテラの背中をバンと叩いた。また楽しそうに笑っている。
「一緒に来るじゃないのか?」
「いいや、俺はさっき話したからさ。まぁ、心の準備しときなよ。じゃ!」
颯爽と帰ろうとするシリウスの上着を掴み、引き戻す。
色々と謎が多過ぎて困るのだ。とりあえず一つだけ聞いておくことにしよう。至って普通の質問。
「誰なんだそいつは。」
シリウスは少しだけ黙ってから、テラの目をじっと見て言った。
「右昇 澄美恋。呪いの専門家だよ。」
ミギアガリスミレ、と言った。
そう、言った。